第2夜
恒久魔王のこどもといっても、ロックスのように皆さんと同じくらいの年齢のこどもは他にいません。何しろ魔王は六百歳を超えています。
たとえば、ペンデルフィアというロックスのすぐ前に生まれた魔王のこどもがいます。彼は、五十歳です。ロックスの人間の母親よりも年上です。ペンデルフィアよりも上にあと十体の魔王のこどもがいます。
このロックスの一つ上の兄は、魔王とダークエルフの女王との間に生まれ、肌が青白く髪が銀で、色が薄いから描き足したように真っ黒い紋様が脈のように皮膚を張り巡っています。
こういうと、とても恐いひとに思えるかもしれませんが、すらりとした美人で魔物の中では随分人型に近いし、何よりダークエルフなのに他の種族にとても理解があるので、ロックスにとっては最も安心できるひとの一人です。
少し、複雑な話になってしまいますが、ダークエルフは知恵に長けた種族で、あまりの賢さから他の種と話が合うこともなく、見下してしまう癖があるのです。悲しいことですが、そういったマイナスの感情の大きさによって強大な魔力を操る方法を取っている種族なので、変えることは難しいでしょう。
ロックスの兄ペンデルフィアは、普通のダークエルフよりもさらに卓越した知能と魔王族の多彩な家族構成から、ダークエルフ生来の偏見思考を冷静に抑えています。
恒久魔王が十二体のこども達に、人間の味方になって自分を倒したら次の魔王にすると宣言しました。
そんな発言を受けて途方に暮れてしまった十二番目の末っ子ロックスに、十一番目のこどもペンデルフィアが話しかけます。
「ロックス、案ずるな。末弟のお前が泣いてしまっては、皆悲しむ」
ロックスの落としたタルトを拾い上げ、黒魔術の魔力できれいにしました。
「兄様、ありがとう……」
受け取ったタルトを一口食べて、ロックスは少し落ち着きました。
「驚き不安になるのはわかる。だがそんなに狼狽えるな。我らが父には何かお考えがあるのだ」
「魔王のお考えって、どんなこと?」
その時、会話に割って入ったものがいました。
「決まってるぜ。俺たちの中で一番強い魔物を跡継ぎに選びたいのさ」
「ガル兄様」
このいかにも力比べが好きそうなのは、魔王の十番目のこどもガルマンダです。つまり、ロックスとペンデルフィアの更に一つ上の兄です。でも、ガルマンダの姿はふたりや魔王のような人型とは全然異なります。
ドラゴンの姿をしていて、二足で立っていますが背骨の軸が前へ傾いています。トカゲの顔でルビーのように赤くめらめらと光る目。手の指は四本で背中から鳥のように羽根のついた翼が生えています。でも魔王や他の兄や姉はガルマンダよりもっと大きくて、ガルマンダはペンデルフィアのちょうど人間の男の人の大きさより二回り大きい程度です。皆さんの知っている動物でいえばカバやサイくらいの大きさでしょうか。
魔王のこども達は皆それぞれに違う種族の母親を持ち、姿が大きく違うのです。共通している特徴といえば、頭に生えているねじれた角くらいなのです。
「兄上。一口に強いと言っても様々な強さがある。同族での諍いを招く不用意な発言は控えていただきたい」
「はっ、強さなんて腕っ節で決めればいいだろ。俺はいつでもやってやるぜ」
「兄上!」
ペンデルフィアは口角を下げて、ガルマンダを諫めました。このふたりはお互いにけして嫌ってはいないのですが、大抵反対の意見を言います。ロックスには、ペンデルフィアは冷めた青と冷や冷やしている青、ガルマンダはやる気まんまんな赤が見えます。
「ほーう、腕っ節で決めるとな。いい考えじゃ。さればまずお主とわらわで決着を付けるかの」
またひとり、会話に混じる兄弟が現れました。クードという、魔王の九番目のこどもです。ガルマンダのすぐ上の姉になります。
クードは魔王とサイクロプスという巨人の種族との間の子で、頭だけでペンデルフィアの身長くらいあり、顔の半分を占める大きな単眼もロックスくらいの大きさがあります。
(ペンデルフィア兄様が冷や冷やしていたのはクード姉様がこっちを見ていたからだ!)
ロックスは気が付き、そして魔王の言葉を聞いた時くらい不安になってきました。
クードとガルマンダは、歳の近い姉弟ですが、すぐに喧嘩をしてしまうのです。
「クード! いいだろう、今日こそあんたを倒してやる」
「姉上を付けるのじゃ! まったく、仕置きが必要じゃな……!」
もう今にも宴会をやっている神殿を抜け出して、戦いを始めてしまいそうです。
ロックスはとても困ります。このままでは十二体兄弟が十一になってしまうかも。