アルカンタルの予言者
「…アルカンタル王国から攫われて来ていた子…。ミナって呼ばれてた女子が亡くなってます」
「それは君がいた期間中に起きた事か?」
「はい。私が逃げ出す少し前の事です」
「どんな亡くなり方だった?」
「…えっと…。下水路に鰐が出没するようになって、その子の死骸が見つかったんです」
「…その子の髪色とか瞳の色とか顔立ちは覚えているか?」
「瞳の色までは覚えてませんが、髪色は赤みがかった金茶色でした。顔は可愛い子だったと記憶してます」
「似顔絵とか描けるレベルで覚えてる?」
「いえ、それは流石に無理です」
「(ハァァーッ)…そうか、そうか…」
「…その子が予言らしき事を口にした事があるか、よく思い出して答えてくれ」
「無かったと思います。あの場所では『秘蹟体現者』らしき態度を取ると『本物かも知れない』と一時期待され、その後『よくも騙したな』と憎まれ虐殺されるのが定番の対応らしいので、攫われて来て直ぐにその辺の事情が子供同士の間で共有される事もあり、アルカンタル王国から攫われて来ていた子達も誰も予言らしき事を言ってなかったと思います」
「…なるほど」
「貴方はどこまでダレッシオでの事情をご存知ですか?」
「…『15〜16歳くらいの少年少女が攫われて来て、奴隷生活を強いられてる』といった表面的な事しか知らないな。
あと、そういった教皇庁の腐敗がここ20年くらいで起きてる事とか」
「『昔から』ではなかったんですね?」
「『昔から』ダレッシオの地下では年若い少年少女が地下の清掃管理をしながら清貧生活をしてたのはしてたが…。
そういった奴隷は狂信者家庭から提供された者達か、それこそ奴隷商から買い取った者達だった。
一般家庭から攫って来て、当人または保護者の許可もなく勝手に奴隷労働に就かせるのとは少し事情が違うだろ?」
「そうだったんですね。…あの場所ーー『至聖所』で無償労働させられて固い泥の寝台で寝る清貧生活を送る事は『昔から続いてきた選ばれし者達の定め』だと聞かされていました。
昔から人が攫われて来てたのだろうと思ってましたが…人身売買が合法だった頃には買われた人達が住んでたんですね?あの地下牢…」
「非合法になっても、人身売買はなくならないがな」
「寧ろ、お金を払わず、狂信者を生み出さずとも良くなった分、今の方が楽に奴隷を確保できてるんじゃないでしょうか?」
「…それと関係してるんだろうが、教皇庁の拷問は苛烈極まるらしいな。助け出されない限り自発的に逃げ出す者がいないのも、恐怖で意志の自立性が麻痺してるという事か」
「と思いますよ。私も未だ少し恐怖心が残ってます。攫われてから毎日ダレッシオ大教会至上主義で捻じ曲げられた聖教の教義暗唱が強要されました。
あとは下水路・地下迷路の清掃。下水路・地下迷路に湧く害虫・害獣の処分。
無償奉仕作業として、植物の繊維を使った紙作り、布の染色、蔓を使った籠作りなどもさせられていました。
飢えない程度の粗食を与えられ、ひたすら教義や詩篇を暗誦させられ、無心で作業するという繰り返しの中で、誰もが現状に慣れて何も感じなくなるんでしょうね。
逃げ出すリスクが大き過ぎて、段々と搾取される生き方に皆馴染んでしまうんですよ」
「そのミナって子も馴染んでたと思うか?」
「ええ。多分。瞳から光が消えて、死んだ魚みたいな目で従順になってた子達はあの場所に過剰に馴染んでたと思いますが、あの子もそういう状態の1人だった筈です」
「その子の死体は本当に本人だったと思うか?」
「さぁ?…人間の原型を留めない死体から被害者特定するというのは色々無理があると思います。
それこそ大公家の後継ぎが君主教育の一端として学んでらっしゃるとかいう法人類学でも修めて、骨からでも生前の容姿を復元したり病歴を把握したりするレベルに達しているなら特定可能でしょうが」
「だよな。普通そこまでの実践技術はないよな」
「ガストルディ様は要するにミナは死んでおらず上手く助け出されたと思ってらっしゃるんですね?」
「その可能性がある、と思っているだけだ」
「…私が攫われてきて、数日後にあの子も攫われてきてたので、当初の服装を覚えてますが、多分、貴族の子ですよ。
パーティー会場とかから攫われて、そのまま連れて来られてたと思います。
貴族女子の場合、攫われても公にはされずに非公開で捜索されるんじゃないかと思います。
当人は病気になって療養中、とかいう名目で、不在を隠す筈です。
『攫われた』と公表する事は『傷物になった』と公表するのと同義ですからね。
アルカンタル王国で半年くらい前から病気になり人前から姿を消した15、16歳の貴族令嬢がいるかどうか調べればミナの素性は簡単につかめるでしょう」
「流石、異端審問官だな。もしかして、ダレッシオに囚われてる子達の身元捜索の方法とか、彼処にいる時から考えてたのか?」
「まさか。私が逃亡したのは殆ど偶然。突発的に『逃げずに居ても拷問される』ような災難が降りかかったからです。他の子達を気にする余裕はありませんでした。
ミナの場合がたまたま私の数日あとに入ってきた新入りだったんで記憶に残ってただけです」
「そのミナって子が『当たり』だとしたら、なんか、すごい運命的なものを感じるんだが?」
「『当たり』って言うと?…ミナが実はアルカンタル王国の王女だったりとか?或いは本物の予言者だったりとか?そういう意味ですか?」
「そう。鰐を放流し、ミナによく似た少女の死体を予め用意して、目撃者を出さずに当人だけを連れ去るのは至難の業だ。
だが、もしもそれをやってのけた人間が居たとしたら、相当用意周到に準備しただろうし、そうしてでも取り戻した少女が普通の貴族令嬢の筈がない。
ミナが実は何処かで生きているとしたら、彼女は相当な重要人物という事になる」
「…それだと確かに運命的ですね。私がたまたま攫われてた時期に、ほぼ期間丸かぶりで伝説のアルカンタルの予言者が居たのだとしたら…。
なんか怖くなりますね。不運どころか逆に強運過ぎて」
「まぁ、その可能性がある、というだけで、その推測が真実かどうかはまだ確認の取りようがないんだがな。
俺としては『そうだったら面白いな』と思ってる」
「…自国の事情じゃないから情報も簡単には手に入らないんじゃないでしょうか?」
「だからだよな。リベラトーレ公国、ルドワイヤン公国ではアルカンタル王国よりもかなり暗示技術が進んでいる。
拷問で自白させるのが効率が悪い事は異端審問官なら理解してるんだろう?」
「『元』異端審問官です。辞職して今は侍女見習いです」
「飾り襟が可愛いな。何処の家の侍女服?」
「私の勤務先は貴方に関係ないですよね?」
「持ち合わせがないんで、謝礼は後日にと思って訊いてるんだが?」
「そういう事ならもう良いですよ。後日また会う約束をすると無駄にストレスになりそう。今後は話しかけて来ないでください」
「トリスターノ君との仲を取り持つって言ってるのに?」
「ええ。遠慮させていただきます。平民が貴族の跡取りとどうこうなるなんて考える事さえ忌むべき事だと思います」
「とにかく送るよ。フラティーニ侯爵邸で良いんだろう?」
「…知ってるなら、わざわざ訊かなくても良かったのでは?」
「確信があった訳じゃない。以前、すっごい美人の侍女を見かけて、あとを尾けたらフラティーニ侯爵邸の使用人だったし、その美女の服が君の着てるものと似てたから、フラティーニ侯爵邸では侍女を顔で選んでるんだろうという先入観が出来てるんだろうな」
「…そういう事実はありません」
(…というか、女性のあとを尾けるとか気持ち悪いんですが?)
「…お陰でガストルディ侯爵の爵位には全く興味がないんだが、フラティーニ侯爵邸の上級使用人枠には興味が出てきた。
運が良ければ、またあの時の美女に会えるだろうし…」
そう宣うサルヴァトーレ・ガストルディに対して
ジェラルディーナは当然のようにゴミを見る目を向けた。
(…アンジェロ様がマリアンジェラさんをフラティーニ侯爵邸で働かせるようにしたのって、「ストーカーを撃退する撃退力が子爵邸よりも上だったから」なんじゃないかって気がする…)
女性のあとを尾けるクズなストーカー…。
(…この男だけじゃないんだろうなぁ…)
と思うと、急にドッと疲れを感じたジェラルディーナなのであった…。




