外国人商人
フラティーニ侯爵邸当主用執務室ーー。
フラティーニ侯爵家には領地があるので、アベラルド・フラティーニ侯爵は
「ただ毎日宮仕えのために出勤し続ければ良い」
という訳にもいかない。
フラティーニ家のルーツが西部にあるのに領地は東部が与えられている。
これと同じ事は他の刑吏一族の侯爵家にも言える。
「本拠地を領地として与えない」
のが、昔からのこの国のやり方である…。
東部のフラティーニ侯爵邸に叔父夫婦と従兄弟を住まわせ
領地管理を代行させてはいるものの…
度々監視して口出しし続けないと、変に欲を出されて反意を持たれる。
時折、東部のフラティーニ侯爵邸の様子を報告させている。
序列の乱れは下剋上を望む者達にとって都合が良い。
そして派閥内での下剋上は別派閥の者達にとって都合が良い。
敵がニコニコして擦り寄って来て
「仲良くしましょう。仲良くできる筈です」
と言って、相互的利益を上げられるように親和性を演出され
「私は(俺は)敵とも友達になれる器の大きな人間だ」
と錯覚させられていくと…
いつの間にか敵を味方だと、味方を敵だと誤認していく。
そうやって物の見方が誤認識に誘導された者達は
「自陣の序列の乱れ、自陣内下剋上願望」
を自らの環境へ招き寄せてしまう事になる。
そういった罠をアベラルドは前世の体験の中で味わっていた。
なので
「敵とも仲良くできて利益を出せる俺、スゲエ」
などと自惚れて序列を疎かにしてしまう心理自体は理解はできる。
ただ、そんな調子に乗った状態で何処まで勢い付いて色々やらかしてしまうのかに関しては個人差が大きいという事も知っている。
「エンケリス商会か…。まぁ、アルカンタル人はルドワイヤン人のように狂ってもいないし、おそらく無害だろうとは思うが…」
とアベラルドは思わず呟いた。
このところ、東部の領土でアルカンタル王国の商会ーーエンケリス商会ーーが支店を出してのさばるようになって来ているのだ。
しかも、叔父、従兄弟らの承認の元で。
(身内に対しても何処まで裁量権を与えて任せて良いものか、悩ましい所だな…)
と思い、溜息が漏れる。
「エンケリス商会の会頭はイシドロ・エンケリス。50歳。代替わりの準備中で、今現在は娘婿のシリアコ・エンケリスが商会を仕切っている。リベラトーレ公国に支部を置く指揮はシリアコの部下のブラス・ガイタンがとっている…と」
報告書で注意すべき点は
「ブラス・ガイタンはアルカンタル王国占星庁の情報収集員の可能性がある」
という点だ。
何処の国の回し者にも言える事だが
「こちらの情報を探る連中が自分の所属組織の情報をろくに持っていない」
という点だ。
捕まえて拷問しても、知らないものは知らない。
何も得られないのである。
(ああ、面倒くさい…)
占星庁という組織は自国のものも他国のものもかなり一方的だ。
占星庁は
「自分達は情報を漁るが、自分達の情報は何処にも与えない」
ような一方的な対応をしてくる。
フラティーニ侯爵は先代の時に異端審問庁長官の座をガストルディ侯爵に奪われて、未だ復権できていない。
フラティーニ子爵とフラッテロ子爵は辛うじて異端審問庁に席を置いたままなので、その2人に「要監視対象」として通知しておいてやらなければならない。
(この国の異端審問庁を解体してるのが、この国の占星庁なのだから、よその国の占星庁に対してもこの国の占星庁が対処すれば良いだろうに…)
とアベラルドは思ってしまう。
といってもアルカンタル人はルドワイヤン人と比べるとマトモ過ぎるくらいにマトモだ。
本当に厄介なのはルドワイヤン系帰化人とルドワイヤン系移民だろう…。
(ルドワイヤン系移民の増加を抑制する効果があるなら、アルカンタル人がのさばるのも多少は目溢しが必要だろうな…)
ルドワイヤン公国ーー。
かの国は戦争や小競り合いが起こり国内の求心力が必要になる度に
「神が聖者に(聖女に)我が国を救えと神託を託された」
と生ける伝説を捏造してきた国だ。
誰もが皆思う事ではあるが…
ラスティマ圏全域で信仰されている聖教の唯一神が
「ルドワイヤンが危機に陥る度にわざわざルドワイヤン人に『悪を討ち滅ぼせ』と神託をくだし、ルドワイヤンを神の軍勢か何かのように依怙贔屓して後ろ盾となる」
ような道理が全く存在しない。
だがルドワイヤン人からすると
「ルドワイヤンが喧嘩する度に喧嘩相手が『神に逆らう悪の軍勢』という位置付けに堕ちて、神の名の下、神意によって打ちのめされる」
という出来事が起こるのが当たり前という事になっている。
当然、聖教大本山のダレッシオにある教皇庁も
「ルドワイヤン公国における聖者・聖女は異端である」
と声明を出しているが…
ルドワイヤン人のような
「我ら神に選ばれし民」
「我ら神に依怙贔屓される民」
という思い込みが激しい御都合主義人種には全く効果がない。
160年ほど前のメイトランドとルドワイヤンの戦争時にも『聖女』が湧いた。
お陰でルドワイヤン側は大層戦意の士気が上がったのだが…
当然ラスティマ圏全域で
「ルドワイヤン人は国ぐるみで神に選ばれし民であるかの如き罪深い自惚れの傲慢に堕ちている傲慢人種だ」
という事実指摘が起こった。
ルドワイヤン側はそれを
「つまらない嫉妬だ」
と跳ね除け
更には
「神の愛し子である我々ルドワイヤン人に嫉妬する者どもの罪が赦免されるように神に取りなしてやるからカネを寄越せ」
と逆に周辺国を恐喝するネタにしたのだった…。
そんな事もあり
「ルドワイヤン人は頭がオカシくて話にならない」
という国際評価が定着した。
ルドワイヤン公国という国家に対しては
近隣諸国がこぞって分析をしたものだ。
ルドワイヤン人が頭がオカシイと言われる事の原因として
「ルドワイヤン公国では貧民や平民の女性は元より貴族女性までも虐げられる」
事が挙げられる。
アルカンタル王国やリベラトーレ公国では
「異端審問庁の拷問執行官が女性への拷問を渋る事がある」
「敵組織に捕まった時に拷問されるような任務を女性には割り振らない」
ような女性への配慮が一部あるのだが…
ルドワイヤンにはそういうものが一切ない。
寧ろ国ぐるみで進んで女性虐待を行う国なのだ。
そんな事もありーー
アングラでは「ルドワイヤンの聖女」に関しての噂が絶えない。
「ルドワイヤンの聖女は癒しの聖女」
「癒しの聖女の癒しの力は自己回復力の外部発露」
「ルドワイヤン公国占星庁は積極的に自国女性を痛めつけて自己回復力の高い女性を探し出そうとしている」
「聖女候補達を囲って延々と苦しめ、自己回復力の高い者を優遇する事で意図的に自己回復力を高めさせようとしている」
などなど。
「何故、ルドワイヤン人はどんなにマトモそうに見える善人でさえも女性を痛めつける事に罪悪感も苦痛も感じずにいられるのか?」
と皆が不思議に思う中
「癒しの力は自己回復力の外部発露なのだから自己回復力の高い女を篩い分けるためにも女性への虐待は正当化させるべきだ」
という価値観がルドワイヤン人の中に潜在的に根付いている。
「だから彼らは平気で女性を痛めつけて罪悪感も感じずにいられるのだろう」
と解釈すると、人間離れしたルドワイヤン人の残酷な行動がストンと腑に落ちるのである…。
(まるで【強欲】の模倣だな…)
と思う。
誰かを虐待し
誰かを苦しめ絶望させ
報復さえさせずに泣き寝入りさせ
それによって加害者の側が得をする図式。
加護あり『転生者』と加護なし『転生者』との間には魂の絆がある。
それがあるから実際に徳力の搾取が可能となり
「苦しめ絶望させて報復させずに泣き寝入りさせる事で自分の運気と能力が上がる」
のだ。
それによって有益な社会貢献ができる自分自身を作る。
そこには確かな図式があり
標的を絞った残酷な嗜虐と共に
嗜虐対象のみを除外した博愛主義がある。
ルドワイヤン公国の場合は虐待される者の範囲が大き過ぎるし
本当に効果があるのかも怪しいただの虐待だ。
アベラルドに限らずではあるが、リベラトーレ公国の加護あり『転生者』達は自らの運気と能力を支えるために犠牲とする「自分の魂の兄弟姉妹」を実のところ愛している。
その愛は「美味い肉を愛する」のと同じような「自分自身の糧に対する愛着」のようなものではあるのだが…確かに愛している。
だからルドワイヤン公国のような「女性虐待の正当化」に対して「悪趣味過ぎる」と嫌悪感を感じる。
本物の心霊術師にとっては
「猿真似の心霊術を行う有象無象が気持ち悪く感じられる」
のである。
一方でアルカンタル王国に対しては、そういった嫌悪感は感じずに済んでいる。
まぁ、様子見は必要ではある…。
一方的にこちらの情報が収集されているからには
「ルドワイヤン系移民の増加を抑制する効果」
くらいは示してくれなくては、こちらに何の利益もない。
「他国の商会の進出がベルナルディ伯爵領、カルダーラ伯爵領、フェッリエーリ伯爵領でも見られるかどうか調べさせてくれ」
とアベラルドは家令のカッリストに告げた…。




