眼鏡型魔道具
サルヴァトーレ・ガストルディはジェラルディーナをフラティーニ侯爵邸まで送り学院寮へ戻ってから、しばし自室で思索に耽った。
「瘴気が見える」効果のある眼鏡型の瘴気看破魔道具。
それを一旦外してレンズを磨いて、掛け直した。
妖術師がリベラトーレ公国に庇護される最大の要因が
「魔道具の知識を持つ」
事にある。
サルヴァトーレの場合は眼鏡型魔道具の製作・修繕で貢献している。
リベラトーレ公国占星庁の方では彼を「チプレッソ」と呼んでいる。
妖術師は肉体を乗り換えて生き続けるので、肉体の持ち主の生まれに応じて名前が変わる。
なので占星庁の方でも個体識別を兼ねて妖術師に名前を付けて、それぞれに異なる合い言葉を伝えているのである。
個体識別が済めば、各々の得意分野で貢献してもらうべく役割を割り振る。
リベラトーレ公国の妖術師は占星庁に便宜をはかってもらいながら魔道具技術に関して精進し続けている。
実の所「チプレッソ」はかなり占星庁に重宝がられている。
何せ瘴気が見える高性能魔道具のお陰で
「拷問係適性者」のみならず
「転生者」をも見つける事ができるのだ。
魔道具に頼らず「瘴気を認識しよう」と思うと
それこそフラッテロ家のような一族に依存しなければならなくなる。
その他にも眼鏡型魔道具は「認識阻害」効果のあるものがあり
その魔道具のお陰で占星庁職員は敵に顔を覚えられる事なく
偽名で活動し様々な場所へ入り込める。
魔道具の数と質は国家的アドバンテージと直結しているのだが、その点でリベラトーレ公国は優勢にある。
リベラトーレ公国占星庁の職員達にとって
「敵国の工作員やゴロツキに認識阻害魔道具を奪われないようにする」
事は必須の心得だと言える。
そんなリベラトーレの優勢を支える妖術師達の一人チプレッソことサルヴァトーレ・ガストルディは薬物に対する造詣も深い。
「疑い深い連中の信用を勝ち取る」
懐柔策に薬物を吸入させる事をサルヴァトーレは推奨している。
標的を薬物で気分を良くさせて
その度に姿を現して
当たり障りのないコミュニケーションを取る。
たったそれだけで標的の内面の
「気分の良い状態に起こる出来事のイメージ」
へと自分を食い込ませる事ができる。
サルヴァトーレの伯父であるガストルディ侯爵に気に入られる事はチプレッソにとって余りにも簡単だった。
他人に好かれるコツは
「この人と仲良くすると何故か良いことがある」
という印象を植え付ける事だ。
逆に
「この人に悪意を持つと何故か悪いことが起こる」
という印象を植え付ける事も効果的。
占星庁職員のために『転生者』の情報を収集してやるのにも、そういったコツが実に役立っている。
ガストルディ侯爵派の家々にも幾人か『転生者』がいる。
同世代の中ではトリスターノ・ガストーニとイヴァーノ・ガスコが『転生者』だという事に、サルヴァトーレは直ぐに気付いた。
ガストーニ子爵家の使用人の幾人かも籠絡済みなので、トリスターノの情報が入ってくる。
それを占星庁に流して恩を売っている。
実はイヴァーノ・ガスコはガストーニ子爵家の次男でトリスターノの弟に当たるのだが、容姿が余りにも両親のどちらにも似ておらず
「不貞の子」
と判断され、生まれて直ぐにガスコ家へ養子に出された。
そんな不運な弟がいる事を知って、親に隠れて面倒を見ていたトリスターノに対してイヴァーノは懐き過ぎるくらいに懐いた。
サルヴァトーレは「親戚のよしみ」を装い、トリスターノに協力してイヴァーノに接触する事も多かったため、ガストーニ兄弟に信用されている。
よって、ガストーニ子爵家とドニゼッティ男爵家との婚姻の約束が
「まだドニゼッティ男爵家が裕福だった頃」
に成立したものだという事情もサルヴァトーレは知っている。
男爵令嬢が行方不明になる少し前
「ドニゼッティ男爵は投資に失敗して莫大な財産を失っている」
のだ。
今のところ借金こそないものの、金しか魅力のない家との婚姻。
金が無くなったのなら婚約解消しておくほうが安全。
なので
「本物の男爵令嬢が行方不明だから」
という婚約解消の理由は、単なる言い訳に過ぎない。
そんなこともありーー
ドニゼッティ男爵側は渋りに渋って未だ婚約解消届にサインしていない。
業を煮やしたガストーニ子爵側は何が何でも婚約解消したいらしく
「新しい男爵令嬢は所詮は元平民。慎みが足りず男とあらば誰彼構わず色目を使っている」
という評判を作り出している最中。
そんな状況なので、トリスターノが女にうつつを抜かすようなザマでは話にならないのである。
イヴァーノがジェラルディーナを追い払おうとしたのは
「ガストーニ子爵家にとって」
正しい行為。
だがイヴァーノは兄に懐いているものの
ガストーニ子爵家に対しては恨みを持っている。
本来ならガストーニ子爵家のためになるような事はしない。
(…アレは単に「大好きな兄上」を取られたくないという嫉妬なんだろうな…)
とサルヴァトーレはイヴァーノに対して思った。
(…ジェラルディーナ・フラッテロ。トリスターノと同じ歳の『転生者』か…)
サルヴァトーレも占星庁も
「『転生者』を見つけることはできる」
のだが
「【強欲】の加護持ちか否か」
を識別はできない。
「【強欲】の加護持ちは魂の兄弟姉妹の夢を共有して、自分の魂の兄弟姉妹の身元を探り当てる」
という事は知っているので
『転生者』を発見したら
「身近な人間に夢の話をしたりしていないか?」
を嗅ぎ回る事になる。
トリスターノの場合は『転生者』のくせに、どうやら前世の記憶がない。
刑吏一族以外の『転生者』には前世の記憶がないパターンが増えつつあると妖術師仲間の間でも噂になっている。
前世の記憶がある『転生者』は前世の知識を使って幼少期から優秀さを発揮するが、トリスターノの場合は純粋に地頭が良くて神童呼ばわりされていた。
婚約者のフィロメーナ・ドニゼッティが行方不明になって半年くらい過ぎてから
「夢にフィロメーナが出てきた(!)」
事が数回あったとかで…
「まさかフィロメーナは俺の運命の相手なのか?」
などと頓珍漢な事を言っていた…。
(そんな筈はないだろうに…)
あくまでも【強欲】の加護持ちは
「魂の兄弟姉妹の夢を盗み見る」
のだ。
魂の兄弟姉妹が
「夢の中で鏡を見て自分の顔を確認する」
のでない限り
「夢を通じて魂の兄弟姉妹の顔を知る事はできない」
と思って良い。
要は
「トリスターノの魂の兄弟姉妹の一人が地下牢のような場所でフィロメーナと一緒にいた」
という事だ。
(…前世の記憶がない『転生者』だと「魂の兄弟姉妹が見ている夢を盗み見ている」という自覚すら生まれないし、誰も教えてやらないから、そういう勘違いになるのも仕方ないんだろうなぁ…)
サルヴァトーレは少しはトリスターノを哀れに思っている。
何せ占星庁は
「バルディ侯爵家か公爵家以上の身分の『転生者』以外をサポートしない」
方針だ。
(「バルディ侯爵派=占星庁一族」だしな)
ジェラルディーナはトリスターノと同じ歳。
しかも半年前から半年間行方不明になっていた。
「ダレッシオの地下に囚われていた」
という事からも
「ジェラルディーナはトリスターノの魂の姉妹だ」
と判る。
占星庁が干渉するのは
「神子候補の加護有り『転生者』が居て、それを支持・擁立する」
時だ。
今の時点では
「占星庁がジェラルディーナとトリスターノに干渉する(殺す)」
のかどうか不明。
何せサルヴァトーレはバルディ侯爵派の連中と余す事なく面識があるという訳ではない。
ほんの数人の知人とのやり取りしかしてきていない…。
(興味も無かったし)
今後はバルディ侯爵派内と大公家・公爵家に何人の『転生者』がいて、【強欲】の加護持ちが居るとしたら何歳なのか正確に知っておきたいところだ。
(トリスターノにせよ、ジェラルディーナ・フラッテロにせよ、殺させるのは惜しい…)
「フラティーニ侯爵家の使用人を籠絡して邸内の『転生者』の情報を得る」
という事は既にバルディ侯爵派が(占星庁が)やってる事なのだろうが…
(…ジェラルディーナ・フラッテロに関しては占星庁に借りを作りたくない。「他人を介さず自分自身で情報収集する」というのも有りと言えば有りだよな…)
と思ったサルヴァトーレだった…。




