対人関係問題
ジェリーと同じグループの少女達、フィロとプル。
彼女達は同じくらいの時期に連れて来られているとかで、同じグループ内でも仲が良い。
ジェリーがダレッシオの地下で暮らすようになって苦痛なのは、衛生環境だけでなく対人関係も含まれる。
閉鎖的な空間での閉鎖的な対人関係。
心的空気が煮詰まりやすい。
そこでは対人関係内の潜在的悪意が表面化しやすい…。
ジェリーは幼い頃に前世の記憶を取り戻している。
前世の生まれは自作農の家ながら農奴よりも貧しい家だった。
福祉の概念がある社会だったのだが…
公共の福祉は借金奴隷の農奴や犯罪奴隷の炭坑夫が主な対象とされていた。
農奴は地主の所有物、炭坑夫は鉱山主の所有物でありながら
「公的補助の対象」
であり
「農奴の生活費・炭坑夫の生活費」
は国から支給されていた。
小さな土地で耕作する小作農よりも
農奴や炭坑夫のほうが食いっぱぐれもなく
福祉医療の恩恵も受けられる待遇だったのだから…
今世で思い返してみても、あの社会は色々おかしかった。
魔道具技術も医療も高度に発達していたが貧しい平民はその恩恵に浴してはいなかったのだ。
(奴隷のほうが「福祉」という名目でそれらの恩恵を受けていた)
成人してからも、やはり猫の額ほどの小さな土地を与えられた小作農に嫁がされ、散々な目に遭わされた。
アドリア大陸の信仰はミセラティオ大陸の信仰とは別物。
なので教会で祀られる崇拝対象もまた異なっていたが
教会が平民向けに無償教育を行っていた点は同じ。
(地頭が良ければ)
農奴より貧しい小作農でもそれなりに知性はあった…。
今世において
「記憶を取り戻したのが幼い頃だった」
という事もあり…
ジェリーは他の子供よりも大人っぽかった。
当然のように普通の子供達には馴染めなかった。
子供っぽく擬態できれば良かったのかも知れないが…
ジェリーはそんなに器用ではなかった。
友達ができなかった。
近所の子達から嫌われていた。
孤児院の子達からさえ嫌われていたので嫌われる原因が
「親が『あの家の子と遊んじゃいけません』と言ってるから」
とは限らなかった。
意地悪な子達と関わりたくなくて
絡まれると返事もせずに逃げた。
お陰で名前すら知らない子が多い。
覚えているのは子供特有の甲高い声。
「すぐ逃げる!」
「弱虫!」
「バーカ!」
「ブス!」
「墓場臭え!」
「処刑人!」
「人でなし!」
嬉々とした表情で罵っていた子供達。
孤児院の子達も一緒になって
「誰かをイジメて楽しむ事で立場の違いすら忘れて団結できる」
という事だったのだろうが…
そのために槍玉にあげられた側からすれば
たまったものではなかった。
だけど親族には恵まれていた…。
両親も兄も近所の従兄弟達もジェリーを庇ってくれる人達だった。
お陰で、友達ができないながらも
地域では対人面の不自由はなく暮らすことができていた。
皆と空気を同じくしない浮いた子供。
身内に庇われるか否かで運命に雲泥の差が出る…。
「人間、孤立しないために自分の所属元に追従しておかねばならない」
という事をジェリーはよくよくわきまえていた。
「至聖所」での対人関係でも
ジェリーはフィロとプルに媚びて追従する事で無難にやり過ごしていた。
フィロとプルーー。
2人は普通に会話が成立して親友のように仲良くしてるのに…
ジェリーが話しかけると、まるで
「聞こえていない」
かのように無視する事が殆ど…。
たまに返事をしてもらえて
ジェリーはそれを喜んでいたが…
「たまに返事をしてもらえるのを喜ぶ」
ような対人関係は実はかなりオカシイ。
(ああ…。私は運が悪い…)
というのが攫われてきて以来、何度となく思った事だった…。
********************
「前世の記憶があるから物の見方も普通の同年代とは違う」
という事なのかも知れない。
ジェリーは16歳とは思えないくらいに冷静に物事を分析してしまっていた。
共同部屋である牢の部屋が近いグループでは
既にイジメがチラホラ起きているのも観察して分かった。
ジェリー達のグループの牢と向かい側の牢で暮らすグループのイジメは露骨に目の前で展開されていたので特に陰湿に感じられた。
イジメられている子達は大抵皆、顔色が悪くて肌も汚い。
イジメられているから顔色が悪くて肌も汚いのか
顔色が悪くて肌も汚いからイジメられ出したのか
どちらが先なのかは不明。
質問をしても無視されることが多い環境では任意に情報を得ることはできないのである。
(プル達がお喋りしてる内容を聞き耳立てて聴くことで、だいぶ分かってはきたけど)
「至聖所」内の人間関係事情にはあまり詳しくない方だ。
それにしても見苦しいものだと思った。
真向かいの牢では、顔色が悪くて肌も汚い女の子1人を他の女子も男子も皆で団結して嫌悪し
「こっちへ来るな」
と言って4人がかりで疎んでいた。
疎ましいなら無視しておけば良いものを…
「お前には布団は要らない」
だの言って、布団を踏み付けて汚したり
事あるごとに蹴ったり
ゴミを投げつけたり
いちいち悪意的に干渉していた。
見せつけられる側も嫌な気分になった。
ジェリーはそういう有り様を見ながら
同情するでもなく
(…あの子は既に雰囲気の中に「コイツは粗末に扱われるべきもの」というイメージが描き込まれてしまってるんだろうね…)
と感じ、冷静に分析していた。
ジェリーは
「自分の感情を客観的に捉えてしまう」
性質だ。
「相手から何もされてないのに嫌悪感を感じてイジメたくなる」
ような感情が起きた場合…
年相応の子供なら何も考えず衝動に従ってイジメる。
だがジェリーは
「当人の雰囲気の中に被虐体験の慣性反復因子が組み込まれてしまっている」
と感じてしまう。
「慣性に釣られて加虐者になるかどうかは自分の選択次第」
とも感じてしまう。
(全く、何が「秘蹟体現者候補」だ。何が「至聖所」だ…)
と心底から呆れた。
前世のジェリーも、ここのイジメられっ子のように
「誰一人味方がおらずに全方位から嫌悪感と悪意を向けられ続ける」
ような体験をしていた。
今世では親兄弟と近所の親戚が身内想いの人達だったお陰で
近所の悪ガキ達からのイジメ嫌がらせからも守られてきたし
今後もその予定だった筈なのに…。
(此処の大人達は本当に罪深い…)
ジェリーには攫ってきた子供達の人格と人生を歪め搾取しているダレス地下組織の大人達が俗悪な鬼畜にしか思えなかった…。