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感じ悪し

Visitから作成してもらった書類を持って、コースディレクターである片岡さんを訪れたのは、その週の金曜日の夜だった。


◇◇◇◇

コースディレクター

ダイビング協会の最上位のインストラクター。

インストラクター向けの講習プログラムを行うことができる資格を有している。

言うなればインストラクター用のインストラクターって言ったところだろうか。

◇◇◇◇


「この辺だと思うんだけどなぁ.. あ、あれかな? 」


路地裏にある店の入り口は、通り沿いにあるコンビニのノボリが邪魔してほとんど見えていない。


少し重いガラスドアを押すと[カラン]と乾いたベルの音が聴こえた。


「あの~、Visitから来た柿沢です 」


「あ、こんにちは! ちょっと待ってください 」


年のころは明里さんと25歳くらいだろうか?

ゆるいミディアムヘアーの可愛らしい女性だ。


「(スタッフの人かな? )」


女性は2階に向かって叫んだ。


「オーナー! 来ましたよー! オーナー! 」


[ ミシミシ ]と階段の軋む音と共に降りてきたのが片岡さんらしい。


「やぁ、どうも。悟志さんから話は聞いてるよ。え~とダイブマスターの.. 桃沢さんだっけ? 」

「あの.. 柿沢です。柿沢桃です」


「ああ、そっか、そっか。はい、はい、柿沢さんね。桃さんね。じゃあ、あれだ。桃太郎、いや桃太郎侍だな。そうだろ? 」

「えっと.. はい? 」


「まっ、どうでもいいけど、書類持って来たよね。ちょっとそこに座って待っていて」


私は書類を手渡した。

それにしても、いったい何なのだろう..

私は初対面早々で自分の名前を揶揄された上に『どうでもいい』と言われたことに、正直良い気分はしなかった。


「どうもごめんなさいね。いつもあんな感じなんだ。でもいいところもあるんですよ。あ、そうそう、初めまして。私、広瀬陽菜乃(ひなの)です。私もダイブマスターなんですよ。どうぞよろしくね」


「こちらこそよろしくお願いします」


陽菜乃さんはおしとやかなとても感じが良い人だ。


「ね? コーヒーと紅茶どちらがいい? 」

「私は紅茶.. あ、そんなお構いなく 」


陽菜乃さんはクスクスと笑いながら紅茶を入れてくれた。


「よかった。片岡さんはコーヒー派だから紅茶が好きな人が来てくれてうれしい。これでコーヒーVS紅茶論争は私が優位になった」


そう言いながら出してくれたアップルティーは甘い香りが漂っている。


「えっと、柿沢さんはダイブマスターになったばかりなんだよね。私も似た感じなの。今ね、ちょうどインストラクターコースに入ったばかりなんだよ」

「そうなんですね! よかった。じゃ、広瀬さんと一緒に出来るんですか? 」


「それは片岡さん次第だと思うよ。あ、私、陽菜乃でいいから。ここでは陽菜乃ってみんなに呼ばれているから」

「じゃ、私も桃でいいです。陽菜乃さん」


「桃ちゃん」


そういうとまた陽菜乃さんはクスクスと笑っていた。


2Fから片岡さんが再び降りて来た。

どうやら書類に目を通していたようだ。

書類をパサパサと腿に2,3度たたきつけると、


「ここに書いてある『週一で手伝い』ってさ。平日はダメなわけ? 」

「はい。平日は会社に勤めてますんで」


「そっか。で、無給で働くってVisitで働くってことなの? 」

「はい。少なくとも悟志さんが良くなるまでは手伝いたいなって」


「じゃ、悟志さんが良くなったら、あちらで働く理由もないわけだ。」

「はぁ。でもいろいろ学びたいな.. って」


「それ学んで何をしたいわけ? 何かするには理由ってのあるわけだ? それはあるんだよね? ま、今はどうでもいいか。君にはうちでも手伝ってもらうから」

「え? でもそんな勝手に.. 」


「勝手なのはお互い様だから。悟志さんだって先輩風いつまで吹かしているんだか。ビジネスなんだから、うちが損したら意味ないだろうよ」


片岡さんは小声でぼやきながら続けた。


「いいよ。いいよ。俺から悟志さんには話しておくから。ところでさ、『侍さん』のスキル的にはどんなものなの? 」


「一応、詩織さんには認めてもらいました。あと『侍』じゃありません。柿沢桃です」


私は少しムッとした。


「ははは。怒らないでよ。冗談なんだから。ところで認めるって言ってもそれって『素人』としてでしょ? 話にならないじゃん。だいたい詩織さんだってそんなに大したことないんだからさ」


腹立ってきた。

私の事はともか—— いや、私の事も含めて詩織さんを軽く見る発言が最高に感じ悪かった。


「陽菜乃、明日にでもこの人のスキルがどんなものか見てきてよ。なに水中の器材交換でもしてみりゃすぐわかるからさ」


こんな感じでサウザーダイビングでの一日目は終わった。

私は正直ここに通うのかと思うと気が重くなった。


帰り際に片岡さんが『ねぇ、これから鍋でもやるんだ。陽菜乃が誘ってるけど、一緒に食べていく? うまいよ』と今までの事がなかったのように軽い感じで誘ってきたけど、用事があるといって逃げて来た。


あの調子で話されたら私も爆発してしまうかもしれないから。


その夜は七海にLINEしまくった。

ほとんど片岡さんに対する悪口だった。


七海からは『おお~、もっちん久しぶりに荒れてるね~』と返信が届いた。

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