第1夜
皆さん、「魔王」ってご存じでしょうか。
知らなくても大丈夫です。これからゆっくりロックスという男の子と一緒に考えてみてください。
この世界では、魔王というとひとまずは、魔物の王様のことだと思ってください。
——魔物ってなに? ですって?
魔物は、モンスター、怪物を指すのですが、こちらもひとまず、あなたよりも強くて大きいかもしれない不思議な生き物だと思っていてください。
さて、魔王とは魔物を統べる王様なのですが、このお話は、魔王が「恒久魔王」というこの世界でしか聞かない珍しい位を得たところから始まります。
「神官が斯様に長く述べたが吾輩から結論を申し渡す。
——我が十二体のこどものうち、人間の側に付き、吾輩を打ち滅ぼした者を次期魔王とする」
魔王クロスがこの世界中の魔物を統一し、一度も人間を滅ぼさずに五百年が経ちました。
こんなにも長い平穏が成されたことは、永いこの世界でも有史以来三度目だと言われます。このような長い平和を築き上げた魔王には、恒久魔王という幻の階位が贈られるという取り決めがありました。魔物達の長い寿命を基準に考えても神話や伝説であった恒久魔王が実現するというので、それはもう盛大な式典が行われました。
皆さんから見れば微妙、というか気持ちのよくない風景かもしれませんが、会場の神殿にはあたり一面に火柱が燃え盛り、花火みたいに隕石が落ちてきます。ありとあらゆる魔物のごちそうが並びます。ハチドリの脳髄をたくさん集めたものやザクロの腐らせたもの、糞尿、何体もの魔物の血を吸って刃こぼれした斧なんかもあります。
そういった、魔物達からすれば心躍る場で発せられた魔王——恒久魔王のあいさつが、自分を倒したこどもを魔王に選ぶということだったので、出席した魔物はもう大騒ぎでした。
当然です。五百年も平和を守り、これからも末永く支配していくと思っていた世界最強の魔王が、実のこどもに自分を倒すように命じたのです。しかも、魔物が戦い、勝利してきた宿敵である人間の味方になれと。
特に、当のこども達の動揺は、計り知れないものでした。
「そ、そんな……」
中でも、一番末っ子で十二番目のこどもロックスは、もう泣きそうになってしまいます。手に抱えていた蟻のタルトをポトリと落としてしまいます。
目がちかちかする真っ赤と、青ざめた灰色と、黒ずんだ紫と……何の色でしょうか。
これは、ロックスの特殊な能力で見える色です。ロックスは、恒久魔王と人間の間に生まれた子で、生まれつき目の前の相手の気持ちを色として見える特性がありました。魔王のこどもは皆、それぞれに特別な能力を持つものなのです。
ロックスは他の魔物達の戸惑いや不安を色として感じ取って、人一倍どうしていいか途方に暮れるのでした。