シリルと俺の関係の変化~"姉"ではなく"妻"として~
俺がシリルと暮らし始めて大分月日が経った。
その間に俺が知ったのはシリルが本当に【終末の魔女】である、という事。
まだそうなった経緯は詳しくは聞いていないし、聞く事が出来ないが、
この前………俺はシリルの【仕事】に同行した。
シリルは最初こそ嫌がったが、俺が頼み込んだ事、そして【異世界移動】の術の感覚をついでに試す為に連れて行ってくれた。
…………その先で、の話しだ。
ー私は諦めたくないっ!ノエルの為にも諦める訳には行かないっ!!」
「やっとメルトと一緒に堂々と暮らせる様になったのに!どうして!なんでなんだよぉっ!?」
ーハッ。お主等の事情なんぞ知らぬのじゃ。
ワシは《シリル=イルハート》…!お主等の世界に終焉をもたらす者なのじゃっ!!」
「シリル…。」
シリルは、わざとらしい挑発的な笑顔を浮かべて、
目の前の男女と対峙している。
今いる場所は、さっきまで街だった場所だ………
既にシリルが放った 【極大魔術】なるもので廃墟となり、彼ら以外に生き物は居ない。
既にシリルは、【この世界】を滅ぼし尽くした、らしい。
シリルはこの2人と対峙する前に、俺に対して泣きそうな顔を向けてきた。
ーヨースケ。
これが、ワシの"仕事"なのじゃ。」
「………………。」
「ワシは、【終末の魔女】、シリル=イルハート。
不名誉なその渾名は、しかし、ワシを表すに調度良い表現でもある。」
「シリ…ル……
「のぅ、ヨースケ。
ワシが怖いか?恐ろしいか??
ワシはな……ちょっとばかし準備をすれば、問答無用で世界を滅ぼす力を持つ、恐ろしい魔女なのじゃよ…………
そう言って、儚げに笑うシリルを見た俺は、それがシリルの本心では無いと感じたんだ。
だから、俺はシリルを抱きしめた。
「怖いもんかよ。シリルは泣いてるじゃないか。
泣いているのなら、本心ではやりたくないんだろう?
仕方が無いんだろう…?」
「ヨースケ………
俺の服の胸元が濡れていく感覚に、シリルが静かに泣く声に、
俺は……俺は……………!!
「っ…!
シリル、これからは俺が居る。
俺がシリルの半分を背負う。」
「ヨースケ…?」
「だって俺とシリルは、"姉弟"だろう?」
「なんじゃと?」
「えっ?」
「お主…今なんと申した。」
「だから、俺とシリルは姉弟だろ、って。」
「…………………………そうか。よぉく分かったのじゃ。」
…?
何故だ。
何故か、一転してシリルからものすご〜く怒りのオーラが放たれているんだが。
そして、次の瞬間には1度体を離したシリルが俺の胸ぐらを掴み乱暴に引き寄せ、キスするんじゃないかって位に顔を寄せてきた!?
いや、今抱きしめられて泣いてた奴がとる行動か!?
しかし、混乱する俺とは裏腹にシリルは凄むようなイイ笑顔で俺に詰問してくる…!
「お主、ワシの事を姉御だと思うておったのかぇ?」
「あ、あぁ…そうだが。」
「そうか、そうかぁぁぁ…………ならば思い知るのじゃ。」
「んぷっ!?」
「んっ………これでもワシがお主を"弟"として見ておったとでも思うのかのぅ?え?旦那様?」
「…………何…だと…。」
いや、思わず某死神を脳内召喚しちまったじゃねぇか。
落ち着け俺。
ほら、見てみろよ。
この世界もう滅んでるんだぜ?
…俺の嫁がやったんだ。
「……嫁…だと…?」
「あぁそうじゃな。ワシはお主の嫁じゃのう!?
お主が『家族になろう』と言ってきたからのぅ!!!」
「いやいやいやまてまてうぇいと。」
「むぅぅぅ…………
「あ、可愛い。」
「お主、元居た世界で【女泣かせ】とか【朴念仁】とか言われとらんかったかのぅ?」
「いや、彼女とか女友達がいた記憶は無いな。」
「そりゃ記憶喪失じゃしのぅ。」
「ハッハッハッハーだから仕方ないね。」
「…………抜かせ朴念仁。」
「ごめんなさい。」
シリルのジト目に耐えられなくて茶化したら軽く頭を叩かれたから素直に謝った。
そして、シリルは掴んでいた俺の服を放すと吹っ切れた顔をして笑顔で告げてきた。
「なんだか世界がどうこうと考えてるのも馬鹿らしくなってきたのじゃ♪」
「いやそこは重く受け止めろよ、ノリで世界滅ぼすなよ終末の魔女さんや。」
「なんだか、バカらしく、なってきたのじゃ♡」
「オーケー分かった。とりあえず可愛い声上げるな俺の嫁。」
「むふん♪
さて旦那様。ワシのこの罪、半分背負ってくれるんじゃろう?」
「…ああ。それは嘘じゃない。
俺とシリルは【家族】だからな。」
「うむ、ならばヨースケ。ワシの旦那様よ。」
「おう。」
「ワシからのお願いは、一つだけじゃ。
………『何があっても、最後までワシだけの旦那様で居てほしい』のじゃ。」
「…分かった。約束する。」
勢いに呑まれた所もあるにはあるが、そもそもシリルとは【家族】として共に過ごすつもりだった。
だが【姉弟】と【夫婦】ではかなり関係性が違う。
だからこそシリルにとっては"弟としての俺"よりも"旦那としての俺"の方が良いのだろう。
「だから、改めて言おう。
シリル、俺の嫁になってくれ。」
「むふん♪勿論じゃよ!ヨースケ♪ワシの旦那様……♡」
「…………今更だが恥ずかしいな。」
「むふふ…初心よのぅ♪」
「お前は恥ずかしくないのかよシリル。」
「ほっほっ、そこは年の功、と言うやつじゃな!」
「いや違うだろ、シリルこそ唐変木とか言われなかったか??」
「はての、忘れてもうたわ!」
「そうかよ…
「そうなのじゃ!」
ーよし!!関係ない事まで回想しちまったなぁ!!
とにかく、何故か生き残ってしまったこの2人と対峙するシリルは、挑発的な笑顔を浮かべているが、それは顔だけ、なんだよな。
多分、内心は凄く動揺してるだろうな。
いや、本当になんでこの2人だけが生き残っちまったんだよ………
何もかも、一切合切を鏖殺しつくしたこの世界………生き残った所で食料も何も無いから餓死するのを待つだけだ。
仮にだ、万が一仮にここでこの2人がシリルに勝った所で、最早未来なんかありはしない。
さらに言えば、シリルが行使した魔術により"この世界という存在そのもの"がシリルを中心に遠くから消失している。
直にシリルと、シリルの魔術に護られた俺以外は何もかもが消え去る。
それで、この世界の掃除は終わりだ。
この世界の神ですら、既にシリルの魔術により消滅しているしな。
つまり、この2人は既に詰んでいる。
どう足掻こうが、"この世界そのもの"は持って後30分程しかないのだから。
だから俺は、2人に宣告をする。
「…おふたりさん、悪いがこの世界は既に消失が確定している。
持って後30分だ。無駄な争いはやめておけ。」
「「っ……!」」
「あは…あはははは………そうか……うん、そんな気はしていたよ……私の【直感EX】が、既にもうどうしようもないって、告げているから………
「ふふふふふ………そっかぁ………あはは………そっかぁ………メルト、ごめん、ごめんねぇ…………ボクは、大好きなメルトと、ただ、静かに暮らせたら良かっただけなのになぁ………………
「ううん……良いんだよノエル……私は、キミに出逢えて、キミの幼馴染みで居られて、それだけで幸せだった………うん………幸せ、だったんだから…………。」
俺が告げると、2人は膝をつき乾いた笑い声を上げ始めた。
そして、全てを諦めた表情で抱きしめ合い、それから動かなくなった。
後は、2人がすすり泣く声だけが、何も無くなったこの世界に響いている。
「……ヨースケ。」
「…そっとしておこう。」
「…う…む…。」
歯切れ悪く応えたシリルは、やはり【終末の魔女】を演じるには優し過ぎる。
実際、俺の宣告は2人の心を無慈悲にへし折る為のものでもあった。
シリルに無駄な怪我を負わせない為に、というとても自分勝手な理由だ。
それでも、シリルはこの2人の心を折るつもりは無かったらしい。
抗うつもりなら、戦う覚悟を決めていた。
全く、なんでそんなシリルが【終末の魔女】なんてしているのやら。
ほら、今も…………
「顔を上げるのじゃ、2人とも。」
「「……。」」
「確かにこの世界はもう滅んだのじゃ。
しかし、お主等の魂は、他の世界へ転生するのじゃ。」
「「えっ…?」」
「ワシは、お主等が再び幼馴染みとして産まれてくる事を祈っておるよ。
それが、お主等の世界を滅ぼした、ワシの小さな願いじゃ。」
そう言って、シリルは2人に首飾りをかける。
「それを、着けておれ。
再び産まれる時、必ずお主等は幼馴染みとなれるよう、呪いを込めた首飾りじゃ。」
「なぜ…?」
「むぅ?」
「アンタは…私達の世界を滅ぼした、魔女じゃないの…?」
「いや、ワシは、間違いなくお主等の世界を滅ぼした魔女じゃ。
ワシは、決して善い魔女には、なれぬ。
それは、不運にも生き残り、終末をその目で見る事になってしもうたお主等への、せめてもの手向けじゃ。」
「……………そう。」
「……ありがとう。」
「言うな。ワシは礼を言われる様なことはしとらん。」
「………シリル。」
「…ああ。」
もう、【虚無】は目の前まで迫っている。
完全に虚無に呑まれるまで後5分も無いだろう。
「さらばじゃ。この世界の【可能性】よ。」
「じゃあな。この世界の【主人公】達。」
「会い行くから…!」
「必ず、君達の元へ行くよ…!」
『……………。』
最期、2人は笑っていた。
虚無に呑まれるまで、2人は、笑っていたんだ。