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プロローグ もう一人のレオナルド 

お手柔らかに。

 1452年イタリア

 この年、とある男の子が生まれた。彼の名はレオナルド。そう、ヴィンチ村の...隣の隣にある、()()()()で生まれたレオナルド・ダ・ビンチ(Leonardo da Binci)である!!!



 時は過ぎ、レオナルドは順調に成長し、フィレンツェの外れにあるパン屋でせっせと働いていた。というのも、彼の父親は病に伏してしまい、食い扶持に困った彼の家族は、親戚が経営するパン工房で彼を見習いとして働かせることにしたのだ。彼に選択肢はもちろんなかったが、幼い妹のためを思って、仕事に精を出していた。


  日暮と同時に仕事は終わり、帰宅する途中に絵を一枚描くのが彼の日課であった。

「レオナルド、今日は俺の絵を描いてくれよ」

 同僚から声をかけられ、二つ返事でそれを承諾した。 鉛筆と紙を取り出して、真剣な表情で描き始める。


 きっかけは一枚のパンの絵であった。

彼の絵はたちまち注目を浴びて、ついには工房の壁に貼られることとなった。

なぜそこまで人を惹きつけたのかというと、彼の絵の奇抜さが原因だ。彼は絵が下手であった。いや、下手であるのに人を惹きつけるのというのは、ある種矛盾しているかもしれないが...。

少なくとも彼は全く写実的な絵は描けず、彼の場合はただ、度が過ぎて下手だったのだ。

そしてその、時代を先取りし過ぎたとも取れる彼のピカソ風の絵は、彼の周りを次第に魅了していったのである。


「ほらできたぞ」

「相変わらず凄い絵を描くな、画家にでもなったらどうだ?貴族様に気に入られれば食うに困らないだろ?」

「思ってもないことを言うなよ」


 実際、前衛的な彼の絵は人を惹きつけるような力はあるが、悪く言えばそれだけで、有名な画家がみたら鼻で笑われる様な、あくまで身内に受ける程度であると彼は理解していた。

それに、彼は今の環境に満足していた。仲の良い同僚に囲まれ、大好きな絵を描ける毎日。

妹のことが気にはなるが、それも一時的なものである。

「これでいいんだよな...」

 小さな呟きが空に消えていくのであった。



 数年後、彼はニコという女性と結婚して子供も授かった。彼の両親はすでに、ほぼ同時期に他界し、その後を追うように妹も翌年に亡くなった。

 彼は今も絵を描き続けており、相変わらず絵は下手だった。彼はパン工房で一人前として認められ、人並み以上の生活が営めていたが、彼の第一子が早くに亡くなったことを皮切りに、彼の中でこのままでいいのかという、どうしようもない不満が彼を襲う様になった。


 そんなある日、パン屋に強い眼差しを持った美しい青年が訪ねてきた。なんでも、彼は普段絵を書いており、工房に飾ってある絵を描いた人物と話がしたいらしい。

 青年に私がその絵を描いたことを伝えると、青年は興奮して、どのように描いているのかだとか、他にも絵はあるのかと質問責めにされ。

 その熱量に押された私は、その青年と仕事が終わった後に会う約束をした。


 夕暮れ時。待ち合わせの場所に青年はいた。

 どうやら絵を描いていた様だった。そっと近づいてその絵を見て、私は驚いた。

 驚くほど精巧なその絵は、工房のパンを目の前に存在させていた。

 私の視線に青年が気づくと、早速絵を描いて見せて欲しいと言われた。

 長年絵を描き続けてきたが、他人と自分の絵を直に比較したことがなかった私は描き終わった絵と先ほど見たパンの絵を見てあまりにもな見窄らしさに狼狽した。

 青年は私の絵を褒めてくれたが、私は描いた絵を今すぐにでも破りたかった。青年と絵についていくつか話をしたあと、私の絵が欲しいと言われ渋々いくつか差し出してから別れた。

 そういえば、彼の名前を聞くのを忘れていた。さぞ有名な絵描きに違いない、今はそう思いたかった。


 彼と別れた後も、私の中で彼の絵が何度も思い出された。そしてある時気が付いた。私は絵が上手くなりたかったのだ。皆に褒められたいのではなく、圧倒したかった。独特な画風を認められるのではなく、なんて上手いのだと尊敬されたかったのだ。


 そこから私は、絵に没頭した。幸いパン工房は息子に継がせ、十分な蓄えがあった私は絵に集中することができた。そして、描いて描いて描いて描いた。ある時は寝る間も惜しんで描いた。寝食を忘れて描いた。だが絵は上手くならなかった。


 晩年、私は憤った。なんと残酷なのだ。

 何度描いても、あの日みた彼の絵には及ばない。あの絵に比べれば、私の絵なんて落書きみたいなものではないか。

 思えば私は、思い通りにいかない鬱憤と、やり場のない怒りを吐き捨てるかのように、妻にいつも強くあったってしまった。

 なんて優しい女性であっただろうか。ああ許しておくれ、この不甲斐ない私を。そしてもしもう一度叶うならば、彼女のために絵を描きたい。

そして、とびきり上手な、優しい眼差しをくれる彼女の絵を描きたい。


 そして私は亡くなった。妻のニコに看取られながら。

安らかに。

( ˘ω˘ )スヤァ…

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