知人の紹介
心底から嬉しそうにサルヴァトーレが振り返った。
(騙そうとか利用してやろうとか、何も考えて無さそうな笑顔だけどなぁ…)
とジェラルディーナでさえ思う笑顔だ。
「やぁ、また会いたくなって訪ねて来たよ」
とサルヴァトーレが友人のように言うので
ジェラルディーナは
(私、貴方と友達になった覚えはありませんけど)
と内心でツッコミを入れつつ
「それで、ご用件は?」
と使用人モードで訊いた。
思わずサルヴァトーレはジェラルディーナの態度にそっけなさを感じて
「そこはお世辞で『私もまたお会いしたかったです』と言う場面では?」
とお世辞を要求したが
ジェラルディーナは棒読み口調で
「『私もまたお会いしたかったです』」
と答えただけだった。
とは言え、半強制だが
(言質を取った)
とサルヴァトーレもひとまず満足。
「実は…」
と要件を話す事にしたのだった。
「ーー要はガストルディ様は、私に『ヴェルゴーニャ氏を紹介しろ』と言いたいのですね?」
「そう『ヴェルゴーニャ』ことポンペオ・フォルミッリが丁度首都に来てるし、丁度フォルミッリ侯爵邸に滞在してるんだ。押しかければ、居るだろうし、会ってくれる筈だろう?君と一緒なら」
「…私は使用人です。私の名前でお手紙をお出ししても御当人の手元へは届きません。
貴族家の場合は脅迫文や悪戯も多く届くので、平民の書いた手紙はいちいち目を通される事もなく普通に使用人に破棄されます」
「そうなの?」
「封蝋に紋章を付けるのが『偽造を防ごう』という目的で普及した慣習だとご存知ですよね?」
「それは判る」
「この国ではそうしたマーキングは一定以上の資産もしくは身分を持つ者のみ行うように、わざわざ法制定されて印章登録が義務付けられています。
つまり貴族家や資産家側は『同じ土俵の人達としか交流できない』という事です。
『取るに足りない平民からの手紙は問答無用で破棄して良い』という意向の、手紙の差別化ですね。
なので私の方からフォルミッリ様にお手紙を出した所で確実に御当人へは届きませんので、書く意味がありません。
逆にガストルディ様御自身のお名前でお手紙を書かれれば、『面識がないのに、いきなり手紙を寄越すなど無礼だ』と思われつつも、ちゃんとお相手の手元に届いて読んで頂ける可能性が高いです」
「なるほど。この国の使用人は、そういう不自由もあったのか」
「ルドワイヤン公国では、この国と違って『階級差を乗り越えた異性間交流』が当たり前に通用するらしいので、こういった不便は少ないらしいですが。
普通の国では階級の低い側から出された手紙は階級の高い側へは届かないものなのですよ」
「今まで気にした事も無かった。…正直、着飾ってる分、貴族や資産家の方がその辺の平民よりも圧倒的に見栄えが良いし、自分から平民と関わろうとする機会が少なかったからなんだろうな…」
「ともかく、この国ではそういう事情がありますので、私ではお役に立てない事案かと思います」
「それならポンペオへ宛てた手紙に君の事を友人だと書く許可をもらえるだろうか?」
「は?」
思わずジェラルディーナは首を傾げた。
「友人、ですか?」
「そう」
「私とガストルディ様が?」
「そう」
「それは流石に無理があると思います」
「何故」
「…貴族と平民とでは身分差があるので、私とガストルディ様は対等ではありません。
そして対等ではないからこそガストルディ様は先日一方的に私から聞きたい話を聞き出して、こうして職場に押しかけて無理な依頼をしようとされてる訳です。
それはどう見ても友情が有っての人間関係ではないし、我々は友人ではありませんよね?」
「えっ?そうなの?俺はこれまでも友人に対して一方的に聞きたい事を聞き出してきたし、相手の都合無視して押しかけて自分都合のお願いをして来たんだけど?」
「…相手もガストルディ様に対して同じような振る舞いをなさってる、という事ではないのであれば、その相手は対等ではなく、友人ではないのでは?」
「…ジェラルディーナ嬢にとっては『相互性』が対等であり、『相互性』が双方に嫌悪感をもたらしていないなら友人関係が成立するという考えなのだね?」
「大まかにはそうです」
「なら君も俺に対して同じように振る舞えば良いだけの話じゃないのか?」
「そう簡単な話ではないと、実はちゃんとご存知ですよね?」
「いや、簡単だし、シンプルだろう?」
「…ガストルディ様。私は『友達のフリをしたご主人様』のような存在を許容したくありません」
「それはどういう意味だ?」
「民主主義が大好きな人達の間で必ず流行する『対人関係擬態』ですね。
封建制度の良いところは身分的に偉い人達が社会創造の責任を負わされるところにあります。
一方で実質上下関係があるのに表面的に平等だと社会内の悲劇に関して責任者不在の状態になります。
実質上下関係があるのに表面的に平等という環境の中で上位の人達は実に狡賢く、社会的裁量権を握り、社会創造を自在に行い、それでいて自分の影響下で起きた悲劇に何の責任も負わず、ただただ人生を楽しめます。
私は、そういう環境が嫌いですし、馴染めません。
そういう環境で得をする人達から搾取されながら、対等さが認められているかのように演技して、何の責任も持ってもらえずに見捨てられるのは、私は嫌なんです。
貴族が平民に対してフレンドリーに振る舞うのは、そういった表面的平等を利用してノブレスオブリージュを放棄し無責任に私利私欲を満たそうとする策略有りきの根回しのように見えてしまいます。
私は、貴族と平民との間に友情なんて要らないと思うのです」
「何故、そういう発想になるのかが謎だが…。それは君に前世の記憶があるとか、そういう事に由来するトラウマなのか?」
「何の話か、分かりません」
「…こんな、いつ誰が通りかかるか分からない場所で話す話じゃないとは思うが、複数の人生の記憶があると、その分、負の社会的現象に対する嫌悪感も強くなる傾向があるだろう?」
「それこそ、今、ここでなさる話ではありませんよね?肉体を乗り換えながら生き続ける妖術師は、この国では『異端審問』の対象から外されて保護されているようですが、そういった胡散臭い存在に対して国全体が両手をあげて歓迎しているという訳じゃないんですから」
「うん。分かった。かけがえのない君の意向だ。尊重しよう、我々は友人ではない。君の事はこちらの片想いの相手だと表明する事で落とし所にする事にしよう」
「いや、勝手に『片想いの相手』とかってされても」
「…人間の内心の自由は大事だと思わないか?別に恋人だとか書く訳じゃないんだ。その辺の自由は認めて欲しい」
「…分かりました。友人とか恋人とか双方の合意が必要な関係だと嘘をお書きになるのでなければ、どうぞ、ご自由にお書きください」
「了承は頂いたので、早速、フォルミッリへ手紙を書くとしよう。それで、もしも彼が滞在期間中に会ってくれる事になった場合、君はどうする?一緒に会いに行く気はあるか?」
「………」
この質問にはジェラルディーナとしては少し悩む。
おそらくサルヴァトーレは予言者と思しきミナの逃亡後の足取りや、脱走幇助者の正体や手口に関して情報をつかむために、当時のダレッシオの環境についてアレコレ訊こうと思っている筈だ。
(…ヴェルゴーニャが素直に教えてくれるとは限らないけど…)
「何か分かったら、成果を後日教えてくださったりとかは、ないですか?」
とダメ元で訊いてみるが
「おや、我々は友人じゃないんだよね?」
と意地悪そうな表情で揶揄されただけだった。
「…都合がつくようなら是非、お誘い頂ければと思います…」
ジェラルディーナが渋々お願いすると
「喜んで」
とサルヴァトーレは満面の笑顔で答えた…。




