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情に厚い人

挿絵(By みてみん)


その日は意外にもダニエーレ・ガスパリーニがフラティーニ侯爵邸を訪れた。

サルヴァトーレこと「チプレッソ」からの届け物を家令に預けた。


ダニエーレはそのついでとばかりに

「ジェラルディーナは?」

と尋ね、ジェラルディーナを呼び出してもらったのだった。


一方でジェラルディーナは

王立学院への潜入から戻ったばかり。


「…面倒くさい(ガストルディ侯爵派のバカ男どもは!)」

と不満顔でダニエーレの元へ向かった。


午後からの訓練を抜け出せるので身体を休める言い訳にはなるのだが、親しくない人間からの呼び立ては、なにぶんストレスにもなる。


だが、ふとーー


(…呼び立てられたのは迷惑だけど…。正直、あの人、ちょっと気の毒だったし、その後、元気にしてるか少しは気になってたんだよね…)

と思い直した。


なのでダニエーレの待つ待合室へ姿を現す時には作り笑いくらいは披露できた。


「…お待たせしました」

とジェラルディーナがわざとらしい笑顔で言うと


「おう。久しぶりだな。元気にしてたか?」

とダニエーレがさっそくジェラルディーナの顔色を伺った。


「…とりあえず、殺されてません。そちらも元気だったみたいですね?教皇庁の残党から報復とか、そういうのはなかったんですか?」


「…俺の方はどうやら正体は掴まれてなかったみたいだな。それこそ、ベッタかお前が捕まって『誰に手助けされて逃亡したんだ?』と吐かされて俺の名前がバレてたら、かなり危なかったんじゃないか?」


「それは良かったです。ただ鰐退治しただけで、その後延々付け狙われるとかだったら、ダニエーレさんが可哀想すぎて、食事も喉を通らなくなるところでした」


「…一応『心配する程度には人間の心がある』と言いたげだな」


「心配くらいはしますよ。でも異端審問庁では、そういった人間的な側面が組織的運営にヒビ割れを齎すかのような警戒が強くて、捕縛された容疑者に対して心配してるのを周りに悟られるとろくな事になりません。

私も別に好きで無関心を装ってた訳じゃないんですよ?」


「…お前は相変わらず自己弁明が達者だ。ヴェルゴーニャから聞いたが、従兄弟が婚約者なんだって?身内相手だと、そういう性格も許容してもらえるだろうし、人生安泰だろ?」


「…今日は王立学院へ出張してきましたよ。こっちはまだ後始末が付いてないんです」


「王立学院?ガストルディ令息に呼び出されたのか?」


「あの人は、どこまでアテにして良いのか分からないイレギュラーなんで、この際どうでも良いです」


「何の用だったんだ?」


「ダレッシオで同じグループだった子達が死体で発見されたのはご存知なんですよね?」


「ああ」


「その子達の親に『ジェラルディーナ・フラッテロが逃げたせいで、同じグループだったお前らの子供が身代わりで制裁を受けたんだ』と吹き込むバカが湧いてるんですよ。

お陰でドニゼッティ男爵から物理的に殺されそうになりました。

そのドニゼッティ男爵の養女のビビアナ・ドニゼッティが任意の事情聴取から逃げ回って消息を絶ってるので、『ビビアナを怒らせるように挑発してこい』と指示があり、王立学院でとある令息と接触してきた次第です」


「とある令息?」


「そちらのお仲間でしょう?ガストーニ子爵令息も」


「…顔は知ってるが話した事はない。同じ派閥でも、俺は平民のしがない傭兵だからな。貴族側から話しかけられたら返事をするが、こちらから話しかける事はない。一括りに『仲間』とは言えないだろう」


「ともかく、ガストーニ子爵令息が教皇庁に殺されたフィロメーナ・ドニゼッティの婚約者だった事は知らされてるんですよね?」


「名前までは覚えてないが、殺された子達のうち貴族令嬢がいて、その子がガストーニ子爵令息と婚約者だったってのは聞いてる」


「偽物男爵令嬢のビビアナは婚約破棄を免れようと必死になってガストーニ子爵令息に付き纏って媚びてたみたいだから、婚約破棄して間もないうちに彼から好意を向けられる女が湧いたら怒る事間違いなしでしょう?」


「…う〜ん。災難だな。お前」


「ダニエーレさん。分かってくれますか?ドニゼッティ男爵から襲われた時も、急な事で私は驚いたしショックも受けたんです。

危険が有る中、のこのこ街中へ連れ出されて、誰も『危ないから行くな』とか言ってくれてなくて、突然殺意に晒されて、本気で怖かったですよ。

んで、今度はビビアナ・ドニゼッティに対しても、やっぱり囮みたいな役割を演じさせられてます。

正直、もっと平穏無事に生きたいんですけど、貴族家に仕えてると諸々が儘ならないんです」

ジェラルディーナは勢い込んで不満を表明し


「ヨシヨシ」

とダニエーレに頭を撫でられ、少しだけ溜飲を下げた。


「だが、ベッタのヤツも囮だったんだろ?ウチの傭兵団に所属してたブリーツィオが実はバルドゥッチ士爵家の四男だったって分かって、マジでベッタが気の毒だった」


「そう言えば、ボッチャールド男爵令嬢がベッタが傭兵と恋仲になったとか言ってた気がしますが、その『恋仲』って、やっぱり演技だったんですね?」


「みたいだぞ?…にしても残酷だよな。どう見てもベッタのヤツ、処女だったろうに…」


「別れる時に『お前なんか全然好きじゃなかった。全部演技だ』って暴露されてないなら、純潔を捧げた相手が結婚してくれずに別れを告げても、受けるショックは許容範囲内でしょう。

普通に生きてるだけで深い関係になりたがる人が出てきて、絆されて身を許せば飽きられて捨てられる。そんなの女なら誰もが通る道ですから」


「…ブリーツィオが事実暴露せずに気を使うような男だとは思えないんだが?」


「…まぁ、ベッタなら大丈夫でしょう」


「お前はベッタと同じ歳だろうに人生経験豊富みたいな言い方だな」


「ソウデモナイデスヨ…」


「おい、目が死んだ魚の目になってる。気を確かに持て」


「ハハハ…」


「お前はホント危なっかしいな。次々災難に見舞われて」


「たまにね。思うんです。『なんで世界はこんなにも人間に優しくないんだろう?』って」


「…それは誰もが一度は思う事だな」


「生まれながらに『所有』に雁字搦めで、何処に住むにも自由にとはいかず、勝手に畑を作る訳にもいかず、野菜や果実が実ってるかと思えば誰かが私有地で育ててる所有権にまみれた産物だったり。

…誰かの手垢が付いてるものは全て他人のもので、自由に食べ物や住処を決める事さえできはしない。

そういうのが無性に嫌でたまらなくなることがあります」


「俺もガキの頃は不思議だった。露店で食い物も沢山売ってるし、目の前に有るのに、金を払わないと手を出せないし、金を払わずに手を出せば罰せられるというのが納得できなかった。

今にして思えば、野良猫やカラスはそういう感覚で人間の身近で暮らしてるんだろうし、人間以外の生き物がそういう感覚でいるのは決して間違ってない」


「ダニエーレさんは『人間に生まれたからには我慢して不自由に馴染め』って言いたいんですね?」


「平たく言えばそうだな。全くなんで人間なんかに生まれちまったかなぁ?俺は大型肉食獣にでも生まれて、何も考えずに獲物を狩って、その辺で寝て、それで通用するようなシンプルな暮らしを送りたかったよ」


「私もです」


「けど、人間に生まれたんだから仕方ない」


「ですね」


「次々災難に見舞われて悩みも尽きないんだろうが、これでも一応、俺もお前を気にかけてるんだ。なんかあったら相談に乗ってやるから、進退極まる前にちゃんと相談しろ。

自分独りで抱え込むとろくな事にならないぞ?」


「…ダニエーレさんがもっと頼り甲斐があれば、ホント理想的だったのに…」


「…俺は貴族でもなんでもないただの傭兵だが、これでも腕は確かだし、女から見て、それなりに優良物件で『理想的』な筈だぞ?」


「自分で言うんだ?」


「自分で言わないと、お前は言ってくれなさそうだから?」


「とにかく、なんかあったら相談に乗ってもらいます。でも進退極まるような深刻な社会的危機に関してはダニエーレさんに相談できないでしょうね。

せいぜい愚痴を聞いてもらうくらいかも?」


「それでも良い。縁あってこうして知り合いになったんだ。俺自身がお前に大した事はしてやれなくても、俺の知人の誰かがお前にとって九死に一生を得るような役割を果たす事があるのかも知れない。

人同士の縁は意外に偶然が作用して、幸せになるべき者にそれを届けるものさ」


「そうかも知れません。というか、そうだったら良いなって思います」


「お前の顔を見られて良かったよ。こういう商売だと、知人がいつの間にか死んでたりって事も多いからな。できる限り知人らの安否確認はするほうなんだ」


「情に厚い人ですね。だからベッタに利用されたんですよ」


「アレもアレで幸せになって欲しいよ。ダレッシオじゃイジメられてたんだろ?」


「…子供達の陰湿さを助長する環境でしたからね」


「…逃げ出せた後まで延々トラウマを引きずったりするなよ。俺はお前の生意気で強いところが気に入ってるんだからな」


「善処します」

ジェラルディーナはそう言いながら

(ダレッシオのトラウマは克服できても、前世のトラウマは克服できそうにないな…)

と思った。


ダニエーレは『転生者』という存在を知らず

「神子とはなんなのか?」を知らず

社会というものを無邪気に見ている。


だからこそジェラルディーナは

(私とは違う、明るい世界の住人だなぁ…)

とダニエーレを眩しく感じた…。



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