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夜の緑道

初島にある『島の湯』

オーシャンビューを楽しめる露天風呂だ。


「うわー! すごい爽快ですね」


萌恵ちゃんが湯船から身を乗り出して海を見る。


「ほら、明里さん、桃さん、船が通りますよ。少しサービスしてあげましょうか」

というと冷たい風が吹いてきた。


「寒い! 」

「ははは! 」


「でも本当に気持ちの良いお風呂ね。桃ちゃんもここは初めて? 」


ほつれ髪を指で(つむ)いでいる明里さんはとても色っぽい。


「はい。前に来た時はそれどころではなかったので」


「そういえば.. 」

萌恵ちゃんが哲夫さんの話題をしてきた。


たぶん明里さんは気を遣ってその事には触れなかったのであろうが、萌恵ちゃんはあの場にいなかった。

あの日の出来事をただの興味本位で話す人などいなかった。

そのため哲夫さんが名古屋に旅立つことも萌恵ちゃんは知らなかったのだ。


「それで明里さんがズバン! ってやったんですね。さすがです! 」

萌恵ちゃんの目が生き生きしている。


「でも、今にして思うとあそこまでやることなかったかしら.. ごめんなさい」


「いえ、ああでもしないときっと七海もおさまらなかったと思います。それに哲夫さんは覚悟しているようでしたし.. 大丈夫ですよ」


萌恵ちゃんが無邪気に『そう、そう』と頷いていた。



私はその後、『哲夫の部屋』で見つけた手紙の話はしなかった。


実はあの手紙を読んだ後に一度哲夫さんと顔を合わせていた。



——そうあの日..


ウォン! ウォン!

太郎丸が騒いでいた。


私は『もしかして? 』と感が働いた。


やはり哲夫さんが下で立っていた。


「哲夫さん」

「少し歩きましょう」


2人で玉川上水旧水路緑道を歩いた。

すず虫が鳴いている。


夜の緑道は静かだった。


私は机の中から既に手紙を見つけていたことを話さなかった。


それはもしかしたら哲夫さんへの『いじわる』だったのかもしれない。


「僕は名古屋に行ってしっかりやってきます」

「はい」


「そしたら―」

「哲夫さん、私もうっすらとやってみたいことが思い浮かびました。それは哲夫さんの夢のように大きな事じゃないけど、今のうちにやってみたいって思える事です。


哲夫さん、私は哲夫さんがやり遂げる人だって信じてます。そして変わらずに応援してます。 だからその時になったらまた会いに来てくださいね」


=====


あの日、私はついに肝心な言葉を言えなかった。

そして、何かを言おうとした哲夫さんを(さえぎ)ってしまった。


きれいごとは言わない。

ただ、それをはっきりと『言葉』にしてしまうのが怖かったのかもしれない。


部屋で勉学に励んできた哲夫さんは今までとは全く違う世界に飛び立っていく。

そこには今までにない経験や出会いが想像以上にあるはずだから。


私はLINEやメールで別れを告げられるのが怖かったんだ。

きっと....


『それは「信じている」って言えるの? 』って七海には言われてしまうかもしれない。

もしくはまた『もっちんはバカだ! 』って言われちゃうかもしれない。


でも今は『手紙の言葉を信じたい気持ちがある』としか言えない。


露天風呂ではしゃぐ萌恵ちゃん、一緒にいるだけで力強さを感じる明里さん。

七海、蘭子、シューファというかけがえのない親友。

そんな素敵な友達に囲まれながら今は自分のやりたい事に向かって生きよう。

哲夫さんの手紙に書かれているように。


そろそろ上がろうと湯船から身体を出した瞬間に、また冷たい風が吹いてきた。


「「「寒い! 寒い! 」」」


私たちは通路ドアを開けると、急ぎ足で屋内にある湯船へ飛び込んだ!

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