暗殺者育成
「やりやがったぞ。あのバカども」
仏頂面でブリーツィオ・バルドゥッチが報告に来た。
トマーゾ・バルドゥーニは
「やっぱりな」
と頷いた。
伝統保持派は過激だ。
自分達の欲に従順。
十数年ほど前から貧民街で「瘴気の影響を受けない子供」を探し出しては、異端審問庁の拷問係に紹介するでもなく、独自に訓練を施して育てていた連中だ。
「暗殺者を育成してるのに違いない」
と現状維持派は見做していたが…やはり正解だった。
フラティーニ侯爵邸の襲撃を民間の闇ギルドに任せて
それに紛れてジェラルディーナ・フラッテロを攫って来るようにと
私兵の暗殺者に命じていたらしい。
フラティーニ家の異能。
「嘘を見抜く」
「心を読む」
という能力は
「拷問係適性者には(瘴気の影響を受けない人間には)効きにくい」
のだ。
それを見越して十数年ほど前から
フラティーニ侯爵家用に暗殺者を複数育て上げてきたのだから
連中は言い訳できない程に本気でタチが悪い。
だが
「フラティーニ家の異能が拷問係適性者に効きにくい」
というのは、あくまでも
「通常は」
の話。
アベラルド・フラティーニは前世の記憶を持つ【強欲】の加護有りの『転生者』。
ただ生きているだけで自分自身の魂の兄弟姉妹から徳力を搾取してしまっている。
運も能力もそれで底上げされる。
つまり、アベラルド・フラティーニ侯爵直々に尋問すれば、どんな相手だろうとその人物の事情や背後関係も明らかにされてしまう…。
それはアベラルドの父親である先代フラティーニ侯爵も同様だった。
アルカンタル王国では読心術は比較的使い手も多いため
それに対抗する「閉心術」も普及しているが
リベラトーレ公国ではそうもいかない。
読心術、誘導尋問で、アッサリと伝統保持派の私兵は重要機密を暴かれた…。
「にしても珍しいな?フラティーニ侯爵邸の騎士達、侵入者を殺さずに尋問したのか…」
トマーゾが気になったのは、その点である。
「いよいよ本気で伝統保持派を粛正する気になった、という事だろう?」
「そうなると、確実にこちらも巻き込まれるな」
「伝統保持派の暴走は現状維持派には無関係だろう?」
「そう見做してもらえると思うか?元々、妖術師の幾人かはフラティーニ侯爵支持派だったんだよ。『オドル』や、その弟子は。それに加えて、今回は『チプレッソ』が付いた。
私兵が侯爵ではなくジェラルディーナ嬢を狙ったのは、それこそ『チプレッソ』をフラティーニ侯爵支持派から引き離す目的だろう」
「『チプレッソ』には弟子とか居なかったよな?」
「居ないからこそ魔道具技術の価値が上がる。それは『スペクルム』や『ファルチェ』にも言える事だ」
「占星庁の権威がハリボテじゃない時代なら推定序列上位の妖術師を複数怒らせても、国が揺らぐような事は無かっただろうに…」
「残念ながらハリボテは実力者を怒らせると、やっていけなくなるよ」
「それにしても、伝統保持派が育て上げた暗殺者を生け取りに出来るって、凄いな」
「『エチセロ』が何かやったに決まってるだろ」
「ルクレツィオ・フラティーニ?」
「そう。『エチセロ』の魔道具は強化系。使い手の身体能力を強化する付与を装備品に施す。
『魔道具を作る』のではなく『通常品を魔道具へ変換する』本物のチートだよ。アイツが正体隠すのをやめて、その技術で仲間の騎士や使用人達を強化すれば、ちょっとした軍隊の出来上がりだ」
「アルカンタル王国って狡い国だったんだな」
「今更かよ」
トマーゾは
(ブリーツィオは「エチセロ」のスゴさをイマイチ理解できてないのかも知れないな…)
と思った。
ブリーツィオが東部で受け取った「迷惑料」にしても
「魔道具で身体能力を底上げされた者達が複数動いていたからこそ」
のものだ。
そういった隠し玉もなく、通常の身体能力の人間達があそこまで手際良く事を進めることができるなどとはトマーゾは思わない。
「有能な人材が有能な技術提供をしててこそ、手品みたいなスマートな干渉ができるって事だ。
アルカンタル王国占星庁が優秀なのは、当人達の努力もあるんだろうが、要は『必要な人材に必要な技術もしくは情報を提供させる』という点で、他の占星庁よりもリードしているんだよ」
トマーゾにそう言われて
ブリーツィオは
「アルカンタル王国では伝統保持派みたいな非合理集団が湧いた時にどう対処してるんだろうな?」
と気になった。
「さぁ?なかなか聞かないよな?アルカンタル王国占星庁ーーコンテスティ家ーーから愚か者達が出て、非合理な殺戮を庶民や重要人物に仕掛けるなんてバカ丸出しの話」
「やっぱ、サクッと殺してるのかねぇ。…何せ敵の命を軽んずる事にかけては大陸一と噂されるイカレた殺人者集団という噂だし」
「やりかねないかも…」
「ルクレツィオが『エチセロ』なら、アルカンタル風の拷問術とか処刑術とか見せてくれるのかねぇ」
「悪趣味なこと言うなよ。俺はこの国の妖術師同様平和主義者なんだぞ」
「平和主義者ね…」
「食い物の血や肉は平気で処理できるんだが、なんでだろうな、人間の血や肉に対しては平気ではいられないんだ」
トマーゾがそう語ると
ブリーツィオは
「だから関節技を好むんだったな、お前は」
(コイツ、血を流させずに殺すのには躊躇いが無いもんな…)
とトマーゾの傾向を思い出した。
首の骨へし折って殺すのは良くても
剣で斬り殺すのはダメというタイプ。
異端審問官には向いてない…。
向いてないのにトマーゾは出世は約束されている。
そのうち異端容疑者と接する事なく書類整理と経理の事務仕事だけで高給がもらえるポジションに就けられる予定だ。
「そう言えば、生け取りにした暗殺者達は異端審問庁に回されるみたいだぞ。まだ、その話は異端審問庁内では出てないのか?」
ブリーツィオの問いに
トマーゾは
「出てない。もしかしたらフラティーニ子爵とフラッテロ子爵で勝手に処理するつもりかも?」
と答えた。
「フラティーニ侯爵派はガストルディ侯爵を(長官を)全く信用してない、って事だろうな」
「ヴィルジリオ・ガストルディに関しては現状維持派の方でも信用してない。どうやら伝統保持派とも連絡を取り合ってるみたいだからな」
「へぇ?それじゃ、そのうち処分されるんじゃないか?」
「かもな?サルヴァトーレ・ガストルディが『チプレッソ』だったなら、尚の事、『チプレッソ』が学生の間まで生かしておくという程度の価値だろう。『チプレッソ』が学院卒業と同時に消されること請け合いだね」
「当人も薄々それを分かってたから伝統保持派と裏取引してたのかもな」
「さてな。伝統保持派と関わらずに済ませば案外長生きできたかも知れないのに、それを自分の意思で放棄したんだ。週末にはもう病床に伏した状態になって、異端審問庁に出勤もできなくなってたりするんじゃないか?」
「かもな」
「結構調子に乗ってたオッサンだし、ざまあみろって気もするが、ある意味で明日は我が身って可能性もある。人間、危機管理意識を鈍らせて危険な決断をするべきじゃないと、しみじみ思うよ」
「多分だが、現状維持派は『転生者に対して無駄な殺しをするな』という姿勢だから『たとえ殺しが徳力の搾取に結び付かなくても転生者を殺し続ける』って姿勢の伝統保持派と比べて『ひよってる』ように見えてるんじゃないか?
伝統保持派に靡く連中は現状維持派が怖くないからナメて裏切る。
そうやってナメられて裏切られるリスクが無駄な残虐さを抑制した合理主義者には降りかかる傾向があると思う」
「ブリーツィオが裏切り者の心理分析?…お前、大丈夫か?そんなに頭使って、熱が有るんじゃないか?」
「………お前、ホント、俺の事バカだと思ってるんだな」
「いやいや、肝心のところでは賢いだろ。だからお前は仲間を裏切らないし、俺達も仲間のまま生き続けられる。良い事だ」
「ま、そういう事にしといてやるよ」
ブリーツィオはトマーゾの仲間発言に内心で喜びながら、捕縛された暗殺者について考えていた…。