麦藁帽子と神田川
9月最初の日曜日
——午後3時
「これがいいかな。こっちかな? 」
ベッドの上に服を並べる。
夏らしい服
お嬢様風にするか? アクティブな元気印がいいか?
麦藁帽子だもんな~やっぱりワンピースかな?
——午後4時
「そろそろかな? よし、行こう」
[ カチャリ ]とドアを開けると熱い空気が体を覆った。
9月とは名ばかりで日差しはまだまだ8月のままだ。
午後4時でもカンカン照りを1引いたくらいの日差し。
下では太郎丸の甘えた声が聞こえる。
(やっぱりもう来てる!)
「こんにちは、桃さん。まだまだ暑いですね」
..ちょっと哲夫さんの視線に照れる。
「よしよし、太郎丸、こら、足付けないで。ほら、いくよ」
「今日の散歩はどっちにいくんですか? 」
「今日は天気いいし、川沿いがいいかな.. ね、太郎丸」
**
「ここの薬局、前もマツキヨでしたっけ? 」
「ここだいぶ前に代わりましたよ。私時々ここくるんです」
**
「桃さん、ここが良くドラマの撮影に使われるアパートってこと知らないでしょ? 」
「え~? 本当? なんの変哲もないアパートなのに? 古さはうちも負けてないですよね、へへへ」
**
夏の日差しにキラキラする神田川。
橋の影にカモが集まり何かを話し合っている。
「しかし暑いですね。そこの自販でちょっと飲み物買ってきます。何がいいですか? 」
「私はお水でいいです」
環状七号線手前の木陰でひとやすみ。
ペットボトルの水を手に掬うと、太郎丸はぺろぺろとその水を飲む。
「ほら、そこの路地あるでしょ。そこって昔、青春ドラマの舞台になったことあるらしいんですよ。もっとも、もう40年以上前の話らしいから建物とか違うんでしょうね」
「じゃ、その昔のドラマには40年前のここら辺が映っているんですね。私たちのいるこの木陰も40年前のドラマに映っているかもしれないですね。なんかロマンチックだなぁ..」
「もう少し歩きますか? 」
「はい、太郎丸もまだ物足りなそうですし」
私たちは、神田川沿いを何気ない会話をしながら歩く。
日常スケッチな散歩だ。
信号を渡ると神田川の取水場がある。
少し川は広がりをみせ、また元に戻る。
桜の葉が覆う場所は少し日影ができて涼しかった。
「桃さん.. 」
「何ですか? 」
「麦藁帽子。七海さんたちから贈られたその帽子、やっぱりとっても似合ってますね」
「あ、あ、ありがとう ございます」
「僕は桃さんと、あの日に出会えて良かったと思ってます。自転車のチェーンが外れて立ち寄った工場に桃さんがいてくれてよかった。あの日があったから僕は変われたんです」
「桃さん、もうすぐ合格発表なんです。今回は落ちるはずがないと思ってます。桃さんは僕にとって とっても大切な.. 」
「キャーっ! けけけ毛虫!!! 」
麦藁帽子の縁から毛虫が顔をのぞかせた。
帽子をバタバタさせても取れない。
「て、哲夫さん、これ、これ! 」
哲夫さんは木の枝を拾って取ってくれた。
「もう毛虫怖い」
「はははははは 」
「笑い事じゃないですよっ! 」
「桃さんはやっぱり楽しいですね」
「も~! それ、なんかほめてないですよね」
川の風が枝を揺らすと、どこからか風鈴の音色が聴こえた
「もう、どこか行かないで! あの時みたいに」
「 .... 」
「合格発表のあと黙って居なくなるなんて嫌です。哲夫さん、お願い」
「大丈夫.. もう黙って何処かへ行ったりしませんから.. 」
裾をつかむ私の手を そっと 優しく 包みこむ。
その大きな手は、この日陰の様に少し涼しく感じた。
帰り道、私は初島での体験をいっぱい いっぱい哲夫さんに話した。
まったく! 毛虫め。
でも哲夫さんが言おうとしていたこと、
私はわかっていたよ。ありがとう。




