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殺されずに済む振る舞い

挿絵(By みてみん)


喧嘩が起きても誰も仲裁せずに野次馬だけが湧く環境。


そういう環境では人は

「対人関係上の自己抑制・他者抑制の適切な妥協点」

を割り出そうとも思わないだろうし

そうした妥協点を割り出す必要性すら理解できないままになる。


要は

「自分で落とし所を見つけられなくなる」

ので

「引っ込みが付かなくなり険悪さがエスカレートしていく」

のだ。


ジェラルディーナには学院生達が嫌悪の対象にしか見えない。


喧嘩してる当事者達は野次馬の感情にも影響されるものらしく

平民側は

(不利だ)

と感じた様子。


「覚えてろよ」

などと三下の悪党みたいな捨て台詞を残して逃げ去った。


野次馬が

「バァ〜カ」

「逃げるんなら初めから因縁つけるなよ」

「糞虫が」

「死ねよ」

だのと暴言を吐いているのが見苦しい。


制服が平民と貴族では生地も仕立ても異なるので

低次元な野次馬が貴族なのは分かるが…


(こういう連中を育てた親は反省するべきだ)

とジェラルディーナは思った。


「そろそろ食堂へ行って出入り口を監視できるポジションの席をとっておこうか」

とロベルトに言われ、図書室を出たものの…

学生達の話し声で図書室以外の場所はとにかくうるさい。


(…図書室、結構お喋りしてる人達が多かったけど、それでも他の公共スペースよりはマシだったんだな)

と気が付いた。


ロベルトもジェラルディーナも読唇術が使える事もあり、唇の動きを見て、何を言われたか分かるので、ヒソヒソと小声で会話できる。


難点はーー

同じく読唇術を使える傍観者がいれば会話の内容がバレる事にある。


因みにフラッテロ家の人間は読唇術だけでなく、唇の動きと声を分ける事もできる。


静まり返った場所で大事な話をする時は、声では日常会話を行い、唇の動きで大事な案件を話し合う。

逆に離れた場所から監視されている場合には、唇の動きで日常会話を行い、声で大事な案件を話し合う。


生まれつき器用という訳でもないが…

フラッテロ家ではそういった訓練を幼少時から受ける。


だが一番必要な技能は「気配を断つ」「逃げ足の速さ」だと、ジェラルディーナは個人的に実感している。


「貧民街へ行って、拷問係適性者を探し、殺されずに帰ってくる」

という異端審問庁の末端職員の仕事は

「気配を断つ」

技能が無ければ本当に命がけの任務になってしまうし

いざ暴動が起きた時に足が遅ければそのまま命を落とす。


ジェラルディーナが

「ヴァレンティノ・コスタは死ぬべくして死んだ」

と言われて納得してしまえるのは

「諸々の面でヴァレンティノの能力が低かったから」

でもある。


「貧民街を出入りして殺されずに生き残り続けるには、必要な技能を身につけ、必要な知識を身につけ、殺されずに済む振る舞いをする」

という当たり前の部分がヴァレンティノはできていなかった。


ジェラルディーナは食堂の出入り口をぼんやり眺めながら、改めてヴァレンティノ・コスタの事を思い出していた…。



********************



官吏採用試験は15歳を過ぎれば国民なら誰でも受けられる。

年に二回の試験。


ジェラルディーナは15歳を過ぎて最初の特殊官吏採用試験を受け、見事一発合格。


合格後、官吏の中でも刑吏は特殊な仕事でもあるので

「研修期間が1ヶ月」

もあったが

(普通の官吏は研修は1週間)

ジェラルディーナはつつがなく(?)異端審問庁ガッダ支部へ就職した。


異端審問庁では、新人のうちは貧民街で活動する事もあり、新人は基本的に複数人での行動が義務付けられている。


ジェラルディーナの場合はヴァレンティノ・コスタとペアになるように毎度組まされていたが…

ジェラルディーナは不満だった。


「ヴァレンティノは能力が低くて私の足を引っ張ります。私の相方は同じフラッテロ家の親戚にしてください」

と上司に苦言を呈していたのだが…


「フラッテロ家は閉鎖的だ。支部長は『フラッテロ家の血を他の刑吏一族へ加えるべきだ』というお考えのようだ」

と言われ、全く取り合ってもらえなかった。


職場自体が

「刑吏一族同士のお見合いを兼ねた相性無視の組み合わせ」

にされていたのだ…。


(バカらしいし、ホントいい加減にして欲しい…)

と心の底からウンザリしていた。


ジェラルディーナは支部長の考え方が

「相性を無視して家畜同士を番わせようとする」

ような御都合主義的なつがい強制に思えた。


(私らは家畜じゃないんだけどなぁ…)


そんな風にウンザリしてる中ーー

ヴァレンティノに恋人ができた。


ヴァレンティノの恋人はアリーチェという姓もない平民の娘だった。

親は左官。

当人は煉瓦職人に弟子入りしていた。


ヴァレンティノは年に二回の官吏採用試験を6回受けて6回目で合格。

ジェラルディーナと同期だがヴァレンティノは18歳だった。

アリーチェもヴァレンティノと同じ18歳。

若くて肉感的な身体付きが魅力の少女だった。


18歳以上は親の許可なく結婚できるので、2人は結婚を考えてるようだったが…

ヴァレンティノの両親は親バカで

「うちの子なら、もっと良い相手が狙える筈」

という考えで反対しているらしかった。


ヴァレンティノの親が反対しているせいでアリーチェは焦っていたのだろう。


アリーチェは昼休みも仕事場から抜け出してヴァレンティノと過ごすようになっていたし、ジェラルディーナと顔を合わせた時には妙な優越感を感じていたようで

「フフン」

と鼻を鳴らし、意地悪そうな笑みをジェラルディーナへ向けていた。


ジェラルディーナからすれば

(本気でウザい…)

という以外の感想は無かったのだが


何故かヴァレンティノとアリーチェの間では

「ジェラルディーノが(ジェラルディーナが)ヴァレンティノに気が有って、何かとペアになれるように上司に頼んでいる」

という虚構認識が共有されていた。


「アンタがどんなにヴァレンティノに惚れてアタシから横取りしようとしても無駄なんだよ」

と掴みかかられた事があって、本気で迷惑だった。


貧民街へ行くのにも

「仕事だから仕方なくヴァレンティノと一緒に行くだけ」

なのに…


ヴァレンティノとアリーチェは

「ジェラルディーノに妙な事をされないように可能な限り一緒に居よう」

と思っていたらしかった。


今にして思えば

「あの日以前にも3回アリーチェは貧民街入りについて来ていたんだけど、無事だったんだよな。初回で殺されていても不思議じゃなかったのにね」

と思ってしまう。


その日ーー。


アリーチェがヴァレンティノとジェラルディーナの貧民街入りについて来た4回目の日。

恐れていたことが起きたのだった…。



最初は何処からともなく石が飛んで来る。


犯人を見つけてやり返したくもなるが…

それをやると貧民街の貧民が一斉に団結して牙を剥いてくるので、貧民街内での反撃は厳禁。


貧民を殺すなら、貧民街の外へ誘き出して、殺さなければならない。


「侵入者の生殺与奪権は在住者側が握る」

というルールに従って貧民街で貧民は一般人をカモにするのだから…

貧民も貧民街から出れば、理由もなく殺されても文句は言えないのが道理だ。


そうした情緒も良識もヘッタクレもない心凍る溝が

貧民とそれ以外の民との間には横たわっている。


ヴァレンティノとアリーチェはそんな溝を認識できておらず、危険を危険とも理解できていなかった。


石が飛んで来てジェラルディーナに当たった時には

「「ざまぁ」」

とニヤニヤ笑いを浮かべたのに…


自分達に石が当たった途端

激昂して石が飛んで来た方向へと駆けつけ

目付きの悪い貧民の子供を殴りつけたのだ。


(えぇぇぇ…。コイツら死にたいの?)

とジェラルディーナが驚愕してる間にも


ーー法螺の音が響いた。


貧民達が駆け付けて来るのが分かった。


耳を澄ませば

「戦闘訓練だ!」

「ブチ殺せ!」

「今日こそ皮を剥ぐ練習は俺にさせろ!」

「豚の餌がまんまと入り込んで来やがった!」

「殺せ!殺せ!」

「ぶつ切りにしてやる!」

「ヒャッハーッ!」

だのと異常に昂揚して楽しんでいる声音が聞こえてきた。


貧民側の戦闘員が全員揃ってしまうと

逃げたくても確実に殺される。


「逃げるよ!」

とジェラルディーナがヴァレンティノとアリーチェに声を掛けたが


「待て!アリーチェが足をやられた。俺がおぶって逃げるから、お前は囮りになれ!」

とヴァレンティノに言われた。


その瞬間にジェラルディーナは

(ーーあ、コイツと関わると死ぬ。もう無視して自分だけ逃げよう)

と決意した…。



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