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金勘定

挿絵(By みてみん)


ヴェルゴーニャことポンペオ・フォルミッリは異端審問庁との交渉を任された事もあり、ダレッシオから首都まで渋々やってきた。


「異端審問庁という謎の組織」

と進んで関わりたがる人間はいないが…


「交渉次第で金が得られる」

「忠実さの不足した慮外者の身内を処分してもらえる」

となれば誰かが出向かなければならない。


(まぁ、俺が庶子だから最悪殺されても良いだろうって考えで送り出されたんだろうな)

とポンペオはかなり正確に自分の位置付けを理解できている。



異邦ルーツの者達による異邦派権力。

そういうものは一枚岩ではない。


在住国で勢力を伸ばすために

ルーツ国の非正規軍属と共闘したり

使えるものは何でも使うのが

アングラ社会における異邦派権力の闘いではあるが…


長く住み続ける事でアイデンティティが在住国に溶け込み、身も心も帰化する者も居るし…

どんなに長く住んでも在住国への嫌悪感を持ち続けて祖国に与する者もいる。


それに対して何処の国の異端審問庁も「郷に入れば郷に従え」というルールに逆らう後者の者達に対し「異端者」という言い掛かりを付けて拷問・虐殺処分している。


「民間人気取りの無自覚侵略兵」

「民間人に擬態した確信犯の侵略兵」

を処分していくのがラスティマ圏の異端審問庁の通常モードなのである。


ラスティマ圏における国際社会の心理戦ーー。

「敵国侵略兵を捕虜にもせず情け容赦なく処分」

「表向きは国同士の間に友好があるように取り繕う」

といった非人間的な駆け引き。


そうした心理戦を無難に成立させるために各国は

「宗教的扮装を纏った国防アングラ機関」

として異端審問庁を設けている。


何故なら露骨に国防に携わる暗部騎士達が民間人に擬態した敵国侵略兵を粛正したりすると

「捕虜にもせずに殺すとは、全面戦争でもしたいのか?」

という解釈になるのだ。


よって

「国家権力とは一線を画した宗教権力のフリをした国防アングラ機関」

としての異端審問庁は各国必須の機関として存在している。


異邦派権力に属する者達のうち、国家権力の裏の顔の恐ろしさを察知できるだけのポジションや情報に恵まれている者達は、どんなに悪びれて調子に乗っても、異端審問庁という虎の尾だけは踏まない。


だが、物知らず怖いもの知らずの者達は…

恐ろしいモノを平気で侮り

一線を平気で踏み越え

恐怖と狂気の界隈へと自ら堕ちていく。


ペッピーノ・コショーニのような

帰化するでもなく

あくまでも在住国と在住国民へ敵意と嫌悪を持ち続け

それでいて在住国の金を啜って豊かになりたがる

「民間人気取りの無自覚侵略兵」

はこれまでも大勢居ただろうし…

今も似たような輩が何処彼処で湧き続けている筈だ。


そして、そういった連中は悉く異端審問庁の餌食にされてきたし…

おそらくこれからもそうだろう。


情緒主義者ならば

「異端審問庁は呪われるべき」

「異端審問官は呪われるべき」

と思うであろうし、事実刑吏一族は嫌われ続けた。

差別され続け、度々襲撃にも遭っている。


なのに刑吏一族は生き残り続けている。

呪われる事もなく。


ポンペオでも知ってる異端審問庁の評価は

「異端審問庁は『呪い』だとか『瘴気』だとかを大真面目に信じているイカれたサイコパス集団だ」

というものだ。


ポンペオは

「呪いを認識し、呪いを避ける」

からこそ

「呪いに捕まらずにすむ」

のかも知れないと少し思う。


「呪いというものが実在しているのではないのか」

と思ってしまっている…。



(認識できない対象に対して我々は何の干渉もできず、何の手も打てない。逆に言うなら認識できるなら干渉できるし対策もできる…)


夥しい血と苦しみと恨みと呪い。

そういったものと共に生きてきた一族がラスティマ圏の刑吏一族。


(ジェラルディーノ・フラッテロは『刑吏一族』に対するイメージを一新してしまうくらいにマトモそうな少年だったな…)

とポンペオはしみじみ不思議に思ったのだった…。



********************



ジェラルディーナはチェザリーノと共に異端審問庁本部へ来ると、コソコソと裏口から入り、会計用事務室から隣の休憩室へ入った。


「来客があるようですので、我々のお遣いはそれが済んでからとなりますね」

とチェザリーノが笑顔で宣うたが…


ジェラルディーノは事務室のルーベンと話す暇さえ与えられなかったので多少不満に感じた。


更には

(…ここから事務室の話し声が盗み聞きできてしまうのでは?)

とジェラルディーナは思ったものの、敢えて口にはしなかった。


一方でチェザリーノのほうは

「フラティーニ家のほうで助力が必要な案件かも知れない場合には積極的に情報収集してフラッテロ家を補助しているのですよ?」

と恩着せがましく言った。


どうやら

「アンジェロが他人と交渉する際に隣室に居合わせて盗み聞きする行為」

はチェザリーノにとっては

「いつもの事」

のようだ。

(図々しいオジサンだ…)


フラッテロ家がフラティーニ家の寄子である以上、フラティーニ家のほうでも子分が上手くやれてるか監視し、必要に応じてフォローする姿勢なのだろうが…


(プライバシーの尊重とかいう概念が存在しないんだろうな…)

とジェラルディーナは微妙な表情になった。


(…起きて活動してる間も盗み聞きされ監視され、寝てる時にも夢を盗み見られるんだから『転生者』って内心・内面がしょっちゅう勘繰られて丸裸にされてるよな…)

と感じたのだ。



隣室ではーー

ポンペオ・フォルミッリが入室して間もなく

アンジェロとポンペオが金の事で話し合い出した。

金額、支払い形態、時期など。


当然ながらフォルミッリ側は出来るだけ多い金額で、絵画や宝飾品よりは黄金やカネで、時期も早めにと望む。


異端審問庁側もフォルミッリ家がカネに困っているのを知っているし、金額を多めにという点では構わないと考えている。


ただコショーニ一派の資産は香辛料や織物、美術品など、商品の在庫として寝かされているものも多い。

流通価値の高い黄金やカネに替えるのには時間がかかる。


異端審問庁のダミー商会で換金するにしても全部は換金できない。

土地や建物などの不動産は尚更換金に時間がかかる。


よって

「カネの受け渡しはオークション後に落札者からの支払いがつつがなく行われた後で」

と決まった。


ポンペオが帰り支度を始めるや否やチェザリーノが隠し戸を開けて、ジェラルディーナを廊下へ追い出した。


ジェラルディーナは廊下から事務室のドアの前へ行き、ノックしながら

「ルーベン兄様へ差し入れに参りました」

とドア越しにアンジェロの側にいるルーベンへ声を掛けた。


「入れ」

と返事が来たのでジェラルディーナは遠慮なくドアを開け


中に居たポンペオを見て大袈裟に驚く仕草をしてから

「まぁ!ヴェルゴーニャ様。その節は大変お世話になりました」

と声を掛けた。


本当に驚いたのはポンペオのほうである。


ジェラルディーナが(ジェラルディーノが)行先を異端審問庁本部に指定していたし、異端審問官の行方不明者リストに名が載っていたのだから、此処でジェラルディーナに遭遇する事は想定内だったが…

お仕着せの侍女服を着て、昼食用の食事を入れたバスケットを抱えて現れるのは想定外だった。


ポンペオが目を丸くして

「お前、女だったのか?」

と思わずツッコミを入れたのも当然と言えば当然である。


「ええ。異端審問庁では貴族じゃない限り女性は男性名で登録されて男装して仕事するものなんですよ。別に騙してた訳じゃないんで、そこは誤解なさらないでくださいね」


「…紛らわしいものだな。中性的な美少年かと思ってたら、違ったのか。…なんだ…」


「…弟は私によく似た中性的な美少年ですよ。なのでこういう容姿で男というのも現実的に有りなんですよね」


「だろうな。少年愛に血道を上げる連中がオークションで仕入れる美少年奴隷とかは、そんな感じの中性的美少年だよな。俺はそういうのは苦手だが」

ポンペオがそう言うと


ルーベンが会話に横入りするように

「ヴェルゴーニャ様が少年愛をお好みにならない方で正直助かりました」

と微笑んだ。


「ジェラルディーナの婚約者のルーベン・フラッテロです」


「そうか…。まだ若いのに、もう『婚約者』なんてのが居たんだな?しかも姓が同じ。親戚とかか?」


「従兄弟です」


「近親婚で血が濃くなり過ぎると奇形が生まれやすくなると言うが、そういうのは怖くないのか?」


「…刑史一族は基本的に他家から嫁を迎える事はあっても、一族の娘を嫁に出す事は殆どないんですよ。婚家でどんな目に遭わされるか分からないので」


「なるほど…。普通の人間なら『他人から殺されず、天寿を全うしよう』という願いも普通に叶う筈だが、刑吏とかだと『工夫無しには叶わない』って事なんだろ?その点は俺達も似たようなものだから理解はできるぜ」


「でしょうね」


ポンペオとルーベンが苦笑して顔を見合わせる。


「ヴェルゴーニャ殿は私の婚約者の恩人でもあられるので、オークション会場での落札者の監視と見守りには私もお手伝いさせていただきたいと思います」


「いや、それは気持ちだけ受け取っておくよ。落札者の監視と見守りは、そのカネを受け取る側で全て請け負うのが筋ってもんだ。俺を筋も通せない慮外者にはさせないでくれ」


「…分かりました。ですが、もしも手助けが必要な場合には遠慮なく言い付けてください」


ルーベンはオークション会場で起こり得る諸々の不具合を念頭に置きながら、ポンペオにニッコリと笑顔を向けた…。


ポンペオはルーベンの笑顔は目が笑ってないのに気付き

(…俺、少年愛の趣味がなくて本当に良かった…)

と痛感した。


もしもジェラルディーナに性的奉仕などさせてたら…

今回の交渉

もっと色々吹っかけられていた筈だと直感的に悟った。


(刑吏一族のような家だと、「血は水よりも濃い」が他のどんな派閥よりも粘着で露骨なんだろうな…)


どんな種類の愛なのかは分からないまでも…

ルーベンがジェラルディーナを愛しているのは間違いないという事が部外者のポンペオにも如実に理解できたのだ…。



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