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終話


挿絵(By みてみん)


アドリア大陸時代の照明魔道具。

精緻な装飾紋様が施されたそれは一部の上流階級で流行した。


何も知らなければ、それはただ美しく便利な道具でしかない…。



********************



サルヴァトーレ・ガストルディは婚約者令嬢の有責で婚約破棄。

無事に慰謝料をせしめた。


その後、卒業と同時にガストルディ侯爵位を継承。

卒業後は寮を引き払い、新居へ荷を移した。


出戻りコブ付きの五つ歳上の再従姉妹を妻として入籍。

再従姉妹の子にガストルディ侯爵家の跡取り教育を施すよう手配。


自分は新居でジェラルディーナと暮らしながら異端審問庁へ入庁。

長官職を引き継ぐにしても、下っ端仕事からやっていくしかないのでしばらくは忙しい。


しかし有り難い事に、既にジェラルディーナを付け狙っていた者達に関しては順調に権力解体が進んだ。


レオパルディ公女が原因不明の病に倒れたのを皮切りに

伝統保持派の面々が事故や自殺などで勢力が削がれ

実質組織的機能が麻痺状態となったのだ。


ダレッシオの地下でジェラルディーナと同じグループだった子供達の親族には

「ドニゼッティ男爵の末路」

に関する情報が報された。


あと、8人の子供達の死の概要詳細も調べが済んでいて、それぞれ手を下した者達の情報が関係者へと共有されたので、まかり間違ってジェラルディーナに悪意が向く事はもうないだろうと皆判断している。


それでも万が一という可能性が考慮され、ジェラルディーナの護身用のナイフや下着の上に着込む薄手の防具には「エチセロ」により身体能力向上の付与が施された。



諸々の心配事が一先ずは片付いた形だ。

と言ってもサルヴァトーレとジェラルディーナは結婚できた訳ではない。

あくまでもジェラルディーナは内縁の妻。

書類上はリディオ・フラッテロがジェラルディーナの夫だ。


その後もフェッリエーリ伯爵から求婚の書状が届いた。

「当人が嫌がっている」

という返事でお断りしているので問題はないが苛つきはする。


一方、トリスターノ・ガストーニは新しい婚約者をあてがわれた。

王立学院女子寮で「被害者の会」なる集いが存在する事が明るみに出たことで、「婚約者のいる者達は恋愛感情それ自体を自戒・抑制すべきだ」という風潮が学院内で浸透しつつある環境。

しつこくジェラルディーナを懸想していたとしても、何の手出しもできない。


ルクレツィオ・フラティーニに至っては、ジェラルディーナの「生理的に受け付けない」発言を天井裏から聞いていた事もあり、ジェラルディーナの護衛についても、絶対にジェラルディーナの前に姿を現さなくなっていた。

無害なストーカーとして許容するくらいの度量はサルヴァトーレにもあるつもりだ。


サルヴァトーレこと「チプレッソ」に残った悩みは

「果たして、いつまでこの暮らしを続けられるのか?」

という事だけだ。


アルカンタルの予言者の予言可能期間が

「明日かも知れない」

「1週間後かも知れない」

と気を揉むのは何気にストレスだ。


そうした悩みは自然にジェラルディーナにも話すようになっていた。


ジェラルディーナに言わせると

「予言内容がアルカンタル占星庁にとって衝撃的で『何が何でも回避したい』という思いで過剰に予言者を護ろうとして情報を伏せているのなら、『誰が予言者なのか』などは一旦追求をやめて、ひたすら予言可能期間だけを知りたいという態度で交渉するのが得策だと思いますよ」

との事。


「そういうものだろうか」


「アルカンタル王国はそのうちメイトランド共和国と戦争になるかも知れません。もしもその戦いでアルカンタル王国が負けるとしたら…。

そんな未来が先行世界で起きていた場合、近隣国との関係性も不吉な未来を回避する流れでしか築こうとしないと思います。

つまり、この国で妖術師がやるべき事は『メイトランド人の排除』『メイトランドとアルカンタルとならアルカンタルを応援する』という姿勢を見せておく事かも知れません」


「アルカンタル側の欲しいものを汲んで、向こうが触れられたくない問題には触れないよう気を付けて交渉すれば良いという事か」


「西部ではアルカンタル人とメイトランド人の衝突が多かったんで、そう思うだけなんですが、当たらずとも遠からずなんじゃないかと思います」


「なるほど。ジェリーは嫌がるかもだけど、『スペクルム』にその点は相談してみよう。アイツは何のかんの言っても占星庁内推定序列万年一位の妖術師だからな。『ジェリーがそう言った』と言えば、俺の言葉でも多少は聞いてくれるだろう」


「…私に直接あの人と会えって言わない限りは大丈夫ですよ。生理的に嫌悪感を感じる相手でも会わないで済むなら存在自体は許容できますから」


サルヴァトーレはジェラルディーナが自分以外の男に興味を向けずにいてくれる事で安心してしまう。


時折、ダニエーレ・ガスパリーニが茶飲み友達感覚で寄って来る事でサルヴァトーレは気を揉むが、ジェラルディーナは

「あの人は、人が良過ぎて私達とは別人種だから一緒に生きるとかは絶対あり得ません」

と言って苦笑する。


サルヴァトーレが

「愛してる…」

と囁くと


ジェラルディーナは

「私も愛してる」

と返してくれる…。


恋人同士の優しい時間…。

それは着々と過ぎた…。



********************



25年経過してからも

(同じ階級だったら誰はばかる事なく入籍して堂々と夫婦になれたんだろうか?)

と時折考え込む事もあったが…


それでもそんな悩みを心底から忘れている時も多いくらい

二人の時間は楽しかった。


サルヴァトーレはジェラルディーナと内縁の家庭を築いて、これまでにない幸せな暮らしを送った。


成人した子供を自立させて

病で弱ったジェラルディーナを看取り

葬儀を終えた後ーー


サルヴァトーレはアドリア大陸の精霊伝説について調べ続けた…。


(あと3年で肉体乗り換えだ。今のうちに真実に辿り着いておきたい)

と思ったのだ。


そうして知った真実は

彼が内心で予想していた通りのものだった。


「ティリア」

という名前自体が

「精霊憑き」

を意味していたのだ。

アドリア大陸の妖術師達の間で伝えられていた伝承…。


「その名を付けて、その名を呼ぶ」

事自体が

「その名を付けられた者に皆の罪と業を背負わせる」

マジナイ行為だった、という事実。


(…不幸しかなかった前世を乗り越えて、再びこの世に現れてくれた君を、俺はちゃんと幸せにできたのかな?)

と虚空を見ながら問いかけると


「然り」

と言うかのように

カタンと部屋の片隅で小さな音が優しく鳴った。


ただ、恋に溺れて、愛に溺れて、自分が幸せになっただけで

彼女はそうでもなかったのかも知れないと少し不安があった。


彼女の一目惚れ

彼女の初恋を

実らせてやったほうが良かったんじゃないかと

そう後悔しそうになる事もあった。


それでも後悔よりも

「この先を」

望んでしまう。


「ジェリー。…いや、『ティリア』。また会おう。また出会おう。また次の人生で」


皆の罪と業をなすりつけられた分だけ

何度でも幸せになる権利を

彼女は持っている筈なのだから…。


また会える事を

何度でも会える事を

サルヴァトーレは疑わない。


妖術師のような業深い存在が人間社会で許容される理由が

「見つけるべき者を見つけて幸せにする事で世界を救う」

事なのだと、今では理解しているのだからーー





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