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身分と格差

挿絵(By みてみん)


ジェラルディーナから見てロベルトのいる調理部は

「実は錬金術を模倣しているものなのでは?」

と感じられた。


元々料理のバリエーションというのは

「錬金術の副作用なのかも知れない」

と思ってもいた。


「錬金術を独自進化させた国では料理も複雑で多様性がある」

という法則があるからだ。


調理部の部員達はメレンゲを魚のすり身と合わせて蒸してみたり、パンを膨らませるための酵母で色々発酵させてみたり、各人が実験をして好きに活動している。


ロベルトは骨付き鶏肉から出るプルプル成分で

「野菜のジュレを作る」

のにハマってるらしい。


「こういう料理法だと、お年寄りが色んな栄養を摂れるんじゃないかと思ったんだ」

という発想が善良過ぎて…

ジェラルディーナからすれば少し心配になる。


「ルドワイヤンの王立学院だと、調理部は人気でリベラトーレよりもっと調理のバリエーションがあるらしいよ」

と、ルドワイヤンかぶれになってるっぽいのが少し不安を誘う。


ジェラルディーナとしては

「…外国の文化や教養の影響を受け入れる場合には、傾倒せずに済むよう『詐欺師に騙されないために詐欺師の技を学び盗むのだ』という気概を持っておく必要があるよ。

その辺の心構えは兄さんからも聞いてるとは思うけど、ちゃんと分かってるんだよね?」

と確認せざるを得なかった。


「…うん。ちゃんと、分かってるよ?」


「微妙な間があるのが気になるけど、ボブを信じる事にする」


「うん」

ロベルトは忘れ物のエプロンを手に取って鞄に突っ込むと

「じゃあ、図書室へ行ってみよう」

とニッコリ作り笑いをした…。



********************



図書室では植物図鑑を読んだ。


絵が雑で植物ごとの特徴が判りにくいのが難点ではあるが…

「食用できるか否か」

「薬用できるか否か」

という点がしっかり書かれているのは有り難い。


アドリア大陸とは繁殖する植物が違う。

勿論、共通して自生しているものも多い。

共通して自生しているものに関しては今世で学ぶより先に前世の知識があった。


前世の記憶は対人関係に関するものより、当時の常識的知識や慣習に関するものの方が多く自分の中に残っている。


「生きられる間は生きて、生きられなくなったら死ぬだけ」

と割り切らなければ、不毛な恨みを残しかねない人生だった。


強盗の共謀犯の濡れ衣を着せられての拷問。

証拠が無くて解放された後も悪意的な人達から

「気持ち悪い」

「死ねば良いのに」

「消えてなくなれ」

「くさい、汚い」

「生きてるだけで罪」

と一方的に暴言を吐かれて村八分にされた日々。


ある意味

「閉ざされた狭い社会で生きて死んだ」

せいで

「何処に逃げても、この世の中には救いなどない」

という

「更なる残酷な真実」

を本当に実感する機会は無かったと、今では思う。


心の片隅に

「此処ではない何処かには、もしかしたら救いがあるのかも知れない」

という希望が残っていたのだろう。


逆に今世は

「世間の皆様の鬼畜ぶりが具体的に視界に入ってくる」

ような社会的位置付けにあるので、本当に未練すら湧かない。


社会には対人トラブルが満ち溢れている…。


縮こまって引きこもっているとか

閉ざされた環境で生きているのではない限り

陰湿な社会事情がすぐ身近で展開されている。


図書室でも学生同士が言い争いをしていた…。


「%#@¥#※!」

「#%@%※£!」


司書が役割を全うする人材なら普通は止めに入るなり

「お静かに」

と注意するべき事案なのだろうが…

司書は無言で図書室出入口の貸し出しカウンターで本を読んでいる。

見て見ぬフリをする気だ。


平民同士の喧嘩なら

「お静かに(うるさいわ!ボケ!)」

と怒り混じりの注意をできても…


どちらかが貴族だったり、貴族同士の喧嘩だったりする場合、関わるとろくな事にならないのだから、ジェラルディーナも

(気持ちは分かる)

と多少共感はする。


だがダレッシオの地下においても言える事だが

(世の大人は色々間違っている…)

とも思う。


「対人トラブルに仲裁に入り、公平な判定で懲罰をくだす」

という大人の介入がある事で、子供は

「対人関係における妥協点の模索」

を行うようになれるのだし…

それこそが社会適応のための躾だ。


座学の学習以上に

実技の学習以上に

本当に必要な学びだ。

なのにそうした躾が行われない事がままある。



ロベルトも呆れたらしく

ハァァーッ

と溜息を吐いてジェラルディーナの耳元で囁く。


「ここの教員は貴族と平民が揉めたら『全部平民が悪い』って事にする人達だから、平民は貴族に目をつけられた時点で詰むんだ」


そう言われて

(さもありなん)

とジェラルディーナは頷いた。


「上下関係が分かりやすい分、差別も分かりやすくて良いね」

ジェラルディーナがそう言うと


「そうかもね」

とロベルトも納得した。


一般人は理解できない事柄だが

「アングラ社会では差別が起こる上下関係基準が外部に見えない」

ような事も起こる。


貧民街では普通に貴族が殺される。


異邦人や帰化人に乗っ取られた区画では

「異邦人が一番偉い」

という事になっていて

「帰化人はそれに次ぐ」

ポジション。


そして

「自分の国で暮らしてるだけの在住国民は、異邦人達の独自の序列の中では最下位に置かれていて、憎悪犯罪ヘイトクライムの標的にされている」

という一方的な上下関係が勝手に実行されているのだが…


その事実を民間人が大っぴらに喧伝して

移民・帰化人を抑制・牽制する事はできない。


「単に事実を指摘する」

だけで移民らは

「移民への差別扇動だ!差別者を許すな!」

と激昂して、憎悪犯罪を拡大させる大義名分へとこじつけるからだ。


だからこそ異端審問庁が移民・帰化人に対して

「異端だ」

と言い掛かりをつけて殺していく。


寄生侵略を

植民地工作を

牽制するための必要悪…。


学生達は、その点とても気楽だ。

「どんな主張をしても殺される事態に繋がる事は滅多にない」

のだから。


図書室内で口論をしている2人は

1人は貴族、1人は平民らしかった。


「どうして差別するんだ!平民だからとバカにするな!」

と平民らしき学生が声を上げると…

傍観者達は皆一斉にその学生を軽蔑したような目で見遣った。


「貴族と平民とでは待遇が違う」

という当たり前の事にいちいち目くじらを立てていては

次々トラブルを自分の身に招き生きていけなくなる世の中だ。


ジェラルディーナでさえも

(あの平民、バカなのかな)

と思った。


(まぁ、私も平民だけどさ)


ジェラルディーナにとって

「身分制度をなくしても貧富の差はなくならない」

という人間社会の真理は分かりきっている。


寧ろ

「格差のあるまま上面で身分制度をなくすと、既得権益層・富裕層からノブレスオブリージュだけが消えて、権力は秘密結社によって維持される陰湿で無責任なものとなる」

のだから…


大衆が政治を把握するには

「身分制度があって搾取者・虐待者の姿がハッキリ見えていた方が紛らわしくない」

のだ。


アドリア大陸では身分制度を撤廃した国々が多数あったが…

そういった国々は

「身分制度が残る国々は不幸だ。身分制度を全ての国から撤廃させるべきだ」

という狂った情熱に取り憑かれていた。


(…「盲目的に格差を憎む心理」というのは、「何事にも限度があり、有益さを引き出す有効値がある」という事実を勘定に入れない人達の発想なんだよね…)

と、ジェラルディーナはしみじみ思う。


陰湿な差別

陰湿な格差

単純な人達はそれらを認識すらできない。


「異邦人が在住国民のフリをして在住国の金を啜る」

「在住国から吸い上げた金を異邦人同士で回して、在住国民へは還元しない」


そういう事が繰り返されると

「異邦人は金持ちになる」

「在住国民は貧乏になる」

という現象が起こる。


アドリア大陸ではそんな倒錯が蔓延り過ぎていた。

それこそ物の道理さえ歪めるほどに。


(「身分制度をなくしても貧富の差はなくならないし、差別もなくならない」という事実は歴史で習うだろうに…)


王立学院生は次世代を担う人材作りの場だ。

平民で王立学院生の者達は入学試験の結果に一切手心を加えてもらえないのだから成績優秀者である筈なのだが…


(この学院の教育課程が人材育成に役立ってない、のか?)

と思わざるを得ないのだった…。



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