変化
ジェラルディーナは自室のベッドに潜り込んでフテ寝した。
逆恨みで襲撃された時に感じた悪意も
サルヴァトーレが実は全然ジェラルディーナを好きじゃなかったという事実も
ジェラルディーナを混乱させて惨めにさせていた。
(辛いと思ったら寝るに限る…)
だが状況はジェラルディーナの側の心情とは無関係に日々動いている。
「侍女長が馬車事故に遭って生死不明の重体なんだって!」
とバタバタ駆け回る足音が廊下から聞こえてきた。
(…ん?「侍女長」?ロザリンダさんのこと?)
「…あの人、事故に遭ったのか…」
とジェラルディーナも少し気になった。
女中達の情報網の中で情報が錯綜しているらしい。
「リベラート公爵邸の門を出て直ぐの所で他の馬車と出会い頭の事故だって」
「リベラート公爵邸の上級使用人の誰かと会ってたみたい」
「あの屋敷の上級使用人は皆既婚者だから不倫してた可能性が高いみたい」
「ウチの侍女長って独身だったよね?歳、幾つだっけ?」
「28とか29くらいじゃない?30前」
「バカね。33だよ、あの人」
「えっ、そうなの?」
「アタシの再従兄弟が王立学院時代の同級生だから間違いない」
「この前、他の侍女との会話で『もうすぐ30にもなる歳だから』って自分の事言ってたけど、嘘だったんだ?」
「33にしては若いよね?」
「顔自体は老けてるよ。態度がオトナ気ないというか、落ち着きがないから、いい大人なのに小娘くさいだけさ」
「辛辣〜」
「重体なら死ななくても後遺症とか残りそうだし、復帰の見込みは低いだろうから、別にもう遠慮は要らないだろ?」
「えっ?死なないの?」
「アタシ、あの人がこのまま死ぬかも知れないと思って、悪口控えたのに」
「死者に鞭打つなって訳?」
「そう。あの人さぁ…あの歳まで独身だなんて、何かオカシイなって最初から思ってたの」
「一度は結婚してるんじゃないのかい?」
「子供ができなくて離縁された口なんじゃない?」
「女中頭だった誰かさんみたいに若い女に乗り換えられたとか」
「バルダッサーレ伯爵邸の男性使用人はそういう事しなさそうだけど」
「分からないよぉ〜?」
「ウチの侍女長自体、性的嗜好が変態だったかも知れないじゃん」
「それなんだけど、アタシ見ちゃったんだ」
「何を?」
「あの人が路地裏で14〜15歳くらいの美少年にキスしてるところ」
「「「「えぇぇぇぇ〜っっ!!!!」」」」
「30過ぎのオバサンがそんな若い子に手を出すなんて犯罪じゃない?!」
「コワッ!」
「中年女がトチ狂うと、そんな歳下好きになるんだぁ…」
「犯罪だよね」
「前途ある若者の未来を潰す行為だね」
「この際だから死ねば良いのに」
もうみんな言いたい放題だ…。
(ロザリンダさん、33歳だったのか…)
と、何故かそこだけは信じてしまったジェラルディーナだった…。
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同時進行でスザンナへの排除も始まっていたらしい。
「乳母の乳が出なくなった」
とかで
「お役御免なんじゃないか?」
という話も持ち上がっている。
(侯爵様…。奥方様とは仲良くしたいって言ってたけど、侍女長や乳母とも仲良くしたいとは一言も言ってなかったな…)
とジェラルディーナは改めてアベラルド・フラティーニ侯爵の意向を思い出した。
排除までもっと時間が掛かるかと思っていたが
(何か背後で急激な事情の変化でもあったのかな?)
と少し気に掛かった。
使用人用の部屋に居ながらにして聞こえてくる女中達の噂話だけでもそこそこ
「何か起きてる」
のは分かったが、今度はフランカがジェラルディーナの部屋まで乗り込んできた。
「ちょっと!ジェラルディーナ!なんか今日、すごい事になってる!」
とフランカは興奮しまくりである。
「女中達のお喋りの声が今日はことさら大きいから、皆、今日は声が高くて妙に興奮してるなって思ってたんだけど。フランカは何を聞いたの?」
「もしかしたら女中達のお喋りで聞こえてたかも知れないけど…」
そう言って語り始めたフランカの話は女中達の話とよく似てはいたが、更に詳しかった。
「ロザリンダがリベラート侯爵邸の門から出る出会い頭に馬車事故に遭った」
「それによってロザリンダが誰を訪ねていたか明らかになり、訪問の目的まで調査された」
「ロザリンダは身の程知らずにもリベラート公爵をストーキングしていて、リベラート公爵の動向を公爵の侍女から聞き出していた」
「いつもはバルダッサーレ伯爵邸の裏庭の四阿で情報を受け取っていたが、公爵の侍女が約束の時間に現れなかったため、公爵邸まで押しかけていた」
「少なくない金の受け渡しが何年も前から行われていた」
「ロザリンダには既婚歴が無いのに子供がいる」
「その子供の父親はリベラート公爵かも知れないし、そうではないのかも知れない」
「事故の後遺症が酷く、歩行困難となるため侍女長の仕事を辞することとなる」
「自国の公爵の動向を探っていたという事もあり、それが個人的恋情に基づく行動と証明されるまで異端審問庁で拘束される」
と、まぁーー
そういった顛末をジェラルディーナはフランカに聞かされたのだった…。