表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/120

私兵?

挿絵(By みてみん)


「じきに首都に着くぞ。また検問があるから樽に戻っててくれ」

ダニエーレにそう言われて、ベッティーナとジェラルディーナは塩漬け肉の樽へ潜る事にした。


(ちゃんと目的地に着くまで不安だな…)

と思う。


地下「調合室」で作った毒や痺れ薬は、盗賊対策の罠のために使い切ってしまった。

下着に縫い付けていた金貨と引き換えにダニエーレから買い取った短剣だけが唯一の武器という現状。


(商隊の人達やダニエーレを信頼できるのなら、こんなに不安にはならないんだろうに…)

自分でも疑い深い性格だと思う。


だがダニエーレが疑わしい人間だと感じるのは仕方のない事だ。


異端審問庁の長官はガストルディ侯爵ヴィルジリオ・ガストルディ。

分家のガストルディ伯爵家

寄子のガスパリーニ伯爵家

ガストーニ子爵家

ガスパリーニ男爵家

ガスパリーニ士爵家

ガストーニ士爵家や

老舗商家のガスコ家からなる派閥の頂点にいる人物。


その異端審問庁長官並びに幹部らは

古い刑吏一族とは違い

異端審問庁においては新参者。


ダニエーレ・ガスパリーニは

ガスパリーニ伯爵家か

ガスパリーニ士爵家と

縁のある家の者なのだろう。


騎士にならずに傭兵として身を立てている点で

「本家の人間では無さそうだ」

と思うのだが…


分家の一つでしかなくとも、何処で本家が接触してきて

「暗躍のための情報をダニエーレから抜こうとする」

のか分かったものではない。


(腹芸のできそうな人じゃないのは分かるし、当人は良い人のようだけど…。その一族がどんな人間性でこちらに何を仕掛けてくるか分からない以上、信用できないよね…)


ジェラルディーナはハァァーッと溜息を漏らしながら

(無事に異端審問庁本部のアンジェロ・フラテッロ子爵の元まで辿り着けますように)

と祈った…。


ーーが、やはりというか…


ジェラルディーナが樽に潜ると

「今だ!」

と声がした。

蓋が釘で固定されてしまった…。


検問を過ぎても樽から出られない状態にされたのだ。


辛うじて声が聞こえる。

「これで面倒事を一つ封じられた」

だのと小声で呟いているダニエーレの声が聞こえた。


(こちとら聴覚強化訓練はちゃんと受けてるんだ。異端審問官ナメんなよ!)

とムカつきながら聞き耳を立てていると…


「いやぁ〜。やっとベッタのおもりから解放されるぜ」

「お疲れ様でした」

だのと言っている。


どうやらジェラルディーナと一緒にベッティーナの入った樽も封じたままフラテッロ子爵へ押し付けるつもりでいるらしい。


「………」

(ダニエーレのクソッタレ!ベッタはアンタについて行きたがってるのに!なんでコッチに押し付けるの!そもそも樽の蓋に釘を打つなんて酷い!)

とジェラルディーナは怒り心頭だ。


勿論、ダニエーレが憂慮していたようにジェラルディーナは樽から出ていたらまんまとベッティーナをなすりつけられるようなヘマはしなかっただろうが…。


(やり口が汚い…。やっぱりダニエーレはガストルディ侯爵派の私兵なんだ…)

と疑いが濃厚になった。


長官のガストルディ侯爵は異端審問とは畑違いの貴族であり

異端審問庁での采配は全くの素人のそれ。


そもそもガストルディ侯爵派が異端審問庁を仕切るようになったのは20年ほど前から。


異端審問庁は元々複数の刑吏一族によって実権を握られた閉鎖的な司法権力だった。

そこに無理矢理ガストルディ侯爵派が入り込み、瞬く間に頂点の座に就いた。


ジェラルディーナの情報が教皇派へ売られて

ジェラルディーナが攫われたのには

ガストルディ侯爵派が、つまり長官が関わっている可能性もある。


元々異端審問庁は

フラティーニ侯爵派

ベルナルディ伯爵派

カルダーラ伯爵派

フェッリエーリ伯爵派

の四派閥で構成されていた。


ガストルディ侯爵派が異端審問庁に入り込んで頂点を取るまでに、四派閥内では不審死や行方不明が多発したものだった…。


「不審死や行方不明が何者の仕業か明らか」

なのに


誰もが口をつぐんで長官一派の悪口を言わないのは…

「背後に占星庁が控えている」

と思っているから。


逆らう者はいない。


逆らう気概を持っていた者達は既に亡くなっていて

残っている者達は既に去勢済み。


未だガストルディ侯爵派が旧権力の四派閥を警戒して

フラティーニ侯爵派に喧嘩を売っていると考えるのは

現実味が薄いと思うのだが…


頭のオカシイ人間が権力の頂点に就くと

「落ち度のない相手を徹底的に潰して根絶やしにしてやろう」

という不毛な国内人材潰しが普通に多発する。


そしてそんな悲劇も

「全く可能性が無い」

という事もない。


占星庁はリベラトーレ公国においては

「神子のための機関」

であり国内最大の権力。


元々異端審問庁は占星庁の影響下にあったが

ガストルディ侯爵派が旧権力の四派閥を潰して刷新した事で…

異端審問庁は占星庁の隷属組織にまで位置付けが落ちてしまった。


立法機関が司法機関を隷属化するなど、国としてどうなのかという問題があるのだが…

占星庁の上層は今や、そういった一般的常識すら理解できない状態にあるのかも知れないのだった…。



ジェラルディーナが樽の中で思考に耽っていると

「やっと着いたな」

と声がした。


空気を取り込むための筒を口に咥えたままなので

声を出してもちゃんとした言葉にはならないが…


ジェラルディーナはダニエーレに対して

「おろえへろひょ(覚えてろよ)!」

と怒鳴ってみた。


意味は通じたようで

「悪いな、ジェリー。俺は物覚えが悪いんで、お前の事も、お前に押し付けられてたお荷物の事も、ここを離れて10分も経てば忘れてる自信があるんだ」

と言ってダニエーレがカラカラと笑った。


次いで商隊主が樽の中のジェラルディーナに聞かせるように

「荷物が『野葡萄亭』で提示された分量の倍だったんで、本当は運搬料も2倍回収させて頂きたい所ですが、流石に異端審問庁に喧嘩を売る気はないので、お客様が提示された料金100万ディアムのみを頂く事に致します」

と皮肉気に告げた。


「はーひふははるひ(サービスが悪い)!へひひほひょうふうふる(値引きを要求する)!」

とジェラルディーナが言うと


「え?何言ってんの?」

と商隊主が素の声を出して樽を蹴った。


「…俺達が怖いのは異端審問庁という集団の力で、お前の親兄弟の力だ。お前自身なんて怖くないんだよ。小娘が。樽の中でイキがってんじゃねぇぞ。バァ〜カ!」

と吐き捨てるように商隊主が言ったのは、思わず漏れた本音だろう…。


「…コネを振りかざす生意気なガキなんて、本当に嫌な生き物だよ。俺はお前みたいな小娘が一番嫌いなんだ。ただの庶民だったら奴隷商に直行して売り払ってやったのに、マジで残念だぜ。クソが」


「………」

露骨な悪意を向けられてジェラルディーナは思わず言葉を失う。


「おい、流石にそれは酷い言い草じゃないか?…金は頂くんだし、ヴェルゴーニャもこの子を気に入ってる様子だった」

とダニエーレの方が心配そうに商隊主に抗議した。


「だが告げ口しようにも、異端審問官なんて二度とヴェルゴーニャに会う事もないさ。クソガキに気を使う必要はない」


「…異端審問庁に喧嘩を売る気はないんじゃなかったか?」


「五体満足で届けるんだ。多少、気を使うのを忘れて本音でクソガキをクソガキと言った所で組織ぐるみで報復してくる筈がないだろう?コイツが一族のお姫様とかってんならまだしも」


「そりゃそうだが…」


「アンタは気にし過ぎなんだよ。権力には体面ってモノがあるから、末端とは言え仲間が殺されたりしたら報復せざるを得ないが、末端の仲間が暴言吐かれたくらいじゃ動かねぇよ」


「そうやってグレーゾーンすれすれの対応で他人を踏み付けにするのがアンタの商売人としての知恵なのか?」


「そうだ。行商人なんてナメられたらお終いだからな」


「…よく覚えておくよ」


「さっき、物覚えが悪いって自分で言ってなかったか?」


「自分に必要な情報と必要ない情報とでは記憶力の働きに差が出るのさ。別に不思議な事じゃないだろ?」


「ハッ!アンタの言う通りだな!」


その後しばらくしてからーー

樽が荷馬車から運び出されて

離れた場所で商隊主が金の支払いを受けるやり取りが微かに聞こえた…。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ