花冷えに酔う
3月の花冷えを迎えた時、柿沢自動車整備会社にひとつの別れがあった。
その日は、あの相良さんの独りぼやきも鳴りを潜め、いつもはうるさく感じるコンプレッサーの音さえ寂しく聞こえるようだった。
家族葬という事だ。
しかしお父さんは何とかご家族のご理解のもと、葬儀に参加させていただいた。
私は病院での別れが最後だった。
結局は許す、許さないということではなかった。
ただ家族の暗い過去を、今となったらどうしようもない事を、まざまざと見せつけられた感じだった。
憎しみなどはまったく無い。
ただ小さい頃から当たり前のようにいた人がいなくなってしまった寂しさが、今になって押し寄せて来た。
夕方、お父さんが帰って来た。
「須田ちゃん、逝ってしまったよ」
そのひと言の後、いつもの椅子に座り、請求書と見積書を作っていた。
閉店後、お父さんがまだ工場にいる事はわかっていた。
——時計の針は1:30を指していた
私はクローゼットから毛布を持って下に降りた。
普段は使わない裏ドアから事務所へそっと入ってみた。
「 ..お父さん 」
私はソファーの上で酔いつぶれたお父さんに毛布をそっと掛けてあげた。
ドアの音に気を付けながら表へ出ると、月の明りに桜の花びらが白さを増して輝いていた。
『明日、七海に会いたいな』
ふと、そんな風に思う。
花びらが舞い上がると、濡れた頬にそよ風が冷たく感じた。




