フィロメーナ・ドニゼッティ男爵令嬢
ジェラルディーナは騎士団訓練場での出来事と
サルヴァトーレ・ガストルディとの会話について報告し
〈サルヴァトーレ・ガストルディはアルカンタル王国から連れ去られて来ていた「ミナ」という子を「本物の予言者だ」と考えているようでした〉
と、自分の感じた推測も付け加えて話した。
〈…なるほど。ところで貴女はドニゼッティ嬢の調査書を欲したという事はドニゼッティ嬢に関連する話をアベラルド様に話したという事ですよね?訓練場での事とサルヴァトーレ・ガストルディの事は話さなかったのですか?〉
〈旦那様の居室だと盗聴だけじゃなく、どこかから直接盗み見られている可能性もあるかと思いました。唇の動きすら盗み見られて読まれるかも知れないと不安になったので、「グループ分けが訛りに応じて行われていた」事くらいしか話していません。『転生者』を発見した事だけ避けて騎士団訓練場での事もお伝えしても良かったのかも知れませんが〉
〈いや、それでよろしいです。流石はフラッテロ家ですね〉
〈有り難う御座います〉
〈居室では今後も『転生者』と関連しそうな話はせずにおくように〉
〈わかりました〉
〈ここで私に伝えてくだされば安全な時に私の方からアベラルド様にもアンジェロ様にも伝達できますので、今後もそのように頼みます〉
そういったやり取りの後
黙々とフィロメーナ・ドニゼッティ男爵令嬢に関する調査書を書き写した。
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フィロメーナ・ドニゼッティ男爵令嬢ーー。
ドニゼッティ男爵家の長女。
ドニゼッティ男爵領の領主館で生まれ育っている。
そのドニゼッティ男爵領は西部と北部の境に近い所にある。
西部は港町を中心にアルカンタル人やメイトランド人が多く移住してきているが…ドニゼッティ男爵領の場合、以前はアルカンタル人の移民の比率が多かった。
アルカンタル王国の特色として
「流行り病や特効薬に関する情報が広く流通する」
という情報流通度の高さがある。
国民に対する情報遮断が少なく書物の流通量も多いのだ。
そんな文化傾向もあり、アルカンタル王国は写本師の需要が高い国。
写本師が多い。
近年になって供給過多になりがちなきらいもあり、外国語が堪能な者達は外国へ出て、アルカンタル王国の書物を現地語に翻訳して売り出しているのである。
ドニゼッティ男爵領は元はそういった
「アルカンタル王国の知的財産の翻訳事業」
で潤っていた。
そこにメイトランド人による移住が急速に進み治安が悪化。
アルカンタル人達はメイトランド人の移住の少ない内陸の町へと移っていった。
「よその国同士が仲が悪い」事を「関係ない」と切り捨てできないのは、こうした移民同士の抗争による経済事情への影響もある。
更には追い討ちをかけるようにドニゼッティ男爵自身による投資の失敗。
輸入品の権利を高値で手に入れたが船が沈み、全てが海の藻屑と消えた。
ドニゼッティ男爵家はフィロメーナが行方不明になる少し前から経済的に苦しくなっていたのである。
フィロメーナ自身のほうは王立学院の受験を突破している。
頭は良い。
男爵家を立て直す器量も充分だったろうが…
入学して半年後に(今から1年ほど前に)行方不明になっている…。
ガストーニ子爵令息との婚約は3年前になされている。
フィロメーナは都会的で美しいガストーニ子爵令息をいたくお気に召していた様子。
手紙のやり取りをまめに行っていた。
フィロメーナが行方不明になって後は、手紙のやり取りはフィロメーナの侍女が引き継いでいた。
筆跡を巧妙に真似ていたので筆跡鑑定に出さなければ発覚しなかった。
「病気療養中につき面会謝絶」
という名目で直接会う事を避け続けたので
「実は行方不明になっていた」
という事実を隠し続ける事ができた。
学院の休学可能期間が過ぎて
「在籍させ続ける事が難しい」
と学院側が苦情を出した事で
「実は当人がいない」
と発覚。
行方不明になった令嬢の多くが戻って来ても傷物になっている事が多いので、そういった経歴がある令嬢はもう貴族とは婚姻できない。
誰もが
「婚約は解消されるべきだろうな」
と思ったのだが
ドニゼッティ男爵家側は了承しない。
ガストーニ子爵令息のほうでも毅然とした態度で婚約解消を断行する気概を見せない。
ズルズルと婚約状態が続き
男爵家はフィロメーナの従姉妹を養女に迎えた。
「婚約相手の挿げ替え」
を打診。
ガストーニ子爵令息のほうは
「フィロメーナ本人以外とは婚約しない」
「フィロメーナがひと月以内に戻って来なければ公式文書上フィロメーナは死亡したものと見做され、必然的に死者との婚約は無効」
と言った言い分を述べている。
そういった事情が調査書に書かれていた。
「………」
(なんだか、トリスターノ・ガストーニがフィロメーナ個人との婚約にこだわってて、フィロメーナに好意があるように感じられる内容なんだけど?!)
ダレッシオの地下牢で同じグループだったフィロ…。
(スッゴイ意地悪だったと思うんですけど?!)
人を見る目がない
女の趣味が悪い
そういう男がフィロのような女を好きになるのだろう
と思っていたジェラルディーナは思わず頭を抱えた…。
(トリスターノ…。あの男…。絶対、バカだ。…ああいうヤツの事は絶対好きになっちゃいけない…)
ジェラルディーナは無表情を取り繕ったまま内心で動揺した。
我知らず
「二度と会わなければ良いし…」
と呟きがもれていたが…
自覚してはいなかった…。




