「目撃者が沢山います」
「お待ちください。フラッテロ令嬢」
そう声を掛けられ
ジェラルディーナが振り返るとーー
サルヴァトーレ・ガストルディが追いかけて来ていた…。
怪訝に思いながら
「…何か御用がおありでしたでしょうか?」
とジェラルディーナが問いかけると
「…実は先程の話に聞き耳を立てていたんですよ。君が行方不明になっていた、という話」
とサルヴァトーレが喰い気味にジェラルディーナの目を見詰めてきた。
「………」
「…その事件はアングラでは『異端審問官を攫うなんて教皇庁も今度こそ年貢の納め時かも知れないな』と噂になってた案件なので非常に興味が湧きました。
是非詳しい話を聞きたいんですが、今から時間は空いてますか?」
「…今日は非番ではありますが、休日の間にやっておきたい事がありますので暇だとは言い難いかと」
「付き合ってもらう分、報酬は出しますよ。そもそも情報収集のための費用をケチるほど愚かじゃない。
どうしても忙しいというなら次の休日でも構わないが…君が私のために時間を割いてくれるまで延々付き纏う気概はある事を覚えておいて欲しい。
何せ学院生も最終学年ともなると暇ですから」
「各種資格試験を合格していれば後は就職活動だけしてれば良い、という訳ですね?」
「そう。私の場合はガストルディ侯爵の養子の1人だから、侯爵家の領地運営を一部任されて、他の養子らと結果を競わせられる。
卒業後の進路が決まってる人間は就職活動すらする必要がないんで、本当に暇なんですよ」
「ガストルディ侯爵は、そういえば実子を全員亡くされてましたね…」
(異端審問庁長官の座に就くために彼の方でも他人を殺しまくっていたみたいだから自業自得なんだろうけど…)
「伯父上は恨まれやすい人だから…。彼の嫡子らの方でも『父親のせいで自分達が恨まれている』事実をちゃんと自覚しておくべきだったでしょうね」
「ガストルディ侯爵の後継者になる方は気の毒ですね。恨みをそのまま引き継ぐ事になりそうですから」
「正直、私は後継者に選ばれる気はありません。面倒ごとは避けたい人間なんですよ」
「なるほど。ですが、それならアングラで噂の行方不明事情に首を突っ込むのもおやめになった方が良いですよ?教皇庁相手じゃ命が幾つあっても足りなくなる事請け合いです」
「それが、残念なことに、好奇心には勝てないようです」
「…命をかけて貫く好奇心は早目に捨てた方が良さそうだと思います」
「そういう訳にもいきません。君の事が知りたいし、知っておく必要もある。それこそガストーニ子爵家はガストルディ侯爵派の中でも重要な家なんですよ。
そこの後継ぎにどうやら付き纏ってるらしい君の事は今後も観察させてもらうつもりでいます」
「…付き纏ってません。今日は偶然、お会いして気が動転しただけです」
「…意中の男性に付き纏う女性ストーカーというのも珍しくはないです。恥ずかしがらずともよろしいでしょう。
『動機が恋愛感情以外に何も無い』とハッキリすれば放置してあげられますが、それまで監視下に置かれても君には文句を言う権利はない」
「…単に貴族男性に一目惚れして、偶然遭遇して気が動転しただけのか弱い乙女に対してとんでもなく警戒心過剰ですね。…ガストルディ侯爵派は実は何かやましい事でも隠してるんですか?」
「…さぁ?…ですがハニートラップを警戒する事は別に過剰警戒でも何でもなく危機管理意識のある組織にとっては普通の事ですよ。
それに君が本当に無害なら、私はトリスターノ君との仲を取り持つ手伝いをしてあげても良いと思ってもいます」
(…余計なお世話だ…)
思わずゴクリと喉が鳴ったが
「…いえ、別に私、あのかたに付き纏ってませんし、今後も付き纏う気はないので、仲を取り持ってもらうような必要もありません」
とジェラルディーナはツンと澄ました表情でサルヴァトーレを突っぱねた。
「ん〜…。素直じゃないねぇ」
サルヴァトーレとジェラルディーナがそうして睨み合っていると…
「どうかされましたか?」
と急に案内係の女性事務員が話しかけてきた。
(…無視できそうな面倒ごとは悉く無視しそうな性格っぽいのに。…一体何を企んでるんだろう?)
と思いながら、ジェラルディーナが女性事務員をジッと見遣ると…
女性事務員の顔の表情がジェラルディーナと一緒にいた時とは全く異なる事に気が付いた…。
(…眉間に皺の寄った無表情以外の顔できたんだ?このオバサン…)
「………」
(まさか、このオバサンも「職場を婚活の場と勘違いしてる」派なのか…)
ジェラルディーナが絶句している傍らで
サルヴァトーレがゴホンとわざとらしく咳払いをした。
「…いいや。どうもしない。貴女には関係ない事なので、お気遣いだけ受け取っておく事にしよう」
サルヴァトーレは貴族然とした冷たい表情になり事務員に返事をする。
ジェラルディーナへは苦笑を向けながら
「馬車の中で話しましょう」
と言い、手を掴んで引っ張った。
引っ張られたジェラルディーナの側は
(…強引だな)
と思ったものの…
女性事務員の婚活に付き合うのは余りにもバカらしい。
たとえほんの数分でさえ彼女のためには時間を消費したくない。
そんな事もあり、その場を離れるために
「…分かりました」
と承諾し、サルヴァトーレへついていく事にした。
のだが
(…この人、態度を急変させて殺そうとしてきたりしないかな?)
と少し心配になってしまい
「…目撃者が沢山いますから、私の身に何かあったら直ぐに貴方様の仕業という事になりますからね。妙な気を起こされないようにお願いしますよ」
と可愛い気のない牽制を仕掛けた…。
思わずーー
目を丸くしてプッと吹き出したサルヴァトーレは
「大丈夫、私は死体を残す殺人はしない主義です。君の身の安全は保証しましょう」
と言って頷きつつ
(…何だろうなぁ、この子のやる事為す事、可愛いく感じられるんだが?俺はいつの間にか頭がどうにかなったのか?)
と、ちょっと自分の正気に自信がなくなった…。




