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「ガジェゴス城の墓守り」

挿絵(By みてみん)


寮内の廊下を移動している最中、サルヴァトーレ・ガストルディは

「サルヴァトーレ」

と呼びかけられ、渋々と振り返った。


見てみると案の定ーー


振り返った視線の先に親戚のトリスターノ・ガストーニがいたので

(気付かないフリして無視した方が良かったか?)

などと思いながら苦笑した。


トリスターノがジェラルディーナ・フラッテロを気にしているのは、傍目から見てもよく分かるのだ。


サルヴァトーレは

(…俺がジェラルディーナ・フラッテロの後を追いかけて、その後どうなったのかを聞きたいって所なんだろうが…)

とトリスターノの意を理解はしたが…


当然、素直に教えてやるつもりはない。


咄嗟に

「ああ。トリス。どうした?」

と、とぼけた表情を作ってにこやかに尋ねると


「…いや、君が訓練を途中で投げ出して急に帰ったから、一体どうしたんだろうかって気になってたんだ」

とトリスターノが何故かモジモジして答えた。


(…単刀直入に「あの子の後を追いかけたのか?」って聞けば良いのにな?)


回りくどさは、対面を保つため当人にとって必要なものなのだろうが…

正直、今はウザったく感じる。


トリスターノとジェラルディーナが互いに頬を赤らめて見つめ合っていた場面を思い出して、ついイラッとしてくるのだ。


「急な用事を思い出したんだよ」


「用事ってどんな?」


「大事な用事」


「具体的に、あの後、君はどうしてたんだ?」


「重要な案件の調査のために参考人と思しき人に話を聞きに行ったって所だな」


「重要な案件?参考人?」


「これ以上は話す必要はないよな?俺が副業で特定の案件の情報収集をしてる事は君にも以前話した筈だ。一応守秘義務というものが掛かるんで、部外者には詳しい事は話せない」

(嘘は言ってない)


「それは『あの子』と関係する事か?」

そう訊きながら、トリスターノの耳が赤くなったのを素早く見てとり


サルヴァトーレは

「悪いな。俺の方からは何とも言えないんだ」

と守秘義務を盾にジェラルディーナの事を話さずに済ませようとしたが


トリスターノは

「…『あの子』は…。フラッテロ家の人間なんだよな?ロベルト・フラッテロとよく似てる…」

と言い出し、あくまでもジェラルディーナについて尋ねようとした。


「…気になるんなら、ロベルト・フラッテロに直接訊けば良いだろ?『この前、お前が従僕だって言い張って寮に引き込んだ子が侍女服を着て騎士団訓練場まで男漁りに来てたが一体どういう事だ?』って。多分、面くらいながら『分かりません』って言われるだけだろうけどな」


「…名前くらい教えてくれても良いじゃないか…」


「俺に『君達のための恋のキューピッド』にでもなれと?…そもそも君はそんな事にうつつを抜かしてても良い時期じゃないだろう?

偽物ドニゼッティ男爵令嬢と婚約なんてしたくないんだろ?

あの偽物令嬢に関して『男にだらしない』という風評を作り出し、周囲の支持を得て、君自身の評価を下げずに婚約解消したいなら、現状、身を慎むべきなんじゃないのか?

だいたい本物令嬢のフィロメーナは君の『運命の相手』なんじゃなかったか?

他の女の事をいちいち気にしてる場合じゃないだろ」


とりあえず正論で撃退するに限る。


思惑通りトリスターノが

「うっ…」

と言葉に詰まってくれたので


「とにかく、女性関連の事情は君がちゃんと婚約解消を終えてから、教えるかどうか検討するよ。だからそれまでは女の事は一切考えず、偽物令嬢を避ける事だけに集中していろ」

とアドバイスして踵を返した。


サルヴァトーレは

(自分でも不思議に思うよな…)

と正直戸惑う。


何度となく肉体を乗り換えて長生きしてきたが…

「次の乗り換え可能期間が判明していない時点」

で、異性の事が気にかかるのは初めての経験だった。


(今代のアルカンタル王国占星庁は随分とガードがかたい…)


今代の予言者の予言可能期間が未だ判明していないので、サルヴァトーレことチプレッソの心は休まらない。


原因の一つとして

「『秘蹟の予言者』以外にも『巻き込まれ予言者』が複数いる事で情報が錯綜している」

という事が挙げられる。


そうーー。

アルカンタル王国の予言者にも

本物と偽物がいるのだ。


と言っても偽物が嘘の予言をするという事ではない。


妖術師の肉体乗り換え可能期間が

「今代の予言者の予言可能期間終了時」

「次代の予言者の予言可能期間開始時」

に該当するので

「『秘蹟の予言者』の予言可能期間終了時の日付け」

が妖術師にとって何よりも重要なのである。


アルカンタル王国の予言者の予言。

それは正確には予言ではない。


アルカンタル王国の予言者達は

「既に一度生きて死んだ人生を再び繰り返している」

のだ。

時間遡行。

いわゆる回帰。


それによって前回の人生で起きた出来事の情報をアルカンタル王国占星庁に渡して庇護され正体を隠されて生きている。


『秘蹟の予言者』を軸として起きた時間遡行に巻き込まれた者達も予言者となるという事も知られているが、毎回『巻き込まれ予言者』が発生する訳ではない。


確かな事実は

「予言者の予言可能期間終了時は前回死んだ日」

だということ。


そして『巻き込まれ予言者』達の予言可能期間終了時と

『秘蹟の予言者』の予言可能期間終了時は同じではない。


だが、彼らには皆、共通点がある。

「ガジェゴス城の墓守り」

という共通点が…。


リベラトーレ公国占星庁ですら知らない

一部の妖術師だけが知る極秘事項。


それが

「予言者は先行世界で冤罪を掛けられ、懲罰としてガジェゴス城において墓守りをさせられていた」

という奇妙な話。


勿論、怪しい術を使って長生きする妖術師でさえも

「予言者達の体験したという先行世界の記憶を持たない」

ので、どこまで本当なのかは分からない…。


ただ

「アルカンタル王国の予言者達は一人の例外もなくガジェゴス城の墓守りだった者達だ」

という話が一部の妖術師の間で知られているというだけだ。


(もしも「ミナ」とかいう少女が予言者なら、「前回、何年の何月何日に死んだか」だけ教えてくれれば良いのにな…)

と、サルヴァトーレも気が焦る。


妖術師全員に該当する事だが

「次の肉体乗り換え可能期間が判らない間は腰を据えた人間関係を構築できない」

のである。


自分の安全を確保して、やっと落ち着けるというのが妖術師をも含む人間のさがというもの。

サルヴァトーレもその例に漏れない。



(…未だ落ち着かない状況だというのに、「元異端審問官という物騒な女の子」が気になって仕方ないというのもおかしな話だよな。自分のことながら呆れる…)

ハァァーッと溜息が漏れる。


「ミナ」という少女に関する情報は占星庁にそのまま教えても良い。

向こうも何か新たに分かった事があれば、知らせてくれる事だろう。

他の妖術師とも情報共有できるならなお良い。


サルヴァトーレは気を抜くと、ジェラルディーナの顔が浮かびそうになる自分を自分で叱咤しながら、自分が今やるべき事に集中する事にした…。



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