まさかの再会
ポンペオが引き受けてくれたのは
「不自然にならないように」
を重視した逃亡幇助。
丁度ダレッシオを発つ商隊があるとかで
その積荷の樽に紛れ込む事になった。
ジェリーは
「検問所に教皇派が紛れ込んでる筈」
と思っているので、それもちゃんとポンペオに伝えた。
ポンペオからは
「ああ、こっちは一応『逃し屋』が専門だからな。その辺は心配要らない」
と言ってもらえて少し安心。
「ただな、向こうさんも『検問所が逃し屋に掌握されている』のを了解してるだろうから、検問は突破できても、その後の襲撃でお前を引きずり出そうとしてくる可能性が高い。
丁度、顔見知りの傭兵が私用でダレッシオに来てるんで、そいつを護衛に付けてやる」
「『傭兵』ですか…」
(まさかね…)
「早速、連絡をつけたんだが…『生き別れの弟と再会した』とか言ってやがる。
そんでその弟ってのも非戦闘員だから、お前と同じく積荷扱いになる事になった。
良かったな。塩漬け肉と一緒に塩塗れになる仲間が同じ年頃のヤツで。
旅の道中の良い話し相手になるだろう」
「………」
善意でそう言ってくれているのは分かる。
何故だか、ポンペオはジェリーに好意をもってくれてる様子だ。
嫌がらせで気の合わない人間を一緒にしようという腹積りは皆無の筈。
だがジェリーの方ではヒシヒシと嫌な予感がしたのだった…。
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嫌な予感というものは当たるもので
護衛に雇われた傭兵と、その生き別れの弟とは…
地下水路で会った傭兵とベッタだった。
顔合わせの際ーー
当然、三人共、一斉に死んだ魚のような目になった…。
傭兵の男が流石は年の功という所か、一番先に気を取り直して
「…マジでバレたら命が無い条件が、ここで見事に揃っちまったなぁ〜…」
と言って苦笑した。
傭兵は単に鰐退治を依頼された通りに果たしただけだったのに…
表面的には
「神子候補者を二人連れ出した誘拐犯」
という事になってしまう。
教皇派にバレれば
「地の果てまで追いかけられて惨殺される」
と容易く予想がつく。
「…その節は、大変ご迷惑をお掛けしました」
とジェリーも殊勝に頭を下げた。
(バレなきゃ問題無いけど、バレたら一生身の危険に晒されるだろうなぁ…)
と気の毒になったのだ。
一方でベッタは相変わらずだ。
「アンタ、『二度と会わない』って啖呵切ってくれてたよね?」
とイヤミを言うことにも余念がない。
「…貴女は本当に相変わらずですね…」
ハァァーッとジェリーの口から溜息が漏れた。
「…そうやって溜息が出るようなヤツを俺一人に押し付けてお前は一人身軽に逃亡したんだって事、ちゃんと分かってくれてるのか?」
「大変申し訳なく思いますが…。私もなにぶん余裕が無い身でして、私の事を毛嫌いしてるお荷物をわざわざ背負う程に自虐的かつ自己犠牲的にはなれなかったんです」
「いや、気持ちは分かるが、こっちの身にもなって欲しかった。アレから結構大変だったんだぞ?」
「でしょうね」
傭兵とジェリーは揃ってベッタを見遣った。
状況を何も理解できていなさそうなベッタは不機嫌顔だ。
「なによ?髪を切られて、男の服を着せられて、その上、塩漬け肉の樽に潜って検問をやり過ごせって言われてヘラヘラ笑ってろっての?!」
「ヘラヘラ笑う必要はないけど…。私達はお世話になる身なんで、もうちょっと潜伏に協力してくださる大人に対してへりくだった態度をとってもバチは当たらないと思うんですよ」
「そうそう」
「馬鹿じゃないの?メイトランド共和国では王政を廃止して身分制度も撤廃されてるのよ。人間は皆平等であるべきなの。
今時、お金もらって仕事してるだけの人間にいちいち頭下げるほうがどうかしてるわ。
全く卑屈で卑しいったらありゃしない。自分で自分の価値を引き下げて一体何が楽しいの?」
そう宣うベッタは、どうやら情報の一面的な部分にだけしか意識が向かないオメデタイ脳の持ち主らしい。
身分制度撤廃社会となると
「ノブレスオブリージュ無き社会」
となる。
人々の団結は
「共通の敵を憎み攻撃する事で仲間意識を維持する」
性質を持つ。
特権階級の役目の一つとして
「共通の敵」
として認識されるヘイトの矛先を
「責任を持って異邦・異民族へと誘導する」
行為がある。
それが行われなくなると
「内輪揉めを避けた異物阻害誘導の舵取り」
がそれこそ盲目な愚民や敵の手に渡ってしまう。
ベッタが地下牢で同じグループの子達からイジメられていたのも…
「貴族出自の子達にノブレスオブリージュが無かった」
が故だ。
平等社会とは
「ヘイトコントロールを必要とする社会」
でありながら
「その必要性が忘れられがちな社会」
でもある。
ヘイトコントロールの舵取りが適切になされていないと…
それこそ内ゲバ、イジメ蔓延社会となってしまう。
普通の国では平等社会はあくまでも表向き。
秘密結社化した権力が
「皆で敵国・敵国人を憎むように仕向ける」
事で国内平和を維持している。
しかし国の上層を乗っ取り侵略者に乗っ取られると
「内ゲバ誘導」
が行われる。
そうなると自国民の内から弱者や嫌われ者が袋叩きの標的に選ばれる社会になる。
嫌われ弱者にとって地獄でしかない社会…。
その事実をベッタはあんなにイジメられても理解できていないのだから…
(ベッタは一体、社会の何を見て育ったんだろうね…)
とジェリーには理解できない。
「…親が甘やかし過ぎたか、処世術の教育に無関心だったんだろうな…」
傭兵がボソリと呟いたが、ベッタには聞こえなかったようだ。
短くなった髪をいじって自分を憐んでいる。
「何処に教皇派と繋がりのある人間が居るか分かったものじゃないので、とりあえず性別を偽る事は必要ですよ」
ジェリーが言い聞かせるように言うと、今度はしっかり聞こえたようでベッタは不機嫌そうに鼻に皺を寄せた。
必要性が理解できていないから、髪を切るのも男装するのも抵抗したのだろう。
傭兵の男が何気に疲れているように見える。
(ご苦労様でした…)
と傭兵を見遣ると
「…とりあえず自己紹介もまだだったな。ダニエーレ・ガスパリーニだ」
と名乗られた。
「ジェラルディーノ・フラッテロです」
「ん?男だったのか?」
「異端審問庁だと職員登録は男性名に必然的に書き換えられるんです。なので本名がジェラルディーナでも公式名はジェラルディーノです」
「…そうか。異端審問庁、そういう手口だったのか…」
「なにか?不審なことでも?」
「あ、いや、異端審問庁は『女性職員を敵から拷問されるような任務には就かせない女性保護意識の進んだ組織だ』というクリーンなイメージを作り出しているみたいだが、『本当に女性に優しい組織なのか?』を疑問に思ってたんだよ」
「ああ、はい。つまり下級職員は男性として登録するので普通に危険な任務にも駆り出されます。
そもそも下級職員の主な仕事は貧民街に出入りしても殺されないだけの処世術を身に付けて下層の世論を調査しつつ『拷問係』に適性のある人材を見つける事ですから。
気を抜けば普通に貧民集団からの私刑に遭います」
「だよな」
ダニエーレはジェリーことジェラルディーナの話を聞く前から
異端審問官の事情をある程度知っていたようだ。
(そう言えば、ガスパリーニって姓は…)
ジェラルディーナが記憶を遡ろうとしていると…
ベッタはダニエーレとジェラルディーナの会話が気に入らなかったようで
「アタシの自己紹介は聞く気がないの?」
と言いだしてジェラルディーナを睨んだ。
そう言われてみてーー
ジェラルディーナは
(本部へ着いた後に報告書を作成する事になるだろうな…)
と見越して、ベッタの情報も知っておくべきだと判断。
「…一応聞いておきたいんだけど…」
と言ってみるが
(心情的にはどうしようもなく興味が湧かない…)
と思った。
「ベッティーナ・ボッチよ。粉挽き屋の長女だけど、こう見えて男爵家の血筋なのよ」
ベッティーナはジェラルディーナの内心など気にもかけず、呑気に虚栄心を満たし、フフンと鼻で笑った…。
(平等主義の信奉者が何故男爵家の血筋だと自慢するのかツッコミたい…)