「生理的に受け付けない」
ジェラルディーナはアベラルドの執務室へ呼び出された。
(何事かしら)
原因に思い当たる節もないのだが…
ジェラルディーナは呼び出されるがままに執務室へ向かった。
入室を許可されて中へ入ると、珍しくアベラルドもカッリストもチェザリーノも手ぶらで待っていたらしく、執務室には処理途中の書類が見当たらない。
「お前の身の振り方に関してお前の意見も聞いておいた方が今後お前を利用する上でも効率が良かろうという話になった」
とアベラルドにぶっちゃけた話をされて
ジェラルディーナは
「私の意見を話したとしても必ずしも私の意見が尊重される訳ではないんですよね?」
と尋ねてみた。
自分の意見が通る筈だと思って、それが全く叶わないなら、かなりガッカリすると思うのだ。
なので変な期待が生じないように、はじめに確認をとっておくべきだと思った。
「そうだ。意見を参考にはするが、必ずしもお前の意見が通るとは限らない。それを踏まえた上で、お前に懸想する連中との関わりを今後どうしたいのか自分の意見を言ってみて欲しい」
そう言われて
(ご主人様はもしかしてフェッリエーリ伯爵と懇意になりたいのかな?)
と少し不安を感じたジェラルディーナに対して
アベラルドが
「いや、それはない。私達の方から彼に近づけば占星庁の不興を買う。フェッリエーリ伯爵に対するお前の拒絶はアンジェロからも聞かされているので心配は要らない。
今はサルヴァトーレ・ガストルディ侯爵令息、トリスターノ・ガストーニ子爵令息、あとウチの護衛騎士のルクレツィオ・フラティーニに関して、お前が今後どう付き合っていきたい思っているのかを話して欲しいんだ」
とすかさず反論したので
(嘘が見抜けるだけじゃなくて心が読める人なんだな…)
と改めてアベラルドに対して畏怖を感じた。
異端審問庁本部にも二人そういう人がいた。
フラティーニ侯爵が同じように読心術師だったとしても不思議はないのだが、そうなると爵位・財産・能力と三拍子揃って恵まれ過ぎている…。
(とりあえず返事をしないと)
と気を取り直して
「ガストルディ侯爵令息、ガストーニ子爵令息、ルクレツィオさん、の3名ですか?」
と聞き直すジェラルディーナに
アベラルドは
「そうだ。正直、ガストーニ子爵令息をどう思っている?お前とガストーニ子爵令息が一緒に居る所を見た事のある者達は全員『両想いの恋人のように見えた』と言っている」
と指摘した。
(これまではルーベン兄さんの婚約者のままサルヴァトーレと彼の交際して一挙一動を報告しろという指示だった筈だけど、答え方次第でガラリと指示が変わるのかも知れない)
と少し不安を感じた。
だが下手に状況をコントロールしようとして嘘をついても全て見破られる。
(3人もフラティーニが揃ってるんだもんね)
自分でも自分の内心を振り返りながらジェラルディーナは
「…実は自分でもよく分かっていません。あの人への感情は。ですが分かっている事もあります。
私はあの人と『関わりたくない』と感じています。『一緒に居る未来が思い描けない』ような相手に惹かれる場合には、やっぱり関わらずにおいて、気持ちが冷めるのを待つのが良さそうに思えるんです」
と答えた。
チェザリーノが
「それが正解でしょうね」
と頷き
「見目麗しい貴族令息が平民の少女と恋仲になり数ヶ月恋人として過ごした後、飽きて捨てて、その後妊娠していた少女が親族に打ち捨てられて身重のまま野晒しの死体になるような事例は余りにも多いです」
と現実を告げた。
カッリストが
「その点、ガストルディ侯爵令息はちゃんと考えているようですね」
と言うと
チェザリーノは
「見た目は若者でも中身が老人なら、現実主義にもなるでしょう」
と付け足した。
「?」
首を傾げるジェラルディーナに
アベラルドは
「ガストルディ侯爵令息はお前と愛人契約を結びたいと言ってきてる」
と教えた。
「………」
「フェッリエーリ伯爵もガストルディ侯爵令息も妖術師なだけあって二人ともちゃんと相手の生活の事まで考えている。
人間の肉体が衣食住を必要とする事も、親族に打ち捨てられれば生きていくのに困る現実も、中身が長齢な者達はある意味で倫理的だ。無責任ではない」
「…私はフェッリエーリ伯爵に対して生理的に受け付けないものを感じてしまうので、結婚なんて絶対に考えられませんが、それでも平民の私に正式に結婚を申し込んでくださるような点では少しは評価しています」
「「「生理的に受け付けない…」」」
(((ソレ、男が一番言われたくないセリフだ…)))
「子供の頃から近所の子供達に嫌われていて、顔を見る度に悪口を言われて嘲笑われてました。
孤児院の子達も一緒になって『皆で私をイジメる事で私以外の皆が仲良し』みたいな空気ができてたんです。
蛙を投げられたり棒で蛇を投げられたりしてたので、心底からイヤだったし、あの子達が本当に嫌いでした。
ランドルフォ・フェッリエーリ様と初めて異端審問庁でお目に掛かった時に『伯爵家の方が近所の孤児院に居た子と似てるのは偶然に違いない』と思ったものでしたが、ご本人から『孤児院に居た』『君とは幼馴染みだ』と言われて、私は子供の頃の恐怖心と嫌悪感でいっぱいになりました。
それでも研修生という立場だったので、彼の言う通りに従うしかありませんでした。
私があの人を心底から嫌いなのは、詐欺みたいな手口で純潔を散らされたからと言うだけではなくて、子供時代のトラウマがあるからなんです」
「蛙…」
「蛇…」
「まぁ、嫌いな女性は多いな…」
「私には気持ち悪く感じられるんです。嫌がらせして仲間はずれにしてゲラゲラ嘲笑っていた人がどうして『ずっと好きだった』などと言えてしまうのか、それが気持ち悪くて仕方がない。
だって、皆さんもちゃんとよく考えてみてください。
子供が面白半分に蝶やトンボの足をもぎ取って羽を毟って痛ぶって殺しておいて『蝶が好きだ!トンボが好きだ!』と言ったとして、どうしてその言葉を信じられるでしょうか?
痛ぶられた側が『好きだから構いたかっただけだ』と言われて、そんな好意を信じられる筈がないんです。
なのに、こういった常識的心情が何故か全くランドルフォ・フェッリエーリ様には通用しませんでした。
感性が余りにも常人と違い過ぎて気持ち悪いんです」
「そ、そうか」
「こういう事はあまり言いたくなかったんですけど、本音で言えば、ルクレツィオさんに対してもランドルフォ様と似たようなものを感じてしまってます。
『彼とよく似た子が孤児院に居たから』という、申し訳ない理由なんですが、そのせいで私はルクレツィオさんとどうこうなるような未来を全く思い浮かべられません。
トラウマを植え付けた人達の一人だったり、トラウマを植え付けた人達の一人によく似てたり、そういう理由で生理的に受け付けないなんて、随分と贅沢な事を言ってるなって自覚はあります」
「…いや、自分の意見を言って欲しいと乞うているのはこちらなのだから、ちゃんと自分の思いを述べておいて欲しい」
「短い時間だけ我慢して御奉仕するとかなら生理的に受け付けない相手でも我慢する事はできるんですが、夫婦とか、ずっと一緒にいるような関係は無理だと思います。
長期にわたって精神的に負担がかかり過ぎると自分が壊れる気がします」
「…そういった『生理的に受け付けない』タイプに含まれるのは今のところフェッリエーリ伯爵とルクレツィオだけか?」
「今現在身近な人達の中では主にそのお二人ですが、今まで出会った人達を対象にするとなると、そこそこの人数がいます。
異端審問庁の拷問係の何人かの人達にはやっぱり『近所のイジメっ子達に似てる』という理由で気持ち悪さを感じてましたし、拷問を受けていた容疑者にも同じ理由で吐き気を催した人達がいました」
「子供時代のイジメというが、そんなにその後の対人面での好き嫌いを決定付けるものなのか…」
「私が単に執念深いだけなのかも知れませんが…」
〈前世のトラウマもあって人間不信が拗れてるんですが…〉
そう言ってーー
ジェラルディーナは声では子供時代のエピソードを語り
口の形で前世の人間関係について語り出した…。