「時間を無駄にしたくない」
ジェラルディーナの告白は『転生者』としては別段変わったことのない、ありふれた不幸話だ。
【強欲】の加護が有る『転生者』はこれといって不幸な体験をしていないが、加護無しの『転生者』は大抵皆、前世で不幸だった。
そんな不幸の一つに過ぎない…。
なのでアベラルド達も大して驚きもしていない。
ただ
(当人が本気で嫌がる事を「派閥のためだ」と強要することはできないな)
という事は改めて感じさせられた…。
人事采配は駒の内心を蔑ろにし過ぎると破綻する。
アベラルドが神妙な表情で
〈お前には意外に「嫌いなタイプ」が多いのだということは分かった〉
と言うと
ジェラルディーナは
〈はい。私は内心では他人の好き嫌いが強いです。ですがそれを悟られないようにしないと対人関係がトラブルだらけになりますから「結婚相手」以外の関係でなら、どんなに「嫌いなタイプ」の相手だろうとも受け入れる気はあります〉
と自分の我慢強よさを自己申告した。
〈因みにルーベンはお前の「嫌いなタイプ」には該当しないんだよな?あと、サルヴァトーレ・ガストルディ侯爵令息も〉
〈ええ。ルーベン兄さんもサルヴァトーレ様もトラウマのある相手とは似ても似つかない人達なので、自分の中の先入観で無駄にストレスを感じるという事はありません〉
〈なら、良い〉
ルーベンがジェラルディーナに関して気にするのは
「命の心配」
だ。
ジェラルディーナがみすみす殺されるような事にならない限りは婚約者が誰に変わろうが気にしない男だ。
サルヴァトーレ・ガストルディこと「チプレッソ」もジェラルディーナに無体なことはしない筈。
現状維持で「ジェラルディーナはチプレッソ担当のままでいさせるのが無難だろう」と思ったアベラルドなのであった…。
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(明日こそはジェリーに会いに行こう…)
サルヴァトーレはガストルディ侯爵家の近縁の親戚達に自分を売り込み
「次期侯爵にと口添えして支持する」
という約束を取り付け終えてホッとした。
占星庁に伯父を処分してもらわずとも次期ガストルディ侯爵の地位が自分のものとなる手応えを感じ、満足している。
(まぁ、いざとなったら占星庁が伯父を処分して俺を侯爵位に就かせるだろうが…)
妖術師は案外平和主義で極力人を殺さずに済まそうとする傾向がある。
異端審問庁や占星庁とは真逆のスタンスである。
(俺みたいな平和主義の昼行灯が異端審問庁のお飾り長官になった方が元々の刑吏一族の権力を復権させてやれるだろうし、この国のアングラも丸く治るというものだ)
と結構本気で思っている。
唯一の問題は
「次の肉体乗り換え可能期間まで本当に間が有るのか?」
という事だ。
あと十数年は先だろうと安心してたら、実は今年中に期日が来るとか、直前になって知る事になったらショックだ。
案外と人生は一寸先は闇なのだ。
だからこそ
(ジェリーに会いたいな…)
とサルヴァトーレは思った…。
翌日には、サルヴァトーレは先触れを出して1時間も経たないうちにフラティーニ侯爵邸を訪れた。
フラティーニ侯爵邸の使用人達は既に心得たもの。
侯爵に会いに来たのでも
家令に書類を預けに来たのでもなく
「女に会いに来たんだな」
と直ぐに察した。
サルヴァトーレを見ると、表情からして締まりがない。
誰でも一目で恋愛ボケに気がつく事だろう。
余程ニブイ人間でなければ。
しかし困った事にジェラルディーナはそのニブイ人間に当てはまる。
原因の一つは前世で夫に全く女として見られていなかった事だと言える。
それと犯罪容疑者への拷問に関しても
見目麗しい女性や
男性に媚びを売る女性らしい女性だと
拷問・尋問を装った強姦で済まされていた社会だった。
女性が犯罪容疑者として囚われて
五体満足で帰って来られる例は多かったのだ。
勿論、誰の胤か分からない子を孕んでの釈放だったが
女性の場合、後遺症の残る拷問を皆が皆されていた訳ではないという事だ。
そんな中ーー
前世の彼女は情け容赦なく拷問されたのだ…。
ジェラルディーナが自分には女として全く魅力もなく
女だからと慈悲をかけてもらえる可愛い気もないのだと
そう自己卑下してしまうのも仕方ない事だった。
今世でも親族以外の男性から優しくされた事はない。
子供時代に近所の子供達からウザ絡みされて
罵倒・嘲笑されてきた。
好意らしき執着を見せるランドルフォ・フェッリエーリは
騙し討ちのような手口で純潔を奪っておいて
「愛してる」
だのと言い張る頭のオカシナ男。
ヴァレンティノ・コスタは露骨にジェラルディーナに悪意的だった。
その親族も。
それ以外の男性も事務的に接するだけで
優しくしたり異性として意識している様子など見せなかった。
女として見られて
女として愛されるような
そんな資質が自分には根本的に欠けているのだと
ジェラルディーナはそう思い込んでいる。
なのでーー
サルヴァトーレに好きだと言われて気のある素振りをされて
少し絆されそうになってはいたものの…
サルヴァトーレがジェラルディーナをランドルフォの元へ誘き寄せた事で、ジェラルディーナはサルヴァトーレの好意を全く信じられなくなっていた…。
「ああっ!ジェリー!会いたかった!」
と言われても
(今度は何を企んでるのかな?)
と不安になり
「そうなんですね」
と素っ気ない対応をした。
「…怒ってる?」
「怒ってません」
「ハッキリ言うけど、俺は元々ガストルディ侯爵位には興味はない。異端審問庁長官の座も欲しいと思った事は無かった。
それらを欲した原因は全部、君にある。
『ジェリーと楽しく連れ添って生きていきたい』と思ったから、侯爵位も長官の座も『俺以外のヤツの手に渡すより俺が手にした方が良い』と思ったんだ。
その手段として精神干渉魔道具が必要となり、フェッリエーリ伯爵に融通を利かせてもらう事にした。
フェッリエーリ伯爵の出した条件がたまたま『ジェラルディーナに会わせろ』というものだったから従っただけで、俺としては彼と君とをくっ付けようとする意図は全く無い。
寧ろジェリーが明確のフェッリエーリ伯爵を拒絶してくれたのを見て安心したんだ。
あの男は『俺とジェラルディーナは両想いだ』『俺はジェラルディーナの初めての男だ』とか主張してくれてたからね」
「…あの人、そんな事言ってたんですね」
「ジェリーとあの男が対面した時の印象では『両想い』は確実に嘘だろうけど、『初めての男』云々は本当なのかも知れないな、と思って、実の所、あの男をブン殴りたかった」
(というか、殺したかった)
「………」
「直ぐにジェリーに会いに行って弁明したかったけど、それこそジェリーのために侯爵位と長官の座を得るために必要な根回しが必要だったし、会うべき人物がこっちの都合で時間をあけてくれるような人達ではなかったんで、こちらが都合を合わせなきゃならなかったんだ。
それでジェリーのところへ来るのが遅れた。
言い訳させてもらうとするなら、ジェリーもドニゼッティ男爵の襲撃とフェッリエーリ伯爵との対面で動揺しただろうから、気持ちが落ち着いて冷静になってくれてから会った方がこちらの話もちゃんと聞けるだろうと思ったのも、会いに来るのが遅くなった理由の一つだ」
「そうなんですね…」
「…妖術師は結果的に長生きはしてるけど、それでも不死身ではないんだ。命は有限だし時間も有限だ。
だから『時間を無駄にしたくない』んだ。本当は俺はずっとジェリーと一緒に居たい。このまま攫って一緒に暮らしたい。
それが自分の願望通りに時間を有益に使う行為だと知っている。なのに、社会的制限や物事を進める手順をどうしても省けない。
俺にとって社会的制限も物事を進める手順もまどろっこしいし、時間の無駄に思えるけど…。
それでも『それがジェリーと居られる未来を作る』と分かるから、ジェリーと今居られる時間を削ってでも未来に備えている」
「…『時間を無駄にしたくない』から、私と一緒に居たい?」
「そうだ」
「………」
「一緒に生きよう?」
「………」
サルヴァトーレが俯いたジェラルディーナの顔を覗き込むと
ジェラルディーナはポロポロ涙をこぼしていた…。
(…私と暮らした事を「時間を無駄にした」と言って去った男がいたのに…。この人は「時間を無駄にしたくない」と言って一緒に暮らしたがるんだ…)
と思ったら、何故か涙が止まらなくなったのだ…。