遠き光を仰ぎ見る
南中少し手前、酷い猛暑の中、遠景に建物が見える。視界が滲んでよく見えないが、そこそこ大きい建物のようだ。日陰があるだけでも割と変わることを考えると、少しは涼めるだろう。目先の目標へとセットする。旅をするには小さな目標が必要だ。それが苦しい道行であるほど、ただ足を一歩前に進めるだけ、というような小さな、本当に小さな目標が大事だ。
その点で見れば、あの建物はちょうど良い。暑さを凌げる場所が見えるところにある、目指せる場所にあるというのは都合が良い。
「取り敢えず、あそこまで行こう。少しは涼めるだろうから」
同道者へと声を掛ける。たまたま知り合って、目的地が同じだから一緒に旅をすすめている、という以上の関係ではない。強いていうなら、お互いに一人が寂しいから、程度だ。口を開くと喉に乾いた温風が入り込んで喉が渇くことになるが、それについては割り切る。幸いにして水には余裕があるしな。
「次の街についたら何するよ」
「氷菓子が欲しいな。良い感じに甘くて冷たいヤツな」
まさにそういうものが欲しくなる。最も今なら氷を直に食べたって心地よいだろうが。まあそれは蛇足だ。大体、今の状態から唐突にそんな冷えた個体を食べたら多分吐くしな。魔法の一つもあれば、この場でちょうど癒される程度の涼を得ることも可能だろうが、そんな便利なものはありはしない。
太陽が天頂を過ぎてしばらく経っても、まだ建物にたどり着かない。それどころか、近づいたようにさえ思えない。自走式で逃げる休憩所とか、それ間違いなく訴訟モンだぞ畜生。
「なあ、よく見たらあれ、基礎部透けてねーか」
「……マジじゃん」
蜃気楼ってことか。さてそれは不味いぞ、何が不味いと言ってあれだ。目標が唐突に消し飛んだことだ。唐突な目標の消失は、心の支えが消えたことと同義だ。既に膝が笑い始めている。だからと言ってここで座り込むわけにも行かない。砂漠の日中は鬼のように暑いが、夜間は逆に驚くほど寒い。その差だけで風邪が引けるレベルだ。だから可能な限りさっさと出たいわけだが。
「……今の状況だと何言っても死亡フラグでしょ」
「うっさい。偽善だろうとなんだろうと言わせろよ畜生! すぐそこには休憩所があるってさ」
ほぼ八つ当たりみたいな物だ。どれだけ当たり散らしたとて、今の居場所に変化はない。それ故に、彼彼女たちは偽りの希望もない中今日も今日とて道を行く。