名前教えてくれませんか
執事の話は私の脳内を疑問符で埋め尽くした。
理解できずに唸る私。
今この思考できている感覚は紛れもなく現実だ。
だとするなら異世界にきてしまったということになる。
「それではお着替えの後、お食事を用意させて頂きます」
執事は静かに微笑むと、手を軽やかに二度、叩いた。
パン、パン――
その音が夜霧の城の静寂を切り裂くと、
まるで闇から湧き出るように、二人のメイドが現れた。
彼女たちは黒と青を基調とした優雅なメイド服を身に纏い、
スカートの裾は夜の波のように揺れる。
仄暗い光の下、青の装飾がまるで星のように輝き、
静かに礼を取る姿は、まるで暗闇に咲く花のようだった。
「メリュジーヌ様、お召し替えのご準備をいたします」
彼女たちは柔らかな声でそう告げると、迷うことなく主人公へと歩み寄る。
その動きは淀みなく、計算され尽くした優雅さを持っていた。
執事は一歩引き、深く一礼する。
「では、私はここで失礼いたします。ごゆるりとお支度を――」
「ま、まって!あなたは……名前は?」
執事は足を止め、ふと振り返る。
一瞬悲しそうな表情をしたが、すぐに彼は薄く微笑んで見せた。
そして、低く、静かな声で告げた。
「――タナトス。それが、私の名でございます」
その言葉が落ちると同時に、
まるで影に溶けるようにタナトスは静かに部屋を後にした。