容疑者過多
「フラッテロ令嬢。…ジェラルディーナ嬢と呼んでも良いですか?」
馬車に乗って着席すると
サルヴァトーレは喜色満面になり
真っ先にジェラルディーナへの呼び方を改めようとした。
途端にジェラルディーナは不審者を見る目になり
「…名前呼びは親しい人同士か身内に限定したい所ですが…」
と渋った
のだが
「…構いませんよ。異端審問庁でも初対面の人達が名前呼びしてましたから」
と、不本意ながら言葉を継ぎ足し了承した…。
「…そりゃあ、異端審問庁は『フラッテロ』だらけだから仕方ないでしょうね」
「…『ガストルディ』姓の人達もいらっしゃいましたよ。長官や支部長クラスの方々は皆そうでしたし」
「…なるほど。…ねぇ。…君が学院寮に居たのは本当はトリスターノではなく俺を観察するためだったんじゃないかって、急にそんな気がしてきた。
…実は君はガストルディ長官が(ガストルディ侯爵が)憎かったりする?」
サルヴァトーレが敬語をやめて
急に素に近い話し方をして来たので
ジェラルディーナは一瞬怯みそうになったが
「…憎む程には長官の事も支部長の事も知りません。ただこちらは知らなくても、むこうはこちらを知っていたでしょうから、その部分で判る事は把握しておきたいとは思います」
と気丈に返事をした。
「まさかとは思うけど、教皇庁が君を攫う手助けをした犯人としてガストルディ侯爵派を疑ってたりするんじゃないのか?」
「何故そうお思いになるんですか?まさか心当たりがお有りになるんですか?」
「いや、君の立場から見ると『異端審問庁の中に教皇庁と癒着のある人間がいる』ように見えるだろうし、伯父上が最も疑わしく感じられるだろうという予想がついただけだ」
「…私には未だ容疑者が特定できていません。私がコスタ家に恨まれているという事情を知る人間全員が未だ私にとって容疑者です。ガストルディ侯爵派だけが怪しいという訳ではありません」
「だろうね。…ただ、それだと容疑者過多状態だろう。…『コスタ家の若者が貧民街の暴動で虐殺された』事件に関しては緘口令がしかれた訳でもないからね。
俺のような学生でも、耳にしているんだ。
15〜16歳の少年少女を幾人も攫っている教皇庁に君という人間に関する情報が流出したのも実は悪意の介在しない単なる世間話がキッカケなのかも知れない…」
「…情報流出を阻害する措置を上層部が取らなかった、という事自体がそもそも悪意的ですよ。関係者に対して」
「まぁ、そうだろうね。君の観点だと」
「『誰かが誰かを恨んでいる』という因縁に関して情報封鎖をせずにおくと、『今ならアイツに攻撃しても、恨んでる人間による報復に見えるから自分が犯人だとバレにくくなるだろう』といった隠れ蓑の存在まで周知される訳ですからね。恨まれてる標的には無駄に多方面からの悪意が集中しやすくなります」
「…随分と人間不信的な考え方に思えるが、それは俺が生粋の刑吏一族ではないから理解しきれずにいる事情なのかも知れないな」
「…ガストルディ家の方ならお聞き及びでしょうが、刑吏一族は基本的に近親婚を繰り返してます。
一族の娘を他家に嫁にやると虐待され、挙げ句の果てに虐殺される事態が繰り返されてきたせいです。
恨みや憎しみというのは、たとえそれが逆恨みでも、永遠に近い永い時間変わらず特定の対象とそれに連なる相手へと付き纏い、呪いとして作用し続けるものです。
危機管理意識の欠如した平和ボケが致命的事態に至るのは、そうやって蓄積され続けた逆恨みの発露だと思っています。
そして刑吏一族ではない方々は、そうした逆恨みによる呪いを認識できないのだという事も理解できています」
「生粋の刑吏一族である異端審問官らが『呪い』というものを大真面目にとらえて、それを本気で忌避してる事自体は知ってる。その価値観に同意も賛同もできてないけど」
「…貴方様は異端審問官になる事に興味はありますか?」
「全くその気はないね。おそらく君らから見て俺達のような人間は『拷問係に適性がある』ように見えるのかも知れないが…。貧民とはまた違うんだよ。俺達は」
「『俺達』?…」
ジェラルディーナが腑に落ちないものを感じて
サルヴァトーレをマジマジ見ると…
サルヴァトーレは不気味な笑みを浮かべて
「君はもう少し、『俺達』のような人間を恐れ、敬遠した方が良いのかも知れない。自己保身のためには」
と小声で告げた…。
「まぁ、ともかく君が攫われていた時の話を聞きたい」
「…それこそ世間話のせいで個人情報が漏れて拉致監禁の標的にされる事があるのと同様に、拉致監禁者の側の話を漏らすと暗殺者がわんさか来るとかいうオチがあるんじゃないでしょうね?」
「ここで君から聞く話をガストルディ侯爵派で共有する、という事は無いので、そこは安心して欲しい。
それこそ君が俺達の側の情報を共有できるくらいに信用できると確信できるまでは詳しい事情は話せないが、君らで言う所の『瘴気の影響を受けない人種』には君の知らない特質がある。
俺からすればガストルディ家はヤドカリにとってのヤドに過ぎず、脱ぎ捨て可能な身分だ。肩入れもしない。
よって、俺が君と敵対しないことを断言できる」
「…そういう言い方をされると不気味ですが…。貴方様のような方々には多少心当たりがあります」
(「一部の秘密結社は転生した後も構成員が変わらない」という眉唾物の話を思い出すな…。あと妖術師なんかは若い他人の肉体を乗っ取って延々生き続けると言う話だし…)
とジェラルディーナはサルヴァトーレを不気味に感じた。
世の中にはモラル無きオカシナ人間達がいるという事は知っている。
「…信用してくれて良い。この国の異端審問庁がこの国の占星庁の麾下にある以上、この国の異端審問庁は俺達の敵じゃない。
ガストルディ家と刑吏一族との間にある怨恨は俺には関係しない。君から聞く話を君の不利になるように利用したりしない。だから幾つかヒントをくれ」
「ヒントですか…」
「教皇庁が集めていた少年少女らが何処の出身か、についてだ」
「出身ですか?」
「国内の者達だけだったか?」
「いいえ。リベラトーレ公国の者達も居ましたけど、アルカンタル王国からもルドワイヤン公国からも攫われてきた子達がいました」
「ウンウン。だろうね。それで、一番重要な質問だけど、アルカンタル王国から攫われて来ていた子が脱走したり、或いは亡くなったりとかはしなかったか?君がいた時に起こった事じゃなくても構わない。そういった話をむこうで聞いた事が無かったかどうか知りたい」
そう言われてジェラルディーナは
(何故、アルカンタル王国?)
と疑問に思った。
ガストルディ侯爵家にアルカンタル貴族の血が流れているという事実はない筈。
(血族とは関係なく彼自身と関係のある事柄ということか…)
正直に答える義理はないものの、別に嘘を言う必要もない。
ジェラルディーナは正直にダレッシオでの事情を話すべく口を開いた…。




