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シリルと俺の出会いについて


…俺の名前は【ヨースケ】。


それ以外は思い出せない。


俺には家族が居たのかすらも、具体的に何処に住んでいたのかも明確には思い出せない。


ただ、地球という星の、日本という国の地方都市に住んでいたのかも?


程度の事、そして高校生並の知識なんかしか覚えていなかった。


それ以外は頭にモヤがかかったように思い出せないんだ。


そんな俺が、見知らぬ森で呆然としていると、真っ黒なナニカが現れた。

…そんな現実離れしたモノの登場に、もしかして異世界にでも紛れ込んだのか?と思う。

そしてあからさまに友好的では無いソレに、生存本能が警鐘を鳴らす。


しかしそれとは対照的に体は動かない。

どうやら恐怖で腰が抜けたらしい。


ーああ、俺は死ぬんだなー


ボンヤリとそう思っていた俺の前に、焔の様なその髪を揺らし、勝気な、それでいて耳に心地よい声を響かせながら【彼女】は現れた。



「ー大丈夫かのぅ?お主。」


「あ…え……?」


「…ふむ。混乱しておるようじゃの。

よいよい、【終焉】に出会ってしもうてはそうなるのも仕方あるまいて。」



言いながらも、油断せず【ナニカ】に視線は向けたまの彼女は。

手にしたその杖を、飾り気の無い、シンプルな杖を振り回しー



「さぁて、【終焉】よ。

このワシ、【シリル=イルハート】が相手になるのじゃ!

食らえっ!!」



その杖からは闇色の刃が現れ、ナニカ……【終焉】と呼ばれるモノを切り裂いた。



「むふん♪

呆気ないのぅ!」



そして、あっさりと終焉を撃退した彼女は俺の方へ向き直ったー



「お主よ、怪我は無いかのぅ?」


「あ…はい…大丈夫…です。」



瞬間、俺に電撃が走った。

漆黒のローブに包まれたその子供の様な小さな体躯に、闇色の刃が付いた鎌を担ぎ、

普段はツリ目であろうその新緑色の瞳を心配そうに下げ、小さな鼻にピンクの柔らかそうな唇、透き通る様な白い肌、顔立ち的にも北欧人の様に見える。

焔の様に真っ赤な髪は緩くウェーブのかかるロングヘアと両サイドで黒い細リボンでゆわいで細いテールにして垂らしている。

そんな、一見小さな女の子に見える少女に、見た目に合わず老人の様な口調の少女に、俺は一目惚れした。


その少女は俺の返答に満足したのかニカッと笑い、俺に手を差し出す。



「ほれ、立てるかぇ?」


「あ、ありがとう。」


「なに、気にするな!なのじゃ♪」


「………。」


「ん?どうしたのじゃ?

もしや、何処か怪我でもしてもうたのかのぅ!?」


「いや………可愛いな、と思って。」



どうやら、俺はまだ混乱しているらしい。

サラリと口から飛び出した言葉に、ハッとした俺は慌てて彼女が掴んでいる手とは反対の手で自分の口を塞ぐ。

まぁ、もう遅いのだが。



「なっ……!?

か、可愛いじゃと……!?

何じゃ不躾に!!」



やべぇ!?

顔を真っ赤にした彼女が声を荒らげて怒ってる!!

俺は慌てて平謝りした。



「す、すまん!!ついうっかり!?」


「"うっかり"じゃと!?

つまり本心と言う事じゃな!?」


「え、あぁっ!?すまん!!悪かった!!」


「つまり、お主はワシの事を好ましく思うとるのかいのぅ!?」


「え!?そりゃあキミはー

「シリルじゃ!」

ーシリルさんは良い人だと思うぞ!

何より命の恩人だし!!」


「…………。」



俺が言い切った途端に俯いて黙る少女……シリルさん。

体が震えているし余程お怒りらしい。

恩人で、一目惚れした女の子を怒らせてしまった自分の愚かさに絶望していると、

彼女はバッと顔を上げた、その顔は、何故か涙目だった。



「嬉しいのじゃ……


「えっ…?」


「ぐすっ…今までワシは、どれだけ助けようともみーんな怖がって逃げていくばかりじゃった……じゃがお主は違った。

ワシに、可愛いなぞ抜かしおるし、今も怖がる素振りを見せん。」


「そ、そりゃあシリルさんは可愛い女の子だし。」



そう返した瞬間、また顔を真っ赤にするシリルさん。

元々ツリ目の瞳を更に吊り上げて俺に迫る。



「〜っ!それじゃよ!!

お主はワシをからかっておるのか!?

ワシが何と呼ばれておるか知っておろうに!!」


「は?いや知らないけど。」


「………ほぇ?」


「そもそもキミみたいな可愛い子、見た事ないしなぁ………?」


「…お主…お主は………


「あっ、それよりまだ助けてもらったお礼も、自己紹介もしてなかったな……

俺は【ヨースケ】、よく分からないが、それ以外自分自身についての記憶はない。

改めてありがとう、シリルさん。」


「…うむ。」



今度は何やら呆然としだしたシリルさんに改めて感謝の意を伝えると、

ゆるりと頷いた彼女は、続いておずおずと話しかけてきた。



「お主は…記憶喪失、なのかぇ……?

ならばのぅお主…良ければ、ワシの家に来るかぇ?」


「えっ?良いのか??」


「ワシから誘っとるんじゃ、良いに決まっておろう。」


「そっか……ならお邪魔させてもらうよ。

恩人からのお誘いだしな。」


「むふん♪ならばついてまいれ!」



俺が承諾すると、意気揚々と歩き出したシリルさん。

そんな彼女が微笑ましくて小さく笑った俺は、彼女の後をついて行った。























「ようこそ!ココがワシの家なのじゃ♪」


「へぇ……意外だ。」



ローブ姿で如何にも魔法使い、と言った姿だし、てっきりレンガ造りの洋風な家、もしくは小屋の様なこじんまりとした家に住んでいるのかと思いきや、それは古民家と言うべき和風木造建築の家だった。

なので"意外"だと言ったのだが、ソレがダメだったのかシリルさんはムッとした顔になる。



「意外、とな?

もしや、もっとおどろおどろしい家だとでも思うたか?」


「いや、レンガ造りの家、もしくは小屋の様なこじんまりとした家を想像してた。

そしたら和風木造建築の古民家が出てきたから意外だと思ったんだが。」


「何じゃ、そんな事か。

よいよい、ここはのぅ………………師匠の家じゃった………


「……なるほど。」



しかし、ちゃんと理由を説明すると眉間のシワは消え、穏やかな顔で説明してくれた。

…にしても過去形、ね。

つまりその師匠はもう居ないのか。

俺は深くは聞かないでおいた。

やはり和風だからか彼女は玄関でブーツを脱いで上がったので俺も履いていたスニーカーを脱いで上がらせてもらった。



「お邪魔します。」


「うむ♪」



居間に通された俺は、敷かれた座布団に座りながら、

彼女が手早く囲炉裏に火を起こして湯を沸かし、急須に茶葉を用意するのを眺めていた。




「むふん♪ワシが1人になってから初めてのお客様なのじゃ♪

丁重にもてなしてやるのじゃ!」



そう言いながらお茶請けに煎餅を取り出し、沸いた湯で茶を入れて湯のみに注いで渡してきた。



「ほれ、茶じゃ!

この辺では見慣れぬじゃろうが、見たところお主は東の島国の人種っぽいし、馴染みはあろう?」


「あぁ。

よく飲んでるよ。」


「むふん♪

ワシはこの緑茶が大好きでよく飲んでるのじゃ♪」


「そうか…じゃあ、いただきます。」


「うむ♪」



彼女は楽しそうに頷くとパキリ、バリボリと小気味の良い音を立てながら煎餅を咀嚼し、お茶をズズっと啜る様に飲む……そして『はふぅ〜…』と一息ついた……

そのさまはまるでおばあちゃん、あるいはおばあちゃん子なお孫さん、な姿で微笑ましく、俺はまた小さく笑ってからお茶をいただいた。

それは俺もよく知る緑茶の味がした。

……いきなり魔法みたいなの見せられたから異世界にでも迷い込んだかと思ったんだけど、違うのだろうか?

だがシリルさんは魔法で火をおこしていたしやはり異世界、なのだろう。



「…さて、一息ついた所で真面目な話をしようかの?」


「ああ、なんだ?」


「お主、自分の事を覚えておらんと言うておったな。」


「ああ、それ以外は覚えているぞ。」


「ならば、何故ワシにそんなに気安いのじゃ?

初対面なのにいきなり、と言うのも勿論あるが、それ以前にワシが何と呼ばれておるか知らんのか?」


「ああ、悪いがシリルさんの呼び名は知らない。

そもそもシリルさんの言う通り初対面…のはずだし。

ただ、いきなり気安いのに関しては…そうだなぁ……

何故か、シリルさんは"身内"…そう、"家族"の様に感じるから、かな。」

(正確には姉の様に感じるんだよ。)


「"家族"(嫁)、とな……?」


「ああそうだ。

……今更だけれど不味かったか…?」


「いや、嬉しいのじゃ…♪

ならばこれから、ワシとお主は家族(夫婦)じゃな!」


「ああ、シリルさんがそれでいいのなら……家族(姉弟)になるか?

何となくシリルさんとは他人の気がしないしな。」


「むふん♪

奇遇じゃのう、ワシもそう思っていたのじゃ!!

ならばコレからよろしくなのじゃ!ヨースケ♪」


「こちらこそよろしく、シリルさん。」


「これヨースケ!家族になるのなら呼び捨てにせんか!」


「えっ、良いのか?(姉なのに)」


「良いに決まっておろう!(嫁なんだから)」


「そっか、なら改めてよろしく、シリル。」


「うむ♪」


「…で、今更だけどさ。」


「なんじゃ?」


「【シリル】って男性名じゃね?

なんか理由があるのか?研究者名とか。」



俺の知る範囲だと女性研究者が世間からなめられない様にあえて男性名を名乗ってる場合がある事だ。

どこぞの物語のハロルド博士とかな。

だからそう当たりをつけて聞いてみたら、案の定なのかシリルは微妙な顔をした。



「お主、妙に鋭いのぅ?

確かにワシは研究者名としてシリルを名乗っておるが、

それだけでは無い、ワシは、()()()()()()()のじゃ。」


「は?」


「…荒唐無稽な話じゃろう?

まぁ、詳しくは言わぬが、じゃからワシは研究者名をそのまま本名として名乗っておる。」


「そうか…。

ならその姿も"奪われた"からとかか?」


「そうさな、真名を奪われた時に、時間も奪われてもうた。

じゃからワシは若返っただけだと浮かれたりは出来ぬ。

何せこの身体、()()()()()()()()し、逆に劣化する事も無いからのう。」


「成長する事が無い……?」


「うむ、もうこの身体はどれだけ鍛えようとも強くはならんのじゃ。

逆に何もせずとも衰えたりしないがのぅ。

筋力しかり、魔力しかり、な。

今までに蓄えた知識と技術は使えるし忘れる事も無いが、新たな知識は覚えられぬし、技術ももう会得できぬ。

新たな知識や技術は、寝たら忘れてしまうのじゃよ。

さながら、書き込めぬ魔石のようじゃな。」


「……。」


「む、今の説明では分からなかったかのぅ??」


「いや、理解はしたさ。

ただ、なんと言うか、どう声をかけたら良いのやら…………


「むふん♪気にする事は無いのじゃ!

人物や人間関係、場所に関する事なんかについては覚えられるからのう!

お主の事も寝て起きたら忘れてまう、なんて事は無いから安心するのじゃ!」


「そうか…まぁ、シリルがそう言うなら………


「うむ!じゃが、ワシを心配してくれたのは嬉しかったのじゃ……



そう言ってはにかんだシリルは素直に可愛いと思った。

いや、元々可愛いとは思ってたけど。



「でも、そうなると研究者としては……


「…そうじゃな。」



言葉端は濁したが、『研究者としては死んだも同然』のニュアンスは感じ取ったシリルは寂しそうに笑った。

いや、流石に突っ込み過ぎた。



「悪い、不謹慎過ぎた。」


「よいよい、そんな悲嘆にくれる時期はとうに過ぎた。

それに、ワシはお主と…ヨースケと出会えた事を嬉しく思うとるのじゃ!」



しかし、次の瞬間には嬉しそうに俺に抱きついて頭を撫でてくる。

やっぱり、そんなシリルは自分より小さくても姉みたいだなと俺は思った。

この包容力が、初対面のシリルを姉の様に感じた要因なのかもしれない。

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