「マジで気が有るようにしか見えない!」
思案に耽っていたジェラルディーナの傍らでは
ロベルトが真面目に食堂の出入り口を監視していたらしく
「あっ、来たよ!」
と小声で注意喚起してくれた。
「3人並んでる人達の真ん中の人」
そう言われて見てみると
(…なんかヴァレンティノに似てる。顔とか雰囲気とか。「ハズレ」なんじゃないかな?)
と思った。
ジィーッと凝視して雰囲気を看てみると
やっぱりなんの変哲もない普通の人だった。
3人組が大声でお喋りしながら食堂に入って来たので当然注目も集まる。
ジェラルディーナがジィーッと凝視しても気が付かなかったようだ。
特に何も言われずに通り過ぎてくれた。
「どうだった?」
とロベルトに訊かれて
ジェラルディーナは
「容疑から外れたよ。普通の人だね」
と答えた。
「さっきのが外で遊びまわるのが好きな人。女好きって話だけど、ブスな女子には辛辣なんで、性格の悪い女子しか靡かない感じ」
「なら、リストの最後の1人は自室で読書する無駄に秘密主義の人?」
「そう」
「取り巻きとかと行動してる人?」
「ううん。大抵は独りで行動してる人だからさっきみたいにはいかないし、一番観察しにくい人かも知れない」
「そうなんだ」
トリスターノ・ガストーニ。
ガストーニ子爵令息。
ロベルトに言わせると
「貴族然としてる人」
らしい。
貴族なのに成績優秀者。
怪しい…。
『転生者』は前世の記憶を取り戻した時点で精神年齢が前世の享年へと一気に跳ね上がるので、幼少期に記憶を取り戻すと大人びた優秀な子供になりやすい。
アドリア文明における上流階級の教育水準は高い。
今現在のラスティマ圏の教育水準を上回る。
(前世でも上流階級で、今世でも上流階級で、尚且つ【強欲】の加護持ちとかだと、どんだけ頭が良くて、どんな人間性になるんだろう?)
と、不意に興味が湧き起こった。
(…そう言えば、フラティーニ侯爵は貴族で【強欲】。前世でも貴族だったのかな?)
と急に自分自身の足場の権力基盤に疑問を感じた。
【鬼子】と【奴隷魂】は歳が同じか一つ違い。
フラティーニ侯爵はまだ若い。
22歳だそうだが、前世では50代まで生きたとかで肉体年齢を大きく上回る精神年齢らしい。
アンジェロとアメリーゴは25歳でルーベンはジェラルディーナの兄リナルドと同じ20歳。
丁度、フラティーニ侯爵と被らない年齢なのでフラティーニ侯爵と懇意にしてるようだが…
もしかしたらフラティーニ侯爵にとっての【奴隷魂】である『転生者』がフラティーニ侯爵派の中にも居るのかも知れない。
だけど多分、フラティーニ侯爵は敢えて自分にとっての【奴隷魂】である魂の兄弟姉妹のみを重用もせず救いもしない。
それと同じ事は、トリスターノ・ガストーニが【鬼子】であり、ジェラルディーナの魂の兄弟姉妹だった場合にも言える事なのだろう。
「自分の魂の兄弟姉妹のみを救わず虐待して不幸と悲運を背負わせる」
(他のヤツらの魂の兄弟姉妹に関しては不幸と悲運から救う)
という不平等はジェラルディーナにも振りかけられる。
トリスターノが自分の魂の兄弟姉妹で【鬼子】なら
(顔くらい知っておきたい…)
と思ってしまう。
「あっ!あの人だ!来たよ!」
とロベルトに小声で囁かれてジェラルディーナはドキンと心臓が跳ね上がった…。
整った顔立ち。
背筋が伸びて姿勢が綺麗。
品の良さそうな少年。
ジェラルディーナと同じ16歳。
身長は年齢のわりに高い。
思わず見惚れたが
ハッと我に帰り
ジィーッと凝視して対象の雰囲気を看ると…
(ああ、残念…。この人が当たりだ…)
と判った。
アドリア文明圏の瘴気。
それがトリスターノの周りに纏わりついていて
右肩の辺りに仮面のようなイメージが浮かんでいた。
「【鬼子】なら、そういう風に見えるだろう」
と想定していた通りの見え方。
想定外だったのは
「人相からは全く凶悪そうには見えない」
という点だ。
トリスターノ・ガストーニのせいで
ヴァレンティノのようなヤツとペアを組まされて
挙句災難に見舞われて
挙句、教皇派に拐われて地下牢で暮らす羽目になった
という可能性があるのに…
(悪いヤツに見えない、のが怖いな…)
と思った。
信念を持ち
高潔で
賢く
慈悲深い(自分の【奴隷魂】以外の者に対しては)
そんな非の打ちどころのない良質な貴族に見えるのだ。
(悲劇だな…。慈悲深い完璧な人間から「お前だけ助けない」とか思われて、実際にそうされる人生なんて…)
(まぁ、トリスターノの【奴隷魂】である魂の兄弟姉妹は私だけではないだろうから、同じ歳の『転生者』とは協力関係になれる筈だ)
気を取り直そうとするが、やはり気が滅入る。
ジェラルディーナは咄嗟に俯いたのだが…
頭上からは声が降りかかって来た。
「…何か用かな?」
ギクッとして心臓が早鐘をつきはじめた。
身体がガタガタ震える。
ジェラルディーナにしては珍しく
顔に血がのぼって頬が赤くなるのを感じた。
顔を上げて、声の主を見ながら
「いえ!何もありません。学院内の様子も寮内の様子も珍しくて、ついつい見入ってしまうだけです。僕の視線が不躾に感じられたのでしたら申し訳ありませんでした」
と真っ赤な顔で弁明したところ
「そう…」
とだけ言って、通り過ぎてくれた。
ロベルトが目を丸くしている。
(迫真の演技だ。マジで気が有るようにしか見えない!)
と内心で拍手喝采しているのだが…
ジェラルディーナはそれどころじゃない。
思ったよりも動揺が激しかった。
唐突に迷いのない悪意を向けられて動揺するのとは違う。
悪意も何もそこにはないのに
単に話しかけられただけで動揺するなど…
前世でも今世でも無かった事だ。
ふと
(ああ…。そうか。【奴隷魂】は魂レベルで【鬼子】を恐れているから【奴隷魂】なんだな…)
と気が付いた。
(多分、前世では私は【鬼子】と遭遇した事がない…)
だから
「ただ話しかけられただけで身体が震えて顔が赤くなる」
ような緊張の極みを体験していなかった。
それが自分でも判った…。




