情報交換
サルヴァトーレ・ガストルディの中では
「ミーニャ=エルミニア・オルネラス=予言者」
と、ほぼ確定してしまった。
サルヴァトーレはアベラルド・フラティーニ侯爵を訪ね、ルクレツィオ・フラティーニとチェザリーノ・フラティーニ、更に「オドル」も居合わせた中で情報交換を試みたのだ。
その結果、アルカンタル王国の行方不明者リストを入手できた。
ポンペオ・フォルミッリに依頼したダレッシオの出入り調査では、おそらく予言者関連について何も掴めない。
そして何も掴めないからこそ
「アルカンタル王国占星庁が慎重に動いてエルミニア・オルネラスを救出したのだ」
と見做せる可能性も高くなる。
(あの連中がしくじる筈がないんだ…。特に「予言者」が絡んでいるのなら…)
「スペクルム」が言っていたことではあるが
「アルカンタル王国占星庁が(コンテスティ家が)過剰なくらいに予言者関連の情報を隠蔽する」
ような時代は、確かに
「予言可能期間が長く、尚且つ予言内容が不吉」
という事が多かった。
それを考慮すると
(一体、この世界は今後どうなるんだろうな…)
と不安を感じる。
あと、ルクレツィオ・フラティーニの存在。
当人は「エチセロ」だとは認めなかったが、間違いなく「エチセロ」の筈だ。
(あんな化け物がそんなに何人も居てたまるか)
そのルクレツィオは
「駆け引きも陥れも無しで正攻法でアルカンタル王国占星庁とコンタクトをとる方法は無くもありません」
と言っていた。
リベラトーレ公国まで出稼ぎに来ているアルカンタル人の行商人達がルドワイヤン人の成りすましなどではないのなら、結構な確率で自国の貴族と関わりを持っているし、外国進出する商会の後ろ盾となるような貴族達の中には必ず占星庁職員が紛れ込んでいる、という話だ。
「なのでアルカンタル王国占星庁とコンタクトをとりたいなら、先ずはアルカンタル人を自称する偽物と本物とをちゃんと見分ける事です」
との事。
それに関してはポンペオ・フォルミッリから受け取った情報が役に立った。
国籍を偽る者達の瞳の色や顔立ちや訛りなどの細かな特徴を知ることができた。
(ダレッシオ経由でアルカンタル王国に入り込むルドワイヤン人に関する情報に限っての話だが)
ポンペオからの情報も写しをとり、写しの方をフラティーニ侯爵へ渡す事になっている。
受け渡しにはダニエーレ・ガスパリーニを使う。
異端審問庁に捕まって保釈されたダニエーレならフラティーニ侯爵派にとって、この上なく身元が確かだ。
ガスパリーニ士爵家はガストルディ侯爵派の私兵だが、ヴィルジリオ・ガストルディ個人の私兵ではない。
ヴィルジリオ・ガストルディがガストルディ侯爵である間はヴィルジリオにも使われるだろうが、ヴィルジリオの地位は実は安泰ではない。
リベラトーレ公国占星庁にとって人命の価値は低い。
占星庁が「直ぐにでもガストルディ侯爵位をチプレッソに継がせよう」と思えば、明日にでも狩られる命だ。
まぁ、だからこそ目先の欲に邁進して大局に関しては何も見ない生き方へとのめり込んでしまうのだろう。
誰だって一寸先は闇という状況での権力を存分に心安らかに楽しめる訳ではない。
「いつ全てを奪われるか分からない」という強迫観念があるから人間は加減や有効値を把握し損なって、諸々をやり過ぎる。
許容範囲を逸脱してしまう。
「全てを奪われる」という不安通りの現実を引き寄せてしまう。
(思えば伯父の拝金主義は異常だったよな…)
とサルヴァトーレは少しヴィルジリオに同情する。
ともかく今はやらなければならないことが多い。
(「スペクルム」から約束の魔道具を受け取って、婚約者令嬢に会いに行く。ジェリーのご機嫌伺いに行けるのは、その後だな…)
と今後の算段を立てる。
「ジェリー…。怒ってなきゃ良いけど…」
と心配はしているが、アベラルド・フラティーニ侯爵はサルヴァトーレとジェラルディーナの交際を容認している。
(「スペクルム」に対する対応とは雲泥の差だし、ヤツとは違って、俺は認められているんだよな?というか、俺はジェリーに嫌われてないんだよな?)
そう思う事にして不安を呑み込んだ…。
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ブリーツィオ・バルドゥッチはドニゼッティ男爵を警備隊詰め所まで連行した後、警備隊役員を呼び出して、ドニゼッティ男爵の事情聴取に立ちあった。
ドニゼッティは
「俺は間違っていない!」
と激しく思い込んでいる。
自分を正しいと思い込んでいる一般人は
「他人に自論を話して共感させたい」
欲求を持つので、情報を変に隠したりはしないものだ。
訊かれるがままに答えていた。
そこで分かった事は
「ドニゼッティ男爵にジェラルディーナ・フラッテロの事を吹き込んだヴァレンティノ・コスタの母親はレオパルディ公爵家の侍女と接触して支援を受けていた」
という事。
ドニゼッティ男爵は
「自分が『伝統保持派』の悪行を暴露してしまっている」
という自覚もなく、その話をしてしまっている。
ブリーツィオもトマーゾも当然のように最大派閥の「現状維持派」。
リベラトーレ大公家を支持する派閥の一員だ。
(うわぁ〜…。レオパルディの姫さん、全然隠す気も無かったんだな。ブスのくせに性格までブスなのかよ。…全く「伝統保持派」のバカどもの好戦嗜好には呆れるぜ…)
ブリーツィオはアルフォンシーナ・レオパルディ公女の顔を思い浮かべる。
(アレに比べたら、実はベッタみたいな女でも数段マシか?…マジでレオパルディの姫は頭オカシイからな…)
と思いながら、とても大事な事を思い出した。
「そう言えば…」
(レオパルディの姫アルフォンシーナ嬢はジェラルディーナ・フラッテロと同じ歳だった筈…。ジェラルディーナはアルフォンシーナと魂の姉妹だったのか?それとも…)
ブリーツィオの脳内には
「現大公が大公位を継ぐ時に行われた大量儀式殺人」
の事が浮かんだ。
「自分の魂の兄弟姉妹ではなくても、同じ歳の『転生者』を【強欲】ごと殺すことで、別グループの徳力まで搾取できる」
と言われていた時代がある。
勿論、それは前世の記憶のある【強欲】の加護有りに限った話。
前世の記憶のないアルフォンシーナがどれだけ同じ歳の「転生者」を殺しまくっても徳力の搾取はできないのだが、納得したくないのだろう。
「…チラッと見ただけだが、ジェラルディーナ嬢、可愛いかったなぁ…。俺、ベッタの護衛じゃなくて、あの子の護衛が良かった…」
ブリーツィオは筋金入りの女好き。
ブスを相手にする事も可能ではあるがブスよりも美女の方が断然好きなのは普通の男と変わりない。
そして美少女・美女を「社会内の公共資産」として捉えている。
そんなブリーツィオからすれば
アルフォンシーナが(ブスが)のさばり
ジェラルディーナが(美少女が)殺されるような
そんな社会情勢は許容できない。
「『伝統保持派』の奴らめ。いい加減、去勢が必要なんじゃねえか?」
思わず本音を口にしてしまうブリーツィオなのであった…。