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パンの呪い

ここから本編です。

 まるで水の中にいるような音が周囲を飛び交い、とにかくうるさいと感じたことを今でも覚えている。

 そして次の瞬間、衝撃が全身を襲い—おそらく背中を叩かれたのだろう—2度目となる大きな産声をあげた。

 しばらくしてから目が開けられるようになり、ぼんやりとした二人の人物を恐れながら、煉獄に自らが落ちたと確信し、これからの刑罰に怯え、頑なに信じなかった神とやらに敬虔を装って祈った。(今考えると見苦しく、忘れたい記憶だ)

 そこからの事は曖昧だがひたすらに戸惑ったことは記憶に残っている。


 しばらくして()()理解した、2度目の人生が今始まったことを。



 そして現在に至る。僕はどうやら日本と言う島国に生まれたようだ。それも、僕が歩んできた時代のはるか先の未来に。

 僕は久山(ひさやま)(たつき)と名付けられ、親の愛情を一身に受けて育った。

 母親は主婦で、日々僕の世話や家事をこなしていた。父親は、何の因果かパン屋を営んでいた。

 というのも、僕はこの頃パンが嫌いになっていた。前の人生では、一生の半分近くをパン作りに捧げてきたし、年老いてからもパンの絵を度々描いた。

 そして、嫌というほど食べてきたのだ。僕はパンの呪いにでもかかってしまっているのだろうか。僕はもう純粋な気持ちでパンを食べることは出来ないかも知れない。


 どうやら今日から僕は、幼稚園というところに通うらしい。なんでもそこは、たくさんの子供と一緒に遊んだり学んだりする場所のようだ。

 そこで僕は、今世の子供達への立ち振る舞いを考えなくてはならいことに気が付いた。

 まだ家族内であれば、親が子供を過剰に評価するのはよくあることで済まされていた節があったが、ここに他者が介在してきては話は別だ。

 魔女裁判にかけられて処刑されてはたまったもんじゃない。いや、まだ魔女裁判が存在していればの話だが。

 とにかく、異端に映ることは間違い無いだろう。

 どの程度であれば不自然ではないか見極めなくては...。田んぼに囲まれた道を進む母親の自転車に揺られながら、そんなことを考えているのであった。


 技術の進歩には驚かされた。特に写真だ(幼稚園の先生に教えてもらった)。

 僕は本を読んでいるときに、とても精密な絵を描く者が現代にもいるものだと感心していたのだが、どうやらそれは違ったらしい。こうなると、絵を描く人がいないのではないかとも思ったが、それも杞憂であったようだ。

 現代にも絵を描く事を生業にしている人々はいる。それを知って僕は安堵した。まだ僕は描き足りない。せっかく2度目の生を与えられたのだ、これを利用しない手はないだろう。


 写真という技術は確かにすごい。が、まだあの日出会った青年の絵には遠く及ばない。何分昔の記憶であるから、美化されているかとも一度考えたがそれはない。私の憧れたあの絵には魂が入っていた。

 そう考えると現代の芸術に俄然興味が湧いてくる。

 前の時代では、他人の絵を見ることに興味がなかった。いや、興味がなかったのではなく、比べるのが怖かったのだろう。そしてそれは、あの日を境に確信に変わった。

 それからは絵に逃げてきたのだ。そして、逃げても何も変わらなかった。それが今なら実感できる。

 逃げてはダメだ。幸い技術の進んだ今の時代であれば世界中の素晴らしい作品を見ることができるようだ。

 それを見て、感じて、腑の煮え繰り返るような悔しさを糧にしなければならない。そう固く決心した瞬間であった。


 父親の営むパン屋に時々、母親と共に連れて行かれる。

昼間なんかは結構混雑していて、経営はうまくいってそうだった。そこで売られているパンは前の時代に作っていた物とは似ても似つかず、辛かったり、ヘンテコな色合いをしていたりと考えられないような物であったが、どれも美味いということは共通していた。

ここにくるときは決まってパンを食べさせられた。何でも僕は新商品の味見役なんだそうだ。


「どうだ、今回は前のより甘くしてみたぞ」

「うん、美味しいよ」


 そういうと、父は満面の笑みで返してくる。元パン屋の身として、本心からこのパンは美味しいと思えたので、正当な評価を下した。だから父よ、もうパンを勧めてくるのはやめておくれ、パンはもう懲り懲りなんだ...。






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