秘密主義
「…思うんだけど。もしも私が貴族だったとして、自分が優秀で、自分に自信があるなら、平民が何かコソコソ自分に関して噂してたとしてもいちいち気にしないと思う。
さっきの人とかも結局は『平民が何かコソコソ噂しているのを見逃すと、そのうち決起されて地位も財産も命も奪われる』みたいな下剋上要素に対する過剰牽制で行動してるように見える」
「まぁ、本当に『隙あらば貴族から全て奪ってやる』みたいな下剋上を目論む平民も居るから過剰牽制も仕方ないんじゃない?」
「でも下剋上叛逆者って『支援者がいてこそ事を成せる』訳だよね。
異端審問官はそういった下剋上叛逆者を支援する支援者が異邦人や異邦ルーツの権力者だった場合に『異端だ』と言い掛かりをつけて殺すお仕事な訳だし、寧ろ既存権力に対しては保護してやってる立場なのに…。
異端審問官側の視点で見ると、貴族って異端審問官に対して随分と恩知らずだなぁって感じるよ」
「…そうかも知れないけど、僕はまだ異端審問官じゃないし」
「でもフラテッロ子爵家の縁者として学院に通ってるフラテッロ姓の人間だし、異端審問庁に仕える一族だってバレバレの筈だよ。
その割りにさっきの眼鏡先輩もこっちをナメてるというか…『異端審問庁による治安維持への貢献』に対して、感謝の念とかが全く感じられなかった」
「…それは多分、世間様が異端審問庁をナメてるからなんじゃないのかな?
異端審問官や処刑実行者の刑吏に対して世間様は、『コワイ』とか言いながらも嫌悪感を普通に剥き出しにして差別するでしょう?
本当に怖いなら、口先で『コワイ』と言いながら嫌悪感を剥き出しにして差別なんてできないよ。
世間様は実は全然怖がってないし、寧ろ刑吏を皆で差別して泣き寝入りさせる事で自分達が偉くなったような錯覚をしたがる感じだよ」
「ナメられてると、感謝される代わりに嗜虐心を向けられるって事だね?」
「多分。それで世間様は、異端審問庁自体が異端審問官一個人の感情に左右される訳ではない事を知ってる。
だから『末端の職員へ悪感情を向けても何も報復されない筈』という判断に頼って、ネチネチ嫌悪感を表明して嫌がらせしてくる。
貴族には平民同様に『異端審問庁が社会秩序の維持に貢献している』という現実の成り立ち自体を理解できてない人もいる。
一方で理解できてる人もいるけど、やっぱり世間様が垂れ流す風評に意識が引っ張られる部分もあるだろうし、異端審問庁関係者に対して尊重しようなんて思わないんだと思うよ」
「…風評被害って風評を信じる人達によって大きくなるものなんだと思う。
風評被害者を貶める人達は、自分が風評被害を受けた場合に、濡れ衣を根拠に差別されても文句を言う資格はないよね?」
「…そこはダブルスタンダードだよ。『風評被害者を皆で踏み付けにする』ガス抜きは庶民のストレス発散に必要で社会的に容認されるべきだけど、あくまでも標的にされるのが自分じゃない場合に限る、という考え方。
厄介なのは貴族も平民も貧民も皆が皆、そういうダブルスタンダードで生きてるって事だろうね」
ロベルトにそう言われてジェラルディーナは
(そう言えば「ババ抜き」は「厄をなすりつけ合う」遊びだよね…)
と思った。
人生には落とし穴がある。
「厄をなすりつけ合う遊び」
に参加した覚えなどないのに
一方的に参加してる位置付けにされて
一方的に厄をなすりつけられ
そのまま厄を固定される。
そんな落とし穴がある。
(…思えば前世の人生って、悪行もしてないのに、まるで呪われてたみたいに不運と悪意に囲い込まれてたよな…)
無自覚なまま【強欲】の加護持ちから徳力を搾取され続けていたからなのかも知れない。
ジェラルディーナは
(前世の人生は落とし穴に落ちた人生だった…)
と、しみじみ思ったのだった…。
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「それはそうと、あとの2人は眼鏡とかしてないんだよね?」
「うん。してないねぇ…」
「でもさ。もしかして『思わずジロジロ見てしまう』ような要素があれば、案外言い訳はできるんじゃない?」
「そうだねぇ。皆が羨む物を身に付けてたりとか、本人が素晴らしい美形だったりするならジロジロ見ても不自然ではないよね。
それか、本を読んでたりとか、何かに集中してくれてるとジロジロ見ても気付かずにいてくれるかも」
「読書に熱中するようなタイプの人間なの?」
「1人は確実に違う。もう1人は読書はするだろうけど図書室で本を読んでる所とかは見かけない人だね。
図書室の本を読むと司書に持ち出し履歴を把握されるだろ?
そういう部分、お金持ちの皆様は『自分の興味の矛先を他人に知られると、どんな風にその情報が利用されるか分からない』って警戒心を持つんだ。
ゆえにお金持ちの皆様は『使用人に本を買いに行かせて自室で読む』というスタイルをとる。
勿論、使用人には『個人情報の保護』を徹底させる。今時は貴族家の使用人は仕える主人の情報を少しでも漏らすと罪に問われる時代なんだよ」
「怖い世の中だ」
「守秘義務は異端審問官にもあるでしょうに」
「異端審問庁で知る情報は『本当に秘密にすべき必要のある情報』が多いから、罰則規定がなくても普通に皆沈黙を守るんじゃない?」
「…説得力があるな。だけどお姉ちゃんに言わせると貴族は『秘密にすべき必要のない情報』を秘密扱いしてるって事なんだね」
「アイツらは多分『自分という人間性の底の浅さが周知されると自分という人間性に相応しい待遇に落とされる可能性がある』という不安を抱えてるんだよ。
地位に相応しい有能さと人徳を備えた貴族なんて見た事がないし、何でもかんでも秘密ぶれば人間性の浅さを誤魔化せると思ってそうな所が更に気持ち悪いしムカつく」
「…フラテッロ子爵に不満があるのは知ってるけど、言い過ぎじゃ…」
「え?違うよ?アンジェロ様については言及すると酷い目に遭うから何も言わないよ。私が言ってるのは、とある他の貴族の方だよ?」
この世で最も嫌いな男の顔を
(フェッリエーリ伯爵の顔を)
連想してジェラルディーナの表情が歪む。
「なら良いけど」
(良いのか…)
「ともかく、読書姿を他人に見られないように自室で読書するような貴族様を観察するのは難しいって事は分かった」
「唯一可能性があるのは『あまりにも格好良いのでついつい見詰めてしまいました』という苦しい理屈で言い逃れする事?くらいかな?」
「それって相手がある程度以上見た目が整ってないと言い訳として苦しいと思うんだけど…」
「人の趣味嗜好はそれぞれだよ。因みにお姉ちゃんはどういうタイプの男子を格好良いと思う訳?」
「さぁ?私は見た目とかは気にしないかな。やっぱり自分に対してちゃんと対等に接してくれて、自分に味方してくれる人に好意を持つし、『格好良い』と思うのは、先に好意を持つ土壌があって、更に助けられたりした時とかに生まれる感情なんじゃないかな?」
「そう言えばアンジェロ様に助けてもらったんでしょ?アンジェロ様美男だし、『格好良い』とか思った?」
「アンタは、あの人が私を対等に扱ってくれてるとか思ってる訳?…虫でも見るような目で見られてるよ?
『プチッと潰されないだけマシか…』とか日々諦めながら接してたのに…。
そういう対人関係で、一体どうやって好意を持てと?私をマゾか何かと勘違いしてない?」
「…ちょっとした、冗談。…『面食いじゃない』とか言いながら実は面食いな人って、多いじゃない?だからそういうパターンなのかな、と」
「…『この人と結婚したら子供が可哀想』と思うくらいに遺伝子的に残念な人は流石に対象外になるけど、余程不細工じゃない限り、顔の美醜は問題にならない。
大事なのは常識が通じて、自分のことを尊重してくれるかどうかだと思うよ」
(寧ろ妙に美しかったり醜かったりする人達は人間性がオカシイんで、平凡な容姿の人の方が絶対良いと思うんだ…。さっきの眼鏡容疑者みたいなパッとしないタイプの)
そう内心で呟くジェラルディーナ自身は
ロベルトと共に美しい容姿なのが皮肉だ…。
「まぁ、お姉ちゃんが『格好良い』と感じる人物像は何となく分かったけど…。演技はできるんだよね?
『うわっ!こいつキモイ!』とか内心で嫌悪感を催していても『格好良いから、ついつい見入ってしまったんです』って言い張れるくらいには」
「短時間なら大丈夫。時間が長時間になると表情筋が痙攣し出す」
「なら、文句言われたら、その言い訳でいこう」
「了解」
「けど、容疑者2人とも夕方まで公共スペースには来ないから、それまでは自由に過ごそうか」
ロベルトの調べでは、残り2人の容疑者は、1人は休日は外で遊び歩くタイプで既に出掛けている。
もう1人は用事があれば出掛けるし、用事が無ければ部屋から一歩も出ないタイプ。今日は夕食時までおそらく出て来ないだろうとの事。
寮では休日も平日も昼食は出ず、夕食のみ提供される。
夕食時に翌朝の朝食用パンも配られるので、ほぼ全員が食堂に立ち寄る。
「学院は休みの日も一部解錠されてて出入り自由になってる。図書室や部活の部室や音楽室・運動場・体育館は開いてるんで、ちょっと部室に寄ってから図書室へ行こう」
「ボブは何の部活に入ってるの?」
「調理部」
「料理に興味があったの?」
「料理に、というより食事による健康維持に興味があったんで、食材の組み合わせを研究中?みたいな感じ」
「へぇ〜」
ロベルトの学院生活が充実したものらしいので、ジェラルディーナは少しホッコリした気分になって微笑んだ…。




