「無事で良かった」
金が支払われてすぐに
「お前達が帰るのは荷物の状態確認が済んでからだ」
という声があがった。
アンジェロ・フラテッロ子爵の声だ。
音が小さ過ぎてジェラルディーナには聞こえなかったが、商隊主がチッと舌打ちした。
樽の蓋からは釘が外され、樽の中の塩が掻き分けられたのが音で分かった。
「ジェラルド!いるのか?!」
とアンジェロが声をかけたが…
残念ながらアンジェロが開けたのはベッティーナが入ってる方の樽だった。
ベッティーナは塩の中から顔を出して、呆然とした…。
アンジェロの容姿が名前通り天使のように美しかったからだ。
一方そのアンジェロはと言うとーー
樽の中にいたのが部下ではなく
見も知らぬ赤の他人だったので
途端に目が座り
「…貴様ら…。此処が何処なのか分かっていないようだな…。異端審問庁本部で堂々と詐欺を働くとは、余程生きたまま腑を抜かれたいらしいな…」
と静かにブチ切れた。
「いや!そっちの樽じゃない!ジェリーが入ってるのはこっち!」
「そうそう!間違い!」
「はぁ?」
アンジェロがダニエーレと商隊主を睨んで
汚物でも扱うように
「んじゃあ、コレはなんなんだ?」
とベッティーナを指差した。
「…ジェリーの友達?」
「勝手について来てるんです。知りませんよ?」
「ほぉ?なら、コレは当然受取拒否だ。お前らで責任をもって持ち帰れ」
「「「えぇぇぇぇぇ〜!!!」」」
ダニエーレと商隊主だけでなくベッティーナも一緒に不満の声を上げた。
「…当たり前だろう?まさか押し売りみたいな真似をしようと思ったのか?ナメられたものだな…」
「ほうはほうは(そうだそうだ)!ほっへはえへ(持って帰れ)!」
と樽の中でジェラルディーナが喚いたが
意味が通じたのはダニエーレだけだった…。
「…何を言ってるか意味が分からんが、声だけは確かにジェラルドだな…」
アンジェロは急いでジェラルディーナの入った樽を開けた。
「全く!なんで余計な荷物まで押し付けて、それで通用するなんて勘違いできるんだろうね!ビックリだよ!この人達!」
と樽から出たジェラルディーナが開口一番キレてダニエーレと商隊主を罵ったのは言うまでもない…。
「まぁまぁ。商隊主は上手くリベラトーレ人に化けてるが所詮はルドワイヤン人だろ?
よっぽど世間知らずって事なんじゃないか?」
アンジェロはジェラルディーナを宥めると
商隊主の方へ向き直り
「お前がどの程度、お前の陣営内で『大事な駒だ』と認められていて、国際社会の真実を教えてもらってるのかは知らんが…
各国の異端審問庁が『異端者』認定して拷問の上、虐殺処分してる対象は実の所『他国の特殊工作兵』の容疑者なんだよ。
つまりは外国人は在住国民っぽく上手に擬態していればしている程、情状酌量の余地なく『異端者』扱いされる危険が付き纏う事になるし、その分、常に身辺をクリーンに保つ必要がある訳だ。
なのに、堂々とこうやって押し売り詐欺を仕掛けてくるんだからな?ある意味バカ過ぎて驚いたぞ」
と言い放ち、皮肉気に唇の端を歪めた。
「…何故各国が外国人や帰化人の商人を積極的に『異端者』扱いするのか、知ってるか?『異端者』には拷問よりも前にもれなく『資産没収』という罰が降りかかるからな。
『そろそろ大口の収入が欲しくなってきた』と思えば、幾らでも金を持った外国人をカモにできる訳さ。
『本当に他国の兵隊なら該当国から報復がある』『実はただの民間人なら組織的報復がない』という違いが後日発生するが、お前らはどっちなんだろうな?」
アンジェロが言葉を継いで優しそうに微笑むと
「ふざけるな!五体満足で荷物を運んだんだ!充分だろ!」
と商隊主が怒鳴った。
ダニエーレの方は
「言っとくが、俺はちゃんとリベラトーレ人だぞ?というかガスパリーニ士爵家の者だ。庶子なんで騎士団入りは諦めたんだがな」
と自分の身元を自分で明かした。
その方が安全だとの判断だろう。
アンジェロが執事兼秘書のルーベン・フラテッロに目配せすると、ルーベンが隣室へ消えて、すぐにファイルを持って現れた。
「ガスパリーニ士爵家の庶子は3人。1人は夭折している女児。1人は分家に嫁入りしている女子。もう1人はガスパリーニ士爵家傘下の傭兵団入りした男子。ダニエーレという名前ですね」
「成りすますために事情をあらかじめ探っていたなら、庶子の存在も名前も知っていて当たり前だ」
「ですね。ガスパリーニ士爵家の者が何故ルドワイヤン人らと連んでるのか、その辺を説明できないのなら、お前はダニエーレ・ガスパリーニではない」
「そんな無茶苦茶な!」
ダニエーレも商隊主も拘束される事になり、先程支払われた金も当然没収となった。
「フォルミッリ家を敵に回す事になるぞ!」
と商隊主が最後っ屁のように恫喝したが
「そうか、それなら賭けをしよう。異端審問庁本部相手に押し売り詐欺を仕掛けたバカをフォルミッリ家が助けるために動くか、或いはお前を見捨てて、お前の商会から没収する資産をバックするよう交渉してくるか、俺は後者に賭ける。
お前は前者に賭けるんだろ?お前の命を賭けてな?」
とアンジェロは鼻で笑った。
「クソが!フォルミレオンの絆をナメんな!!!」
商隊主は自分が切り捨てられる可能性を考えたくもないらしく、動揺を激昂で隠そうとしているが
「…情報は力だ。フォルミッリ派は(フォルミレオンは)今、金に困ってる。
お前の商会が進んで資産を寄進してれば、お前がここで見捨てられる事はあり得ないんだろうが…お前の商会はフォルミッリ家の後ろ盾で商売しておきながら見返りの上納金が随分と少ない。
売り上げも資産も少なく申告して上納金をケチってる事が外部までバレバレなんだ。
だがフォルミッリ家としても派閥内の裏切り者を粛正するのは良し悪しだ。
何せ『その手があったか、バレないようにやれば私腹を肥やせるぞ』と、他の者達まで悪知恵がつく可能性があるからな。
それと中抜き長者を残虐に粛正して反面教師にしようとしても、自分自身に甘い連中なら『仲間だった奴に対して、たかが金の事であそこまでするのか』と反感を持ちがちだ。
フォルミッリ家からするなら『粗相をやらかす跳ねっ返りを外部組織へ生贄に差し出して、バックマージンを交渉する』手口で金を工面できるなら、その方が圧倒的に都合が良いんだよ。
…たったこのくらいの事情も読みきれずに、まんまとフォルミッリ家の思惑通りに公的機関相手に粗相をやらかしやがって、お前の頭はどうなってんだ?
飾りか?中身は空っぽなのか?」
とアンジェロが現状説明をすると
「そんな筈ねぇ!」
と言い張る声から勢いが消えていた。
「とにかくウチの部下が無事で良かった。確かに荷物を五体満足で届けた分だけは評価してやる。
だがおかしな気を起こさずにいれば、お前も無事で済んだのに、ナメた真似しやがったんだ。その分はキッチリ落とし前をつけてもらうから覚悟しな」
アンジェロがそう言って顎で出口を示すと、商隊主とダニエーレを拘束した秘書達は部屋のすぐ側で待機していた拷問係達に二人を引き渡した…。
ジェラルディーナは改めて
(ホント、異端審問庁って怖い場所だよ…)
と思った。
味方ながら…。