「二度と会ってはいけない」
「備品室か…。あそこなら話の腰を折るような邪魔は入らないだろうな…」
とトリスターノもロベルトの提案に頷いて
ジェラルディーナの手を握り
「それじゃ行こうか」
と微笑んだ。
(…手を繋ぐ必要があるのかな…)
と疑問に思うがいちいちツッコミを入れるのが面倒だ。
それでも触れられると動揺する。
顔が赤くなって身体に震えが走りそうになるので
(「目的意識」「目的意識」)
と心の中で唱えながら、身体に起こる現象をやり過ごす。
ビビアナ・ドニゼッティが大人しく姿を隠したままではいられないように刺激するのが目的。
それを思い返すことで火照りそうになる身体を冷ます事ができた。
備品室に入るとトリスターノは
「ずっと『また君に会わなければ』と思ってた」
と真剣な眼差しで宣うた。
ジェラルディーナは
(私はずっと「二度と会ってはいけない」と思ってた)
と心の声で抗弁した。
「…子供の頃から、ずっとおかしな夢を見ていた。自分ではない誰かの視点で、全く知らない人達が夢の中で友人や親族として登場する夢…」
トリスターノがそう言い出すとーー
ジェラルディーナの心臓がドキンと大きく跳ねた。
「…最初は『夢に登場する人達に意味があるのだろうか?』と思っていた。
だからロベルト・フラッテロと初めて会った時に『何の意味があるんだろう?』と思って気になった。
婚約者のフィロメーナが不在だからといって後輩の男子に気を移したなどと噂になるのはマズイと思い、ロベルトへの興味は封印し続けていたんだ。
だけど、直ぐにロベルトへの関心は消えた。夢に病気療養中の筈のフィロメーナが出てくるようになったからだ。
俺は『フィロメーナこそが俺の運命の相手だったのか!』と思うようになって、せっせと手紙を書いて見舞いの品をドニゼッティ男爵領へ贈るようになった。
男爵がそれに味を占めたという事なのか、何故か男爵はフィロメーナの従姉妹を養女に迎えた。
その後直ぐにフィロメーナは病気療養中ではなく行方不明になっていたという事実を知った。
フィロメーナの夢を見なくなった頃に君が現れて、その頃から夢に出てくる人物もガラリと変わった。
何処かの貴族家の屋敷内の風景や、そこで働く人々。小さな赤ん坊などが出て来て『何かがオカシイ』と思うようになった。
『俺は根本的に間違ってるんじゃないのか?』と思うようになった時に君が侍女服の姿で、あの日、中央騎士団の訓練場に現れたんだ。
それで流石に気がついた。『俺にとっての運命は、夢に出てきた登場人物のほうではなくて、その夢を見ている側の人物だ』という事を。
そう悟って、君の事ばかり考えるようになってからは、君の視点と思しき夢を見なくなった。
それでいて、俺の視点でも、君の視点でも無さそうな夢は未だ見続けている。
俺の運命は君の筈なのに…。何が一体どうなっているのか…正直混乱してるけど、それでも君に会って、どうしようもなく惹かれている事実を告げておきたかった…」
「「………」」
ジェラルディーナだけでなく、ロベルトも無言だ。
トリスターノの話はロベルトに対しては
(「夢がどうとか」って、単に自意識過剰の妄想狂なんじゃ…)
と精神異常者に対する恐怖心を感じさせたし
ジェラルディーナには
(…自分が【強欲】の加護を持つ『転生者』だと知らないんだな…。多分、前世の記憶がなくて、それらの事実を誰にも教えてもらえていないから、こういう「運命」云々の発想になってるんだな)
という推測を生じさせた。
(…フラティーニ侯爵が奥方様を「自分を子猫だと思い込んでる虎」扱いしている気持ちがよく分かる…)
トリスターノの言う「惹かれている」云々は
彼から見てジェラルディーナの見た目が好ましく
彼に前世の記憶がなく
自分自身の魂の兄弟姉妹は彼にとって虐待・搾取対象だと知らず
全てを恋愛フィルターで見てるからこその勘違いだ。
(…事実を指摘すると、絶対、ろくな事にならない。だけど、勘違いにつけ込んで「万が一、前世の記憶が戻った場合に備えて懐柔しておこう」とか振る舞うと、これまた面倒な事になる)
と瞬時に悟った。
(どうしたものやら…)
思わず溜息が漏れそうになるが
トリスターノのほうはジェラルディーナの反応を伺って、ジッと彼女を見詰めている…。
ジェラルディーナは咄嗟にサルヴァトーレのことを考えた。
(あの男。気のある素振りを見せて「好きだ」とか言ってたくせに、私をランドルフォ・フェッリエーリと引き合わせようとしたし…。あの男の言う「好きだ」は「やり捨てする気満々」の不実極まるものだと分かった。うん。…あの男に迷惑をかけても、私は罪悪感とか全く感じずに済む)
素早く、そう計算。
ジェラルディーナは視線を伏せて悲しげな表情を作る。
そして
「…お気持ちは大変嬉しいのですが…実は先日からサルヴァトーレ・ガストルディ侯爵令息とお付き合いさせていただいておりまして、今現在、他の方のお気持ちにお応えする事はできない状態です。
平民の身では貴族家の方から賜る寵愛を退けるのが難しく、そうした事情で既にガストルディ侯爵令息と懇意にさせていただいてますので、その件に関して私の方からは何も申しあげる事ができません。何卒、ご容赦くださいませ」
と説明して深々頭を下げた。
ロベルトが
「えぇぇぇ〜!いつの間に!あの眼鏡先輩と付き合ってんの?」
と露骨なことを言ったが
端的に言えばその通りだ。
要はサルヴァトーレと付き合ってるから付き合えないというお断り。
「サルヴァトーレ…。いつの間に…。まさか、あの日、彼が君を追いかけて行った後で、すぐにそういう関係になったのか?」
「いえ、あの日は送っていただいただけで。後日、お屋敷に訪ねて来られたり、一緒にお出かけさせていただいたりした後、お付き合いを申し込まれました」
(正確には「(俺が侯爵になったら)悪いようにはしないから見返りを寄越せ」的な要求だったけど…)
「平民だから断れないと思って…。なんてヤツだ…」
「「………」」
((それを言うなら、貴方もでは?))
「君の気持ちは分かった。君の側からは貴族令息を追い払えない状況も。その件では俺が直接サルヴァトーレと話をしたいと思う。
不安かも知れないが、結婚に結び付かない交際を自分独りの欲で押し通して平民女性を弄ぶような貴族令息を野放しにしておく社会は間違っている。
君がこれ以上、ゲスな男の欲望の犠牲にならずに済むように俺も力を尽くしたい。どうか、祈っていてくれ。
あの男を無事に追い払えて、何の障害もなく俺達の想いが実ることを」
「…はい」
トリスターノの脳内前提ではジェラルディーナもトリスターノに惹かれているという事になっているらしいのが気になるが…
ジェラルディーナはとりあえず色恋沙汰の問題にはサルヴァトーレが矢面に立ってくれるものとして、これ以上トリスターノとの関係について考える事を放棄する事にした…。