【鬼子】
ジェラルディーナ的にーー
「【強欲】の加護が有る『転生者』は人間的にかなり鬼畜だ」
と思うので密かに【鬼子】と呼ぶ事にした。
そして
「加護無し『転生者』はまるで奴隷だ」
と思うので、これまた密かに【奴隷魂】と勝手に名付けた。
アンジェロ達の前ではそうした呼び名は使わず
あくまでも自分の中だけの呼び方だが…
自分なりによく表現できてる呼び名だと思った。
ジェラルディーナ自身を含む【奴隷魂】の『転生者』は
「肉体に纏わりついている瘴気の種類が圧倒的多数の人達とは違う」
という特徴がある他に
「左肩の辺りに水溜りのようなイメージが浮かんでいる」
のに気付いた。
それに関しては、これまで貧民街に出入りして気付いた事もある。
「自分の利益のために他人を利用しようとして他人と積極的に関わろうとする」
ような利己的タイプの人間は
「右肩の辺りに仮面のようなイメージが浮かんでいる」
事が多くて
逆に
「他人を利用しようとはしない」
ような誠実タイプの人間は
「左肩の辺りに水溜りのようなイメージが浮かんでいる」
事が多かった。
(「アンジェロ子爵が実は誠実タイプだ」というのが腑に落ちない気もするけど…「身内の前では本性を隠さない」という点では、やっぱり愚直というか誠実なのか?)
と少し考え込んだ。
ともかく
「【鬼子】は瘴気の種類が普通とは違う『転生者』であると共に、右肩の辺りに仮面のようなイメージが浮かんでいる筈だ」
という確信が不思議とあった。
瘴気を認識する感性は
「雰囲気の読み取り」
によって起こるので
「数秒かかる」
という難点がある。
貧民街では仮面を付けてフードを被っているので目元を見られる事はない。
ジッと見ているかどうかなど全く悟られずにジッと対象を見つめて識別する。
尤も、仮面を付けてフードを被っていて、いつも2人以上で貧民街へ侵入してくる異端審問官など、何処を見てるかにお構いなく
「ただ其処に居るだけで不気味」
だと思う。
身分の高い御令息・御令嬢に貧民街の貧民達と同じような対応はできない。
御令嬢方に関してなら鏡硝子越しに覗き放題だったので
関係ない人達の事も監察も自由にできたのだが…
その結果、面白い事が分かった。
貧民達の場合は利己的タイプの右肩辺りに浮かぶ仮面のイメージは
「真っ白か、真っ黒」
だったのに…
富裕層の利己的タイプの右肩辺りに浮かぶ仮面のイメージは
「白と黒両方が使われた色合い」
だった。
「白地に黒い紋様が入墨のように入っている」
もしくは
「黒地に白い紋様が入れ墨のように入っている」
という感じで
紋様が一人一人違うものの
波型や渦巻きが入り乱れている。
「何故だろう?」
と考えてみて
「情緒性の在り方と関連しているのかも知れない」
と思った。
ジェラルディーナは自分の直感を大事にする方なので…
(とりあえず今はそういう解釈で良いだろう)
と思う事にした。
(『転生者』ではない人達の間にも【鬼子】と【奴隷魂】のような関係性がありそうだ…)
貴族で利己的な人達や、貧民で利己的な犯罪者達は【鬼子】に似た人達。
ただ纏う瘴気の種類が平凡という違いはある。
瘴気の種類のせいで『転生者』達ほど大きな影響力は持てない。
なので
(貴族で利己的な人達や、貧民で利己的な犯罪者達は【半鬼子】とでも呼んで良さそうだな)
と思った。
そうなると
(【半鬼子】に食い物にされてる人達は【半奴隷】か)
とも思った。
そうやってジェラルディーナがツラツラと考え込んでいると
「来たよ!眼鏡容疑者!」
とロベルトがジェラルディーナの耳元で囁いた。
「三年生だから、制服のラインの色が臙脂色なんだ。ホラ、あそこの三年生。見える?」
直ぐに分かったので、ジッと見詰めて識別する。
「…あの人じゃないね」
と、容疑から外れた事実を告げる。
元々歳が一学年上で容疑は薄かった。
しかしジェラルディーナは
(…やっぱり居るもんなんだね。「瘴気の影響を受けない人間」って。貧民以外にも…)
と、新発見をして少し興奮した。
これまでも「瘴気の影響を受けない人間」には接して来ている。
拷問係の異端審問官は皆そうだ。
基本的に書記は尋問係と行動を共にするので
拷問係の異端審問官と一対一で対面した事はない。
拷問の様子も、それこそ鏡硝子越しに覗き見る事が多い。
拷問を受ける容疑者側は激しい負の念を撒き散らす。
なので拷問が進んで容疑者の心が充分に壊れて
「報復など考えられない」
状況になってからでないと適性者以外はじかに拷問には立ち会えない。
鏡硝子越しの観察で記録を取る事になる。
「瘴気の影響を受けない人間以外が拷問を行うと呪われる」
という異端審問庁における通説は異端審問官にとって真実なのである。
「他人を傷付けても呪いを受け付けない」
ような人間は殺人に関して圧倒的なアドバンテージを持っている。
(…貧民から拷問係を探すのは「貧しい暮らしから救い上げる」という恩を売る事で「虐待・虐殺の対象を制御する」ためなんだろうな…)
と、不意に気が付いた。
(この眼鏡君はアドリア大陸の瘴気も纏ってないから『転生者』では無いんだろうけど、「殺人に関して圧倒的なアドバンテージを持っている」という点では要注意人物だよな…)
と思う。
(貴族に限らず、実は色んな階級にこういった「殺人に関して圧倒的なアドバンテージを持っている」人達が紛れ込んでるんだろうなって思うと、やっぱり世の中ってコワイ所だ…)
(…確か「人間の肉体を乗り換えながら延々生き続ける妖術師」なんかも、瘴気の影響を受けない人種だったっけ…)
少しブルッと震えが走った。
ジェラルディーナからの視線を感じてか、件の眼鏡容疑者がこちらに気付いて近寄ってきた。
雰囲気の中に血や肉のイメージが無いので
(この人は殺人狂ではない)
と判った。
「さっきからこちらを気にしてたみたいだが何か用か?」
と眼鏡容疑者が至極尤もな質問をしてきたので
ロベルトが
「あの、ウチの従僕が『眼鏡が珍しい』と言うものですから、実際に眼鏡をかけている方が丁度お見えになったので、ついつい眼鏡の構造について話をしてました」
と無難な返事をした。
眼鏡容疑者は
「なるほど。街中でも時折見知らぬ人達から視線を感じる事があるが、その人達の多くは眼鏡が珍しかったんだな?」
と納得してくれた。
「高価なものですから。庶民からすれば、そういう道具が存在する事は知っていても、購入が難しいのです。
なので眼鏡を掛けている人がいたら、ついつい見入ってしまうのでしょうね」
「そうか。…だが、身分が下の者が上の者をジロジロ見るのは『叛意あり』と見做される元凶にもなる。今後は気をつけるように」
「ご指摘ありがとうございます。仰せの通り気をつけたいと思います」
ロベルトが謙って頭を下げると、それで満足したらしく立ち去ってくれた。
だが
「平民に(歳下に)数秒ジロジロ見られた」
というだけで、貴族という生き物は相手に不信感を抱く事が明らかになった…。
「なんで貴族ってジロジロ見られただけでいちいち文句を言うんだろ?」
ジェラルディーナが素朴な疑問を呈すると
ロベルトは
「貴族側の心理なんて分からないよ。ただ貴族はちょっとした事をいちいち気にして平民に対してダメ出しし続ける生き物だって事はお姉ちゃんもちゃんと理解しておいた方が良い」
と答えてくれた…。




