「後悔だったのかも知れない」
ジェラルディーナが何故泣いているのか分からないまでも
(この状況で慰めないのは男じゃない…)
と思い
サルヴァトーレは
「俺が不安にさせたんだよね?…全部、俺が悪かった。本当にごめん」
と言い、ジェラルディーナを抱きしめた。
(惚れた弱味だな。怒った顔も泣いた顔も可愛い…。何が「仮初めの愛」だ。心全部持ってかれてるじゃないか…。バカだな、俺は…)
そう自分のバカさ加減を自覚しながら
ジェラルディーナの頭に顔を寄せて
軽く口付けを落とした…。
「ーーっ!」
ジェラルディーナもそれを察したかのように
ピクリと動いてから
サルヴァトーレの胸にしがみ付いた…。
(…どういう意図だろう?)
と、ジェラルディーナがしがみ付いた理由を知りたくて
再びジェラルディーナの顔を覗き込むと
彼女の顔が真っ赤になっていて
泣いてたせいで瞳も潤んでいる…。
「ーーうっ!」
思わず自分の顔を手で隠したくなった。
(ああ…。鼻血が出そう。マジでキタ…)
強烈な錯覚。
(もしかして俺達、両想いなんじゃね?)
と思いたくなる強烈な錯覚。
それが突如襲いかかってきたのだ。
冷静になるために
「…俺を殺す気ですか?ジェリーさんや」
と軽口を叩いて、抱きしめた腕を解いた。
ジェラルディーナもしがみ付くのをやめて
少しサルヴァトーレの胸を押しやってから
「…寧ろ逆です。死んで欲しくない。居なくならないで欲しいと思ったんです」
と小声で呟いた。
耳は良い方だ。
確かにジェラルディーナは
「居なくならないで欲しい」
と言った。
鼻の奥がツーンとして、少し涙がジワッと溢れてきた。
「…ジェリーは俺の事、好きって言ってくれた事無いと思うんだけど、だけど期待して良いのかな?少しは俺の事、好いてくれてるんだって」
そう訊かれてジェラルディーナがコクンと頷く。
その様子を確認してしまったからには
もうダメだった。
サルヴァトーレは
「嬉し過ぎて興奮し過ぎて鼻血が出る」
という体験を長い人生で初めて体験したのだった…。
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ルクレツィオ・フラティーニは、ジェラルディーナとサルヴァトーレの様子を監視しながら複雑な心境だった。
ジェラルディーナは自分に対して
「生理的に受け付けない」
と言っていたのにサルヴァトーレとは着々と親交を深めている…。
自分の肉体の元々の持ち主…。
本当のルクレツィオ・フラティーニがジェラルディーナをイジメ嫌がらせする集団の一人だった事は間違いなさそうだ。
(妙なものだな。この肉体を選んで乗っ取ったせいで、好きになった女性から「生理的に受け付けない」と嫌悪感を持たれ、尚且つこの肉体の持ち主の嗜好のせいで彼女に惹かれるのだから…)
世の中には
「好きな相手から嫌われる」
ような天邪鬼な人間もいるのだろう。
本当のルクレツィオ・フラティーニがそういう人間だったのだ。
おそらく「エチセロ」に乗っ取られる事なく元々の自我のままで暮らしたとしても、決して幸せにはなれなかったであろう性根だ。
「男の子は好きな女の子をイジメてしまうものだ」
と訳知り顔の世の大人は言うが、そういう事ではない。
「人は気になる相手に絡んでしまうものだ」
というのが正解だ。
気になり嫌っているからイジメる場合もあれば
粗野な性質故に嫌ってないのにイジメる場合もある。
気になる対象に好きか嫌いかの好悪判断を下しているとは限らない。
好きでも嫌いでもなく気になる。
だから絡む。
性質が粗野だと「絡む」が「イジメ・嫌がらせ」となる。
ただそれだけだ。
そして「イジメ・嫌がらせ」を受けた側はずっとその印象を引きずるので、自分をイジメた相手や、それとよく似た相手に対して警戒心を持ってしまうし、そうしたストレスが慢性的に持続する事態を苦痛に感じる。
よって、それが
「生理的に受け付けない」
という表現で言い表される事もある。
(諦めなければならないんだろうが…。それにしてもジェラルディーナ嬢の前世が気になる。彼女の前世の夫の行動は俺の師匠だった「アエタス」とカブる…)
まさか彼女の前世の夫が「アエタス」本人だとは思わないが
(あの当時、アドリア大陸からミセラティオ大陸へ移って来た妖術師は「アエタス」だけじゃない。アドリア大陸が沈むなど予想もしていなかった筈なのに、不思議と移住者が多かった…)
という事が気にかかる。
(ジェラルディーナ嬢の前世の夫は妖術師だった可能性がある…)
彼女の夫の
「なんてこった!俺は、とんでもなく時間を無駄にしてしまったぞ!」
というセリフは
「肉体乗り換え後に自我の立ち上がりに数年掛かった妖術師」
の心境を如実に表しているのだ。
(罪深いものだな…)
と思う。
「アエタス」のように移住するための資金を盗みで補った者達は、後に残してきた者達のその後に対して何の考慮もしなかったのに違いない。
ジェラルディーナの前世のように
「犯罪後に出奔した親近者との共謀を疑われて、腹いせのように拷問された」
者達もいた筈だ。
「立つ鳥跡を濁さず」
という思いやりすらなく
虐げ搾取した挙句
共謀の濡れ衣まで着せて最期まで苦しめ抜いた
最低最悪な人間のクズ。
そんな妖術師。
そんな移民。
そういった手合いのせいで犠牲になった者達…。
(俺は「アエタス」が居て、「アエタス」に出会えた事で恩恵を受けた。今の自分がある。だけど…)
(「アエタス」のせいで不幸になった人達も確実にいた筈だ…)
という至極当然の成り行きに関して
これまで本気で考えた事が無かった…。
(…俺がジェラルディーナ嬢に嫌われながらも、彼女に好意を持ち続けて、彼女を護り続ける事は、ほんの少しでも、「アエタス」に苦しめられた人達への贖罪になるんだろうか…)
そう思った時にルクレツィオの中で
「『アエタス』が死に際に流した透明な涙」
が脳内喚起された。
身勝手に生きた業深い男の最期の涙ーー。
その意味は分からない。
深読みするだけ無駄なのかも知れない。
それでもルクレツィオには
(後悔だったのかも知れない…)
と、そう思えたのだった…。