金欠
ダニエーレ・ガスパリーニは金欠になっていた。
傭兵稼業でそこそこ稼いでいた筈なのだが…カネがなくなるのは一瞬である。
異端審問庁本部で拘束された後、父であるガスパリーニ士爵が保釈金を支払い保釈されたものの…保釈金の分のカネはちゃっかり回収されたのだ…。
跡取り息子ではない限り、自分の尻拭いは基本的に自分でするしかない。
それがさして裕福でもない準貴族家の現実。
ダニエーレは少年期から現実を悟り
(早く経済的に自立したい)
と思っていた。
騎士団の正規入団は15歳から。
非正規入団だと10歳から可能だが…
小姓見習い・小姓は少年愛を嗜好する変態どもの格好の餌食。
大した後ろ盾も持たない庶子となると、更に標的にされやすくなる。
正妻の子達である異母兄らからは
「異母弟がカマ野郎だのと言われる事になるのは恥だ。騎士団にだけは来るなよ」
と固く言い付けられていた。
幸い、王立学院、国立学院などの公的教育機関には奨学金制度があった。
王立学院には領地経営科や家政科、文官科、武官科などの限定された職業訓練コースしかなかったが、国立学院だと商業科や工業科があった。
行商人ともなると普通に武器を持って戦う必要もあるため、商業科コースで戦闘訓練もできるし、簡単なやり取りの外国語が四ヶ国語学べた。
ダニエーレは
「奨学生になれたなら通おう」
と思い、商業科で受験した。
結果はおそらく散々だった筈だ。
だが奨学生として合格していた。
ガスパリーニ士爵家はガストルディ侯爵家を頂点とする派閥の末端に連なっている家である。
「ガストーニ子爵が気を回して合格を後押ししてくれていた」
という事実を入学後に知ったダニエーレなのだった…。
自由に生きて、自分の力で稼いでる筈なのだが…
自分の知らない所でコネの力が働き、割りの良い仕事が得られやすくなっている分、見に覚えのない冤罪も降りかかりやすくなっている。
結局のところ派閥の力からは逃げられない。
派閥には頭脳役の位置付けにある者達がいて、末端の者達を手足のように動かしているが、動かされている手足の側は自分が誰かの都合で動かされている事実に気付かない。
ただ自分に向いた職種に就いて、知人を増やして、社会情勢を把握しやすい状態ができるように動くと、不思議と追い風が吹いてくるのだという事は理解できる。
生きる中で獲得した情報や処世術を身内に対しては隠す事なく分け与える。
ただそれだけの見返りを返すだけで一族主義の派閥の維持に多少貢献している事になる。
裕福とまではいかないが、身を立てていくのに困らない程度には稼げるのが、派閥の末端に連なる者達の社会的位置付けだ。
だが、まぁ、時に今回のように
仲間じゃない連中と関わって火の粉が降りかかると
蓄えたカネが根こそぎ奪われる。
(…異端審問庁の連中、俺の貯蓄額を実は調べ上げていて、それで保釈金を決めたとかじゃないだろうな…)
ダニエーレは人間不信気味に穿った見方をするが…
異端審問庁のような情報収集と諜報活動を土壌に持つ断罪組織は
「標的の資産総額を調査する」
などお手のものだろうから、人間不信気味に分析するくらいで丁度良い相手でもある。
「…マジで、カネが無え…。そういやベッタのヤツは幾らくらいの保釈金だったんだろ?粉挽き屋ってのは意外に金持ちではあるんだろうが、娘のためにポンと出せるカネには限りがあるだろう。…やっぱり『出せるギリギリ』が調査されて金額設定されたって事なのか?」
かなり真実に近い予想をしているダニエーレなのであった…。
「それにしても、ジェリーのヤツは無茶苦茶薄情者だよな。ベッタでさえ『ダニエーレさんはどうしてますか?』って見張りのヤツらに訊いてたらしいのに…。アイツは俺の心配は勿論、保釈金を安くしてあげて欲しいみたいな懐柔もしてくれてなさそうだし、可愛い顔して鬼だな…」
ダニエーレとしては一緒にダレッシオから逃げてきた旅仲間が一切自分を心配してくれてない事が不満だが…
ジェラルディーナは心配したくなくて心配しなかった訳ではない。
これまでの経験上
「勾留中の容疑者を心配すると周りから勘繰られて、余計に容疑者の待遇が酷くなる」
事が分かっているので
「あの人、生きてますか?」
という質問以上の心配はしたくてもできなかったのである。
ベッティーナの場合は未成年で武器も帯刀していない女子なので、ジェラルディーナが
「保釈金は幾らに設定されましたか?」
「保護者へはちゃんと速達で通知されましたか?」
「教皇庁に対して気を付けるべき必要性を保護者へ説明しますか?」
「食事はちゃんと与えられてますか?」
「拷問はされてませんか?」
などと訊いても誰も妙な勘ぐりはしなかった。
それがダニエーレの場合には色々問題が出てくる…。
なのでこれといって誰にも何も訊かなかった。
ダニエーレの方にも心配してもらえた痕跡など感じられなかった。
「…こうして、人同士の縁というものはアッサリ切れていくものなんだろうな…。アイツはそういう人生、寂しいとか思わないものなのかな?」
誰に尋ねるでもなく呟いて、ダニエーレは唯一残された財産である持ち馬を牽いて、所属傭兵団の拠点へと向かった…。
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首都内には複数の傭兵団がある。
リベラトーレ公国の五つの公爵家が有する騎士団
中央ロッリを治めるリベラート公爵家擁する中央騎士団
東部オルミを治めるレオーニ公爵家擁する東部騎士団
南部ブルコを治めるレオンツィオ公爵家擁する南部騎士団
西部ガッダを治めるレオパルディ公爵家擁する西部騎士団
北部シレアを治めるレオジーニ公爵家擁する北部騎士団
これらの騎兵達の団の総数はそう多くない。
そんな軍事事情のため有事の際には傭兵が必要になる。
国は傭兵団の経営に補助金を出している。
中央騎士団に関しては他の騎士団と異なり
「国防目的の活動」
ではなく
「リベラトーレ大公家の私兵としての活動」
が主な任務だという事は国内外でも広く周知されている。
つまり東南西北の四大騎士団は国防を担っているのに対して
中央騎士団は大公家の天下の盤石化のために存在している。
存在意義も目的も異なるので
地方の騎士団が行う犯罪の取り締まり
(特に外国人犯罪者には厳しい)
なども中央騎士団は行っておらず
警備隊と傭兵団に丸投げしている。
中央騎士団の本領はそれこそ異端審問庁のような情報収集と諜報活動にある。
勿論、戦闘力が低いのは話にならないので、中央騎士も地方騎士並みに鍛えはするが…
実戦で盗賊団と闘うような経験が中央騎士は乏しい。
ダニエーレの父も異父兄達も殺した悪党の数など
(表向きは)
両手の指で数えられる程度のものだ。
大公家の私兵など
大公家の指示の元
「アレを殺せ」
と言われれば従うというもの。
「武器も持たない非戦闘員を不意打ちで殺す」
という卑怯な殺しが
「中央騎士にとっての戦闘行為」
なので、色々な意味で普通の騎士とは違う…。
(そう言えば、親父の部下だった騎士にフラティーニ姓のヤツもいたような…)
とダニエーレはふと思い出した。
フラッテロ子爵家の寄親フラティーニ侯爵家。
(刑吏一族なんて団結力が強くて籠絡は難しそうに思えるんだが…)
それでもどうにかして籠絡してしまうのが
「国家権力を私物化した君主一族から潤沢な予算を与えられた組織」
なのだろう。
(俺は中央の騎士にはとことん向いてないよな…。クソ兄どもに止めてもらえて良かった…)
ダニエーレは傭兵稼業に不満があるという訳ではない。
異父兄らと道を違えた事が実は有り難く感じられるのだ…。
「おお!ダン!ようやく戻ったか!」
「お前、散々だったな!」
「カネ稼ぐために仕事して逆にカネ毟り取られるとか、お前どんだけ運が悪いんだよ!」
「お前と一緒にダレッシオから来た田舎娘の護衛はサービス価格でしてやってるぜ!ブリーツィオが!」
「しけた面だな。カネは貸さんぞ」
などなど…
拠点に残っていた傭兵団の仲間達から好き放題に言われ…
(…うん。コイツらバカだ。世の中の底無しの邪悪さなんて何も理解できてない。本物のバカだ。そしてそれがコイツらの愛すべきところだ…)
ダニエーレは思わず、泣き笑いのような苦笑を浮かべた…。




