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固い戸

作者: 雉白書屋

 ある日、一隻の宇宙船が空から地上に降りてきた。着陸地点は街中の開発予定地で、広々とした空間が広がっていた。真昼間だったため、空から降りてくる宇宙船を多くの人々が目撃し、その結果、人々が次々と宇宙船の周囲に集まってきた。

 当然のことながら、マスコミも駆け付けカメラを回し、そして警察や政府関係者が規制線を設けた。彼らは集まった人々を制御しつつ、宇宙船に近づいていった。

 それにしても、いつかこんな日が来るとは思っていたが、まさかそれが今日だとは。歴史的な瞬間、宇宙人との初の接触。これをきっかけに、惑星間交流が始まるに違いない。むろん、相手の機嫌を損ねなければの話だが……。一同、再度ネクタイを締め直し、背筋を伸ばして緊張した表情で宇宙船から宇宙人が出てくるのを待った。


 待った。

 待った……。

 待った…………。


『宇宙人はまだ出てきません……警戒しているのかもしれません』と各テレビ局の現場リポーターがカメラの前で声を抑えて伝える。デスクに肘をついたコメンテーターが『こんなに集まって大丈夫なんですかぁ? 必ずしも友好的とは限らないでしょう。突然、攻撃を仕掛けてくるかも。いや、すでにウイルスを散布していたりして』と無責任に不安を煽った。

 しかし、世紀の瞬間をこの目に、そしてスマートフォンのカメラに収めようと人々がさらに押し寄せ、ひしめき合い、現場では時折、怒号が飛んだ。

 ただ待っているだけにも限界がある。腹が減ったと出前を頼む者もいれば、キッチンカーが現場に到着し商売を始め、金の匂いを嗅ぎつけたのか、屋台が続々と広がりを見せた。


「まったく外野はお気楽だな……」と政府関係者が渋い顔をするが、緊張感はそう長く続くものではない。彼らも少し心に余裕が出てきたのか、宇宙船に近づき様子を探ろうと試みた。

 もしかしたら無人の調査船なのかもしれない。あるいは何かトラブルがあり、乗組員は中で死んでいる、もしくは動けないのかもしれないと考えた。

 しかし、調べたところ、中から音がすることがわかり、無礼があってはまずいと慌てて離れた。毅然とした態度でいなければならない。ただでさえ、向こうのほうが科学力は上なのだ。物珍しそうに群がり原始人扱いされては対等な交流も何もない。


「……そういうことであれば、余裕を見せるために歓迎の準備をしては?」

「いいな。レッドカーペットを敷こう」

「あそこがドアっぽいですね。着陸の際に地面にめり込んだのでしょう。それに斜めになっている。クレーンで吊り上げ、台座か何かの上に乗せて差し上げましょう」

「いや、勝手に動かすのはさすがに失礼ではないか?」

「しかし、こうも何も動きがないというのはおかしい。きっと我々をテストしているんだ。どういった反応をするか見ているのだ」

「少なくとも歓迎の準備をして損はないだろう」

「ああ、ここは一つ聖火台のような立派なものを作ってやろう。ケチらずにな。費用は税金だ」

「では、工事は私の知り合いの会社に任せましょう」

「いやいや、私の友人の」

「いやいや私の」


 と、あれよあれよという間に宇宙船は立派な装飾が施された台座の上に安置された。そこから伸びるのは緩やかな階段と手すり、そして下にはレッドカーペットが敷かれた。日が落ちると宇宙船はライトアップされた。

 そして朝が来ると、首相が現場に現れ、宇宙船に向かって歓迎の言葉を述べた。花火が上がり、音楽隊が歓迎の演奏を始めた。しかし、曲が終わっても宇宙船のドアは開かず。それから一晩が経ち、二晩が経ち、政治家もマスコミも野次馬も入れ替わり立ち代わりで宇宙人の登場を待った。連日のように特番が組まれ、屋台では食べ物の他に宇宙人関連のグッズなどが彩り豊かに並び、さらには射的やくじ引き、金魚すくいなど、それからこの騒ぎを聞きつけて田舎から出てくる者もおり、記念撮影をして宇宙船に酒や花を供えたりするなど、お祭り騒ぎが続いた。それにはどこか未知のものに対する恐怖心もあったのかもしれない。「危険だ! 全員殺されるぞ!」とわざわざ現場に来て叫び出す者もいた。また、「税金の無駄遣いだ!」「使途不明金はどうした!」などと言う者もいた。いずれも警備員によって、腹を殴られすぐにつまみ出された。ええじゃないか、ええじゃないか。どうでもいいじゃないか。地球は終わるのかもしれないんだ。と、人々は躁病者のように笑い、踊った。

 そして、ある時。ついに宇宙船が音を立てた。

 人々は一瞬動きを止め、そしてすぐに歓声を上げた。ついに、その時が来たのだと現場は緊張感を取り戻した。ドアが開く。


「……あ、やあ、どうもどうも。えー、手厚い歓迎をありがとうございます」


 と、翻訳機を使用しているのか、どこかたどたどしくも言葉が通じることに一同は一安心した……が。


「いやあ、私、実は妻と共に新婚旅行で来たのですが……ははは、いやぁ、宇宙は広いですなぁ。私、降りる惑星を間違えてしまい、ははは……それで、妻に叱られながら目的の惑星の位置を調べていたら、この騒ぎで、ああでも皆さんの歓迎のおかげで、妻が気を良くしまして、ちょっと外に出て挨拶しましょうよなんて、でも妻ったら晴れの舞台ということで準備に時間がかかってしまい、ほら、わかるでしょ? 化粧やら何やらね」


 と、宇宙人は冗談交じりに話したが、その言葉は地球人の耳にはよく届いていなかった。

 宇宙人の妻と思われるその存在の、眼球が半回転するほどの毒々しい見た目と、そして香水あるいは体臭だろうか、宇宙船が開いた瞬間に放たれたガス攻撃かと思うほどの異臭に、その場に居合わせた地球人一同は嘔吐したのである。現場には微妙な空気が漂ったことは言うまでもない。

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