迷路
ダレッシオ内には幾つもの
「民家を装った公舎」
がある。
下水路と地下通路が交差する地点に建てられているので
下水路の上を横切る時だけ地下通路は半地下状態。
明かり取りの窓から光が射す。
それらの公舎は教務官達が地下迷路を使用する際の出入り口となっていて、通常鍵が掛かっている。
子供達の出入りはできず、貴重な天然の光源となっている。
(松明や蝋燭による灯りは冬には良いが夏だと暑苦しい)
地下迷路内に満遍なく光が届く事などあり得ないが
一応鏡の反射を使って
地下迷路内まで光を届ける努力が施されている。
迷路内の至る所に古代文字で書かれた標識があり
マジナイとして神代文字や図形もしくは数字が描かれている。
アドリア大陸の共通語が現在のミセラティオ大陸では古代語。
アドリア大陸での古語が現在のミセラティオ大陸では神代語と呼ばれている。
前世で教会の無償教育を受けていたジェリーからすれば
迷路は実は謎でも何でもない。
地下が迷路のように複雑に入り組んでいるのは
「後から後から通路を継ぎ足していったから」
だと分かる。
古代文字や神代文字が普通に読めるジェリーにとっては
「複雑ではあるけど、標識は出てるので、迷っても元の場所に戻れる」
という強みがある場所でもあった。
それと標識の他にも古代文字による暗号も組み込まれている。
「古代文字の一番最初の文字」
が
「直進・右折・左折」
「右折・左折・直進」
「左折・直進・右折」
の3パターンあるが…
ダレッシオの地下には
「左折・直進・右折」
のパターンが使われている。
この場合
「右折・直進・左折」
は二番目の文字。
「直進・右折・左折」
は三番目の文字となる。
「大教会の中心部の真下」
(歴代大司祭達の遺体安置所)
からの道順を解読していくと
「備蓄庫」
を意味する部屋がまさに備蓄庫となっているし
「調合室」
を意味する部屋はかつて錬金術師が薬剤を調合していたらしき器具が残されている。
その他
「地表部が崩落して地下が埋まる可能性を忌避するマジナイ」
として各区画に数字が割り振られてもいる。
数字は魔方陣を形成している。
魔方陣ーー。
縦・横・対角線のいずれの列でも、列の数字の合計が同じになるもの。
それを模するように地下の各区画に数字が刻まれている。
そうした崩落除けのマジナイは、アドリア大陸の国々では普通に普及していた。
ジェリーにとっては馴染み深い。
下水路を張り巡らせた土地に地下通路も張り巡らせるとなると
構造は複雑にならざるを得なかっただろう。
崩落の不安解消のために建築者はマジナイを必要としたのだ。
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ベッタと一緒にいた男は
「…じゃあ、俺は此処の連中に見られないうちにサッサとズラかる事にするから」
と言って去ろうとした。
ーーのだが
ベッタは素早く男に縋り付いて
「いやだ!行かないで!アタシも連れてって!」
と懇願した。
傍目で見ても凄い力だ。
成人男性でも引き剥がせない握力…。
(火事場の馬鹿力みたいなものだろうか…?)
ジェリーはハァァーッと大きく溜息を吐いてから
「…えっと。傭兵さん?ですよね?」
と男に話しかけた。
「ああ。雇われただけの人間だ。俺は教皇庁とは無関係だ。だから此処に居る所を見つかると色々マズイんだ」
「…でも、そっちの方向へ行くと人が居る所へ出てしまいます。道案内しますから、数分待ってくださいますか?」
ジェリーはそう言うと、地下水路から地下通路へと出る道へ引き返した。
暗号で「調合室」を意味する部屋。
その部屋の近くに出る。
錬金術師が薬剤を調合していたらしき器具が残されているし、錬金術師が書き残していたらしきレシピもあり…
ジェリーは前々から興味があり暇さえあればレシピを読み漁っていた。
錬金術や魔術のレシピに登場する
「赤子の血」
は
「チェリージュース」
だったりするし
「竜の血」
は
「鶏の血と蛇の血の混合物」
だったりする。
あと
「ホムンクルスの血」
は
「血糊」
だ。
「ホムンクルスの肉」
は
「人工タンパク質」。
調合室に使えそうな材料は何も無さそうに見えるが、隠し戸のスイッチは既に見つけている。
人工タンパク質は作れないだろうが…
鉛丹があるので、足りない材料は代用品で補えば血糊は作れる。
血糊を作って下水路にぶち撒けておけば時間稼ぎになるだろう。
あと、有り合わせの材料を掻き混ぜるだけで簡単に作れるものだけ作っていく。
毒や痺れ薬。
ポーション類などの自分に使う物は流石に古過ぎる材料で作っても絶対使う気になれない。そもそも時間がない。
ジェリーが振り返って
「じゃあ、行きましょうか」
と声を掛けると
傭兵とベッタが
「「はぁ?」」
と声をハモらせた…。