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象徴

挿絵(By みてみん)


男性の貞潔の象徴として「象」という生き物が挙げられる。


動物寓話において

「象はマンドラゴラの根を食べない限り、交尾をする気を起こさない」

と言われているからである。


その他にも

「血を吸う蛇に苦しめられて衰弱した象は、崩れ落ちながら蛇を押し潰し、死ぬ間際に敵である蛇を殺す」

という伝説がある。


それを踏まえて

「象の骨を焼いたものが魔除けになる」

という伝承が派生し


その後

「男性が女性に焼いた象の骨の魔除けを渡す」

ことが

「貞潔の誓い」

と認識されるようになった。


勿論、焼いた象の骨など、庶民には入手困難。

焼いた象の骨は象牙同様に富裕層で流通している。


サルヴァトーレはルンルン気分で焼いた象の骨を仕入れた。

それは既に小さなコウノトリ型に加工されている。


コウノトリはこれまた

「蛇の天敵」

とされる。


ここでいう象徴の蛇は

「二枚舌」

「二心」

「邪心」

などと意味する。


本来なら結婚相手へ渡すものだと周知されている品である。

商人にも

「心に決めた人がいる」

とアピール。

口の軽い丁稚が方々で言いふらす事を勘定に入れてのものである。


他にはパピルスのドライフラワーも仕入れた。


パピルスの花束は鰐避けのマジナイに使われるが、この場合は爬虫類系の悪霊を退ける魔除け。

ジェラルディーナ自身が鰐を殺した訳ではないが、鰐が殺された直後に現場に居合わせた。

「爬虫類系の生き物は祟る」

と言われている。


(祟る云々の俗説の信憑性の程は定かではないが)

念の為に贈り物として渡すつもりだ。


更にはこぢんまりとした瀟洒な屋敷を購入。

「卒業後に愛する人と気兼ねなく過ごせるように」

と、不動産取扱いの商人ギルドでも

「意中の人への溺愛」

をアピール。


サルヴァトーレは純粋に

「ジェリーのために」

そうした品物や物件を用意しているが


「チェッキーニ伯爵家に勘違いをさせたい」

という思惑もある。


人間、勝手に期待して喜んだ後の方が

勝手に現実に打ちのめされて

勝手に自暴自棄になってくれる。


チェッキーニ伯爵。ファビオ・チェッキーニ。

カルローネ商会の会頭。

六つしか歳の違わない先代チェッキーニ伯爵の養子となり伯爵家を継いだ男。

三十代半ば。

ここ十年程で頭角を表し、財を成した成金。


瘴気看破魔道具で見ると

「『転生者』だ」

と直ぐに分かる。


【強欲】の加護持ちなのかも知れないし、そうではないのかも知れない。

血縁的には刑吏一族のカルダーラ伯爵家の遠縁。

おそらく前世の記憶がある。


前世の記憶がない「転生者」と違い

前世の記憶がある「転生者」は魂の兄弟姉妹から徳力を搾取できる。


ファビオの強運はそうした徳力搾取によるものかと思ったが…


フラティーニ侯爵家の家令カッリストから

「アレは私達と同じ歳の『転生者』です。因みに私達の【強欲】は既にいません。搾取網から私達は完全に解き放たれています」

と説明を受けた。


【強欲】の加護持ちから解放された魂の兄弟姉妹は

搾取されていた運気が徐々に返還されていくので

普通の人間よりも運が良い状態になるらしい。


「…それが本当なら、ジェリーも、彼女の【強欲】から解放されれば運が良くなるって事ですよね?」

と、気になった事を尋ねたところ


「ええ。正しく殺し、正しく解放されれば、ね」

と意味深に微笑まれた。


正しく殺し、正しく解放されれば、という条件の具体的方法が分からないので、それに関しては考えないようにした。


(「トリスを殺せばジェリーの運が良くなる」という単純な話では無さそうだ…)


「どうすれば、ファビオ・チェッキーニの幸運を潰せますかね?」

サルヴァトーレが真摯に尋ねると


カッリストは

「デバフ作用の魔道具を製作・修理できる妖術師は居ないんですよね?」

と質問に質問を返した。


デバフ作用魔道具。

いわゆる呪いの呪具。


アドリア大陸から流れ着く破損道具の中には、そういった呪具も存在しているが、誰も修理できないため、使用不可のガラクタと化している。


「…そういったものを用意する必要があるくらい、ファビオ・チェッキーニは幸運な男だと?」


「さぁ?…幸運は霊的資産です。社会的資産・物理的資産が『増やす努力をせず、ただ使うだけだといずれ無くなる』のと同じく、無くなる可能性はあります」


「ファビオ・チェッキーニは幸運を資産運用して増やす努力をしていたと思いますか?」


「特定の個人の履歴を暴き出すのは一侯爵家の家令に過ぎない私より、貴方と懇意な占星庁職員のほうが得意でしょう。

ファビオのこれまでの生き方を調べてみてから、それを判断なさるのが宜しいかと」


「それもそうですね。情報提供ありがとう」


「どう致しまして」


カッリストはヒントしかくれなかったが、それでも「転生者」の運気変化に関して教えてもらえたのは有り難かった。



********************



サルヴァトーレからファビオ・チェッキーニの事で相談を受けたカッリストの方では

(標的の運気のみならず凡ゆる能力値を底下げする呪具…。実は前世の記憶の中に登場するんですよね…)

と内心で思った。


アドリア大陸では

魔道具のみならず

呪具の技術も進歩していたのだ。


アドリア大陸の『転生者』は別の大陸から転生してきた訳ではなく

アドリア大陸内で転生を繰り返していた者達だった。


そんな『転生者』のうち【強欲】の加護を持つ者達は

自分の魂の兄弟姉妹が住む土地を特定し

その後は祝い物として呪いの呪具を配り

該当地区に行き渡らせるという婉曲的手段をとっていた。


ただそれだけで

(わざわざ個人を特定して嫌がらせする必要すらなく)

魂の兄弟姉妹が不幸になって、徳力の搾取を延々続けられるのだ。


何の罪悪感もなく

後ろ暗さに心かげらせる事もなく

延々と幸運が約束される。


【強欲】の加護持ちにとって

呪具は余りにも便利過ぎる道具だった。


お陰で標的の近所の者達まで呪具の影響を受けていた。

(本来なら無関係だったのだが)


地域丸ごと皆が皆、運が悪くなり

能力値も低くなり

何をしても上手くいかず

誰もが足を引っ張り合う悲惨な人間関係。


それでいて

「何処かに居る【強欲】の加護持ちが自分達の土地に行き渡らせた呪具こそが不幸の原因である」

という事実には気付かない。


目先の人間関係の中で不満を滾らせて

仕返しできない孤立した嫌われ者を

皆で虐げて鬱憤晴らしすることで日々をやり過ごす。


そんな状態があの大陸の至る場所で展開されていた。


まるで

(呪具で汚染された世界…)

だとカッリストは今更ながら思う。


妖術師が呪具を作る事で呪術師となると

「瘴気の影響を受けない体質が変化してしまう」

という事もあり、呪具を進んで作る妖術師は居なかった筈だが…


脅迫なり拷問なりをして言うことを聞かせていたのかも知れない。

いつしか大量の呪具があの大陸の至る所で見られるまでになった。


呪われた道具からの影響が肥大化した呪われるべき世界ーー。


呪具を作るには呪術師は他人を騙す必要があった。

「不老不死を望む」

強欲な金持ちを騙し

「不老不死の妙薬だと水銀を呑ませ続ける」

必要があった。


そうして死んだ者達の腐らない身体を呪具の素材として利用するのだ。

要は木乃伊を燃やして、燃え滓を混ぜた金属を加工。


水銀中毒で殺される金持ちが誰からも嫌われる醜悪な犯罪者であればあるほど呪具の呪い効果は高くなる。


「人体に長く滞在して、その間に人間の邪心が深く刷り込まれる異物」

であれば、用途を満たせるので必ずしも水銀である必要はないのだが…

水銀が一番入手しやすく便利だった事もあり、呪具創りに欠かせないものとされていた。


呪術師へと堕ちた元妖術師は

「効果の高い呪具を作る」

という目的ゆえに

「目を付けた金持ちの悪事に加担して、金持ちに罪を重ねさせる」

ような事まで行っていた。


アドリア大陸においては

上流層の人間は二種類居たのである。


【強欲】の加護を持つ『転生者』と、それに連なる人々。

呪具の材料にされるべく、仮初めに繁栄を味わい罪を重ねる人々。


後者は当然、社会というものの残酷な実態を何も知らず

「自分は永遠に搾取者だ(成功者だ)」

と激しく思い込んだまま死へ向かい

「ただただ社会を苦しみで満たす」

という目的のために魂そのものを利用される。


そんなカラクリを支えていた呪術師という生き物。

彼らは妖術師ではなくなってしまい、肉体乗り換えができなくなる。


呪術師の身体には

「呪われの印」

と呼ばれる紋様の痣が浮かんだのだという。


三日月と三つの点からなる紋様…。


(妙なものだ…)

とカッリストは思う。


ミセラティオ大陸では拷問係を貧民から選ぶ。

瘴気の影響を受けない貧民を。


そうして選ばれた拷問係は何故か皆、身体の何処かに痣を持つ。

それこそ「呪われの印」を。


呪具を作る知識も技術も持たないただの貧民。

勿論、前世の記憶も持たないのに…

何故か瘴気の影響を受けない体質を持ち

「呪われの印」を生まれながらに身に帯びている。


(神がいるとは思えないような残酷な世の中なのに、「何かがいる」という確信は起こる。…そういった「何か」を感じさせる事案ですな…)

と、それに関してカッリストはドライに解釈しているのだった…。



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