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ヤドカリの願い

お盆休み中はレスキューダイバーコースを一緒に受講している芹沢さんが故郷に帰省するため、いったん講習はお休みになった。


その分、私はショップVisitの富戸ツアーに参加することにした。


さすがに夏真っ盛りのお盆休み。

高速道路はもちろん、下の海沿いの道はかなり車の流れが悪い。

いつもより早い6:00出発でも富戸に着いたころには11:00になっていた。


今回は富戸のヨコバマ砂地23mに伊豆では珍しいヤシャハゼ、すぐ近くのウミウチワにクダゴンベ、ジュズエダカリナの根元に白いオオモンカエルアンコウがいるという情報をもとに詩織さんが案内してくれた。


ヨコバマのエンドまで行くのは初めてだ。

まずは浅く水深8m前後でダイビングが許可されているエンド際まで直行し、エンドに着いたら水深を落としていくシンプルなコースで案内してくれた。


これはセルフダイビングの時に役に立ちそう。


エンドロープまではひたすら勾配のあるゴロタ(岩場)が続く。

しかしエンドロープを過ぎると緩やかな傾斜に変わっていく。

これなら仮にエンドロープを見逃してもすぐに気が付くことが出来る。



エンドロープに着くと踵を返し少しずつ水深を下げていく。

水深20mの砂だまりを確認し付近のコーラルを探索する。


詩織さんのベルの合図に駆けつけると、珍しいクダゴンベが潜んでいた。

クチビルは細くとがり、体には鮮やかな朱の格子柄が何となく和風なお魚。


さらに水深を下げ砂地に行くと目印の石が3つ置いてあった。

すぐ近くには初めて見るヤシャハゼがピョコン! ピョコン!


白い体に赤茶色のスジ、そして背びれがピョーンと長いのだ。

背中に傷があるのは他の魚に襲われたのだろうか?


観察を終えると、私たちは魚を驚かせないようにその場からゆっくり後退するように体を浮かせながら過ぎ去った。


帰路方向に10mばかりいくとジュズエダカリナというグネグネした青紫色のコーラルがあった。その先端に純白のモフモフのオオモンカエルアンコウが乗っている。

手のような胸鰭を何度かあげるような仕草がまるで私たちに挨拶しているようだ。

大きなあくびまでして可愛い!


水深を浅めにとるとイサキの子供達に遭遇!

まだまだ模様がはっきりしていてウリ坊の群れだ。


砂地に目印のボンテン(浮き具)が見えた。

この先にはエキジット口があるという目印だ。

ダイバーにとってこの安心感は大きい。


エキジット口までたどりつくと某大手ショップのグループの長蛇の列。

少し体が冷えた私は早く陸に上がりたかった!

なぜなら.. うう~、ここは我慢(><)



休憩をはさみ2本目はテトラコースを行くことに!

テトラポッドがつくる洞窟の中には凝縮されたキンメモドキの群れ、砂地には60㎝くらいのネコザメ。

初めて見るネコザメは顔がとってもキュート。

このサメも1m超える大きさになるという....『お、襲わないでね』

(※ネコザメは貝類や甲殻類を主食としているサメで大きくなっても人は襲いません)


*****


2本のダイビングを終えると、洗った器材が乾くまで、駐車スペースでくつろいだ。

太陽のもと海をながめて今日のダイビングについておしゃべりをする。

こんな瞬間に思う事は、『やっぱり夏はいいなぁ』って事。


そのダイバーグループは崖を隔てる鉄パイプに自分たちの器材を干し、ワイワイと楽しそうにしていた。

私たちと同じように夏のダイビングを楽しむ ひとグループだ。


しかし詩織さんがそのグループに声をかけた。


「ねぇ、ごめんなさいね。あのね、ここの鉄パイプには物を干さないでね。あとこの鉄パイプには寄りかかったらだめだよ。最低限守ってほしいルールなの。お願い」



(詩織さん....? )


下手をしたらトラブルにもなりかねないのに.. なんで?


詩織さんは私たちを駐車場のとある場所へ連れて行った。


ヤドカリの記念碑?


そのヤドカリ石碑の上にも誰か小物を干している。


「このヤドカリは私たちを見守っているヤドカリなの。いつもここから海を楽しむダイバーを見守っている。だから私たちもダイバーとして安全上のルールは守っていかなくちゃいけない。じゃないとヤドカリさんがかわいそうでしょ? 」


私たちはただの記念碑だと思っていたヤドカリは慰霊碑だった。


過去にあった悲しい話。

詩織さんが少し強めな口調で注意した理由がわかった。


そう、風化させちゃいけない事って確かにあるんだ。



『潮騒の音を聴きながら波のゆりかごで安らかし』

(※碑に刻まれる詩)

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