子猫と虎
その後のアベラルド、カッリストとの話は以下のようなものだった。
〈お前は私を前にして身体が震えているようだが、基本的に「【強欲】の加護を持つ『転生者』を前にして加護無しの『転生者』の身体が震える」という事はない〉
〈そうなんですか?〉
〈例外として、本来量の徳力が多く、その分、多くの徳力を搾取されてる『転生者』が加護持ちの『転生者』に遭遇した際に身体が震えるらしいが、訓練によって身体の震えは止められるようになる〉
〈訓練方法は分かっていますので、それは私の方からジェラルディーナ嬢へお教えできます〉
〈お願いします〉
〈くれぐれもクレメンティーナ自身に自分が【強欲】の加護を持つ『転生者』だと気付かせないように接して欲しい。マリアンジェラはその点で腹芸ができないのでクレメンティーナとは引き離しておくのが最良だと判断した〉
〈まだ奥方様にはお会いできていませんが…。ガタガタ震え出してしまうと明らかに挙動不審なので不敬だと吊し上げられそうな気がします〉
〈震えを止める訓練を急ぎましょうかね。明日は私はお使いで異端審問庁へ出向きます。ジェラルディーナ嬢にはそれに付き添ってもらう事にしますので、訓練は外に出てる間に行いましょう〉
〈ダレッシオからポンペオ・フォルミッリが来る。明日丁度アンジェロと交渉する筈だから、ポンペオにも顔見せしておくと良い〉
〈私、出歩いて大丈夫なんでしょうか?私の【強欲】から私という存在を捕捉されてるなら、何か仕掛けられる可能性があるんじゃないでしょうか?〉
〈【強欲】の加護は万能じゃない。自分の魂の兄弟姉妹に関しては『夢を共有する』事で相手の個人情報が得られるだけだ。つまりはお前の場合も日中の出来事を夜に夢で見るようなら、その夢を共有して見る事で、お前の【強欲】はお前の個人情報を入手する〉
〈お前が夢の中で鏡を見たりしてない限りはお前の顔が知られている可能性は低い。お前が個を特定されたかも知れない最大の要因はヴァレンティノ・コスタを見捨てて逃げた事にある。おそらくお前自身にとってもショッキングで、夢に見てしまっている事だろう〉
〈その後、ダレッシオの地下で暮らした間にも地下の夢を見たなら、お前の【強欲】は『異端審問庁勤務を経て地下に軟禁され続けた人物が自分の魂の兄弟姉妹の1人だ』とお前を特定できた事だろうが…お前の顔までは知らない可能性が高い〉
〈お前が『明日異端審問庁へチェザリーノと共に出向く』と話してる夢を今晩見たりしないなら、何も手出しはして来ない筈だ。密偵も盗聴はできてもこの部屋の内部は覗けない。直前まで出掛ける事を誰にも話さずにおけば出掛ける予定を知られて先回りされる事にはならない〉
〈…【強欲】が「夢を通して自分の魂の兄弟姉妹を把握する」って、そういう事なんですね?要は私達が見てる夢が勝手に覗き見られている、と〉
〈そうだ。だから、自分の【強欲】に個人情報を与えたくない『転生者』は、「夢の中で鏡を見ない」「夢の中で自分の名前を登場人物に呼ばせない」などといった個人情報の保護を自分の意思で徹底しなければならない〉
〈…こういう話、私にしてしまって侯爵様は大丈夫なんでしょうか?私が他にバラしたら、侯爵様の魂の兄弟姉妹は侯爵様に対して対策を取るようになってしまうんじゃないでしょうか?〉
〈そうだな。本来なら【強欲】側の情報は『転生者』に教えないほうが良い。【強欲】の立場からするならな。だが他の派閥で私以外の【強欲】が既に【強欲】側の情報を開示しているかも知れないのだし、無駄に秘密主義になっても仕方ない〉
〈侯爵様のような、「他の【強欲】を邪魔する」方針で動いている【強欲】もいるかも知れないという事ですよね〉
〈基本的に『転生者』は【強欲】の加護の有無に限らず、アドリア大陸で生まれ変わりを繰り返した全ての人生の記憶を自分の魂の中に有している。
だが殆どの者は一つ前の人生の記憶しか引き出せていないし、中にはクレメンティーナのように記憶を引き出す引き出しを自分で見つけられなくなってる者もいる。
『転生者』には色々居る、という事だ。加護持ちが盲滅法に自分の魂の兄弟姉妹を排除・殺害する方法で他人の魂の力を搾取しようとするとは限らない。それというのも、そういった図式にも『下剋上』が起こり得るからだ〉
〈下剋上ですか〉
〈ああ。カッリストにせよ、チェザリーノにせよ、彼らの【強欲】が死んでくれたから、彼らは運気・能力の搾取から解放されて有用かつ運の良い人間でいられるんだ。今の現状では〉
〈【強欲】が死んだって…。殺したんですか?〉
〈具体的に言うとそうだ。【強欲】に搾取される魂の兄弟姉妹5人のうち3人が揃えば不思議と『呪い返しの儀式』による虐殺が有効化して、魂に刻印された搾取関係のヒエラルキーから解放されるし、それまで苦労した分、取られていた徳力が少しづつ返却される〉
〈…そういうのって、チェザリーノさんのような30代半ばのオジサンがマリアンジェラさんみたいな若い美女と夫婦になれてるのと関係してます?〉
〈…ジェラルディーナ嬢は言いにくい事をハッキリ仰るんですね。未婚女性として慎みに欠けると思いますよ〉
〈単的に結論を言うなら、ものすごく関係している。「好きな相手から好かれる」には運気が高くなければならない。誰にでも美点はあるので、運良く好きな相手の目に自分の美点が自然に入り、それが好意に変わる事に関して可能性は常に誰にでもある。だが万人が美点を見出されて好かれているのかと言うと、そうはならないのが現実だ〉
〈不思議な事に運が悪ければ、自分の美点が他者から認識される事自体がなくなる。好かれる要素が何かしらある万人が人気者になったり嫌われ者になったりするのには、まさに運が大きく関係しているわけだ〉
〈…そうだったんですね〉
〈チェザリーノとマリアンジェラの場合は極端だった。チェザリーノ達の【強欲】が死んで直ぐくらいから急にマリアンジェラはチェザリーノに好意を持った。それ以前は好きになるどころか、寧ろ疎んで近づきたくないと思っていた節があるのにな〉
〈…客観的に見ると、そうだったんですね。私はてっきり昔のマリアンジェラは照れて私に冷たかったのかと思ってたんですが〉
〈当人からも「昔は誤解してて嫌いだった」と言われたんじゃなかったか?〉
〈それも照れて言ってるのかと〉
〈御都合主義的な捉え方だな…。だが、徳力の搾取から解放された『転生者』はそういった御都合主義が通用するくらいに一転して運が良くなるという事だ〉
〈私もいつか運が良くなれるんでしょうか?〉
〈自分と同じ歳の『転生者』を見つけるようにしろ。と言っても同じ歳に【強欲】が複数居る時もあるので、同じ歳の『転生者』が必ずしも魂の兄弟姉妹とは限らない。だが魂の兄弟姉妹が3人揃えば、自分達の【強欲】を殺して徳力の搾取から解放される〉
〈そういった解放の手段は『転生者』の間で知られているんでしょうか?侯爵様の魂の兄弟姉妹がそれを知ると、侯爵様の身が危うくなる気がするんですが〉
〈今の時点ではまだ知らないかも知れないが、世間に埋もれている『転生者』を見出して入れ知恵する派閥もあるので、そのうち大勢の『転生者』がそれを知る事になるだろうと思っている〉
〈難儀ですね〉
〈ああ。難儀だよ〉
〈だから奥方様への対応が「無知なままいさせる」ものとなるんですね〉
〈そうだ。出来れば政略結婚ではあるが夫婦仲良く暮らせればと思っている。勿論、クレメンティーナが無知でいてくれる状態のままで〉
「「………」」
思わず、チェザリーノとジェラルディーナは無言になった。
アベラルドが生粋の苦労人に見えたのだ。
〈クレメンティーナはまるで「自分を子猫だと思い込んでる虎」だ。だからお前達の方でもクレメンティーナに「自分は子猫だ」と思い込ませたままで居させてやれ〉
〈〈了解いたしました〉〉
アベラルドほどではないのだろうが
(これからの人生、前途多難だ…)
と判り、ジェラルディーナは頭痛を感じてこめかみを抑えた…。




