呪具に関する記憶
ジェラルディーナは襲撃がおさまった頃合いに、外が気になって避難部屋からソロリソロリと出た。
その後は、他の使用人達や騎士達から襲撃時の様子を聞かれた。
フラティーニ家の能力を持つ者達が代わる代わるジェラルディーナに細かな質問をしたのだが、その意図が
「敵を手引きしたりしてないだろうな」
という疑いを含んだものだとは流石に気付かなかった。
世の中、案外と「裏切る気もなく裏切る」という行為に走っている人間が多いので、対峙する相手の嘘を見抜ける者達はそういった「無自覚背信者」の割り出しに血道をあげるものなのだ。
その結果ーー
ジェラルディーナはつつがなく白判定を受けた。
それはある意味、フラティーニ侯爵家の親戚ばかりのこの屋敷でフラッテロ家のジェラルディーナがやっと「仲間だ」と認められた瞬間でもあった。
「信用して良い」
と思ってもらえた事もあり
ジェラルディーナはカッリストからお使いを頼まれた。
「フラッテロ子爵へコレを届けて欲しいのです」
と言われて箱を受け取った。
「中身は何でしょう?」
「フラッテロ子爵へ届けた後、彼と一緒になら中を見ても構いませんよ」
「ここでは開けてはいけないんですね?」
「ええ。詳細は既に伝えてましたが、物の入手が今日になってしまったので、ジェラルディーナ嬢には今日のうちに早速子爵邸へ持って行って欲しいのです」
「そうなんですね。分かりました。直ぐに出掛ける準備をして持って行きます」
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そんなやり取りをした後、ジェラルディーナはアンジェロ・フラッテロの居るフラッテロ子爵邸へ赴いたのだが…
「おおっ!やっと届いたか」
とアンジェロが待ち構えていた様子に少し退いた。
「一体、この荷物、何なんですか?」
ジェラルディーナの疑問は尤もだ。
「向こうで教えてもらえなかったのか?」
とルーベンに言われても
「何を?」
と首を傾げるしかない。
「…占星庁によるフラティーニ侯爵邸の監視網は病的だから、あの屋敷ではアドリア大陸の遺物に関しておいそれと口に出せなかったんだろう」
というアンジェロの指摘に、傍らのアメリーゴも頷いた。
「アドリア大陸の遺物…。魔道具ですか?」
「魔道具の一種ではあるし、製作者は元妖術師でもあるが、こういうものは呪具と言って、通常の魔道具とは一線を画すものとして認識される」
「見ても良いですか?」
「ああ」
「これは…」
箱の中の呪具を見て、ジェラルディーナは絶句した。
「本当に、コレが、呪具なんですか?…だって、コレって…」
ジェラルディーナが言葉に詰まったのも仕方ない。
何故なら「呪具」は、あの大陸内でよく見かけるものだったからだ。
「照明器具」という魔道具ーー。
日中、室外へ出して日光を浴びさせて、日が暮れる前に室内へ取り込む使い方をされていた魔道具だ。
「照明器具として普及していた魔道具だな。見た目は」
「………」
「ただの魔道具と呪具との違いは紋様にある。よく見てみろ。紋様の中に魔法陣が仕込まれているのが判るか?」
「紋様の中に?」
「塗料が剥がれて一部魔法陣が欠けているため、呪具としては稼働しない状態になっている」
「なるほど」
「華やかな装飾の照明器具は応接室や寝室に置かれる事が多かったが、その中にはこういった呪具が紛れ込んでいたんだ」
「ひでぇ話だよな」
「今世で被搾取『転生者』として生まれている俺達は前世でもやはり徳力を搾取されていた可能性が高い。呪具の魔法陣の紋様を日常的に目にしていただろうという事で、当時の記憶の中から魔法陣に関する記憶を引っ張り出せないかというのが今回カッリストから寄せられた依頼だ」
「フラティーニ侯爵からではなくカッリストさんからの依頼なんですね?」
「カッリストは存外『チプレッソ』を気に入っている」
「『チプレッソ』?」
「なんだ?それも聞いてないのか?『チプレッソ』はサルヴァトーレ・ガストルディの妖術師名だ」
「えっ!カッリストさん、サルヴァトーレ様を気に入ってたの?」
「そうだ。カッリストは『チプレッソ』を有利にするためにファビオ・チェッキーニを不利にしたいと思っている」
「それで呪具を使いたいと?」
「らしいな」
「でも前世でいつも目にしていたとはいえ、細かな紋様までなかなか思い出せないですよね?」
「いや、そうでもないぞ。ルーベンはベルニ士爵家の血が入ってるし、ベルナルディ家の異能も少しは使える」
「ベルナルディ家…。瞬間記憶能力?」
「知りませんでした」
「一応、切り札なんで公けにはしてきてない能力だな。因みに言うなら、アメリーゴもだ。
カルデローネ士爵家の血を引くからカルダーラ家の異能も少し使える」
「解錠能力でしたよね?」
「索敵やら罠解除の斥候能力だな」
「有能だったんですね。単に『転生者』だからアンジェロ様のお側にお仕えしてるものかと」
「俺としても謎だったんだ。運や能力を搾取されている筈のルーベンやアメリーゴが何故こんなに有能なのかが」
「ええ。謎ですよね」
「…それも向こうで教えてもらえなかったんだな…」
「何の話です?」
「『チプレッソ』と『オドル』。二名の妖術師からもたらされた情報だ。なんでも【強欲】の加護を持つ『転生者』が前世の記憶を持たないと、徳力の搾取は起こらないという話だ」
「そうだったんですか?」
「「「………」」」
「それだと、ルーベン兄さんの【強欲】は間違いなく記憶なしでしょうね」
「しかもベルトランド・リベラトーレは『どうせ徳力を奪えないのだから無駄な虐待も殺戮もしない』意向らしい」
「なら、安心ですね」
「一方で、お前と同じ歳の【強欲】であるレオパルディ公女は『同じ歳の転生者を皆殺しにする』伝統を保持したがってるらしい」
「…なに、そのクソ公女」
「そう思うよな」
「だよな」
「まぁ、ともかく今はルーベン頼りだな。ルーベンが前世で目にした呪具の魔法陣の紋様が、この呪具と同じものなら欠損部分をどう修繕すれば良いのかも分かるだろ?」
「…『ともかく』って、そんな軽いノリで流して良いんでしょうか?もしかしなくても『私だけ狙われてる』ってハッキリしたって話ですよね?」
「不安だろうが、お前、ちゃんと護衛が付いてるぞ?」
とアメリーゴが指摘した。
「護衛?」
そう言われても全くそんな気配はない。
ルクレツィオ・フラティーニこと「エチセロ」はジェラルディーナから「生理的に受け付けない」と言われた事を気にして、「絶対姿を見られないように」気にしながら護衛していた…。
「ルーベン。この魔法陣、前世で見た事があるか?」
アンジェロはジェラルディーナとアメリーゴを無視してルーベンへと話しかけた。
ルーベンは
「そうですね…」
と言いながら、前世で目にしたものに関して改めて記憶をさらうように思い返してみた…。