曲がってても光らなくても
「はぁ?」
反応は一瞬だった。
とりあえず今までの話の流れを整理しよう。
未知留先輩が破廉恥だと糾弾した少女漫画のワンシーンは『壁ドン』のシーンだった。未知留先輩曰く『壁ドン』は女子を追い込まれていて逃げ場がないので危険だと言いたいらしい。それに対して僕は、ヒロインが自分に気があることを知っていてこの男は壁ドンをしているので、何をされてもヒロインは構わないと思っているという意見を述べた。
「だから、その『壁ドン』とやらをさせてやると言っているんだ」
その結果がこれである。
これではまるで僕が未知留先輩に好かれていると勘違いしているみたいじゃないか。
「遠慮しときますよ」
「誰かに見られたらどうするんですか。それに、」
自分の悪い癖であると思っていても口が止まらない。ついて出た言葉は思った以上に勢いが良い。ブレーキなど付いていないので相手に激突するのみである。
「未知留先輩だって僕なんかにこんなことされたくないでしょ」
本当に悪い癖だ。自分の存在価値を下げ、自己肯定感を下げ、自分のハードルをぎりぎり限界まで下げて、傷つけられることに対する予防線を張る。
未知留先輩はそんな人じゃないと分かっているのに、僕は未知留先輩を悪者にしようとする。
「別に『壁ドン』だけならお前にされる分には構わんぞ」
勝手に先走っていたのはどうやら僕の方だったらしい。考えすぎてて気持ち悪かったのはやっぱり僕の方だったのだ。
「だけで済むなら遠慮なんてしてませんよ」
「まぁそうだろうな!私にそこまで接近しておいてそれ以上を求めないほうが無理というものだ!」
冗談で言っているのだろうが多分ほとんどの男子は未知留先輩に壁ドン出来たら何をするか分からないというのが真実だ。
そして見た目の割に男慣れしていない未知留先輩は壁ドンなんかされようものなら動揺を隠せないだろう。何なら暴力に走るかもしれない。それほどまでにこの先輩に下心込みで接近するというのは危険な行為なのだ。
「未知留先輩、僕以外に冗談でもそういうこと言わないほうがいいですよ。全員が全員って訳じゃないですけど未知留先輩のファンは結構いるんですから、本気にされたら困るでしょう?」
顎に手を当てて未知留先輩は我に返ったように思考をめぐらす。
「むぅ、確かに。仲の良いやつ以外にされるのも気分のいいものではないしな」
「そうでしょう」
今更気付くほどのことではない気がする。
「だがな青野」
「私がお前以外の人間でこんなことが言えるような仲の奴がいると本当に思っているのか?」
未知留先輩はキリリと引き締まった顔で僕にそう告げた。少なくとも格好をつけるようなことは一つも言っていないが、精悍な顔をした未知留先輩はそれだけでかっこよく見える。
「いないならいないで心配ですが」
「いらない心配をするな!お前は私の親か!」
「親御さんの御心配は目に浮かびますけど」
「親にもそんな心配されたことはないぞ!」
むしろ親御さんこそ自分の娘を心配すべきだと思う。
自分の娘がこんな奇妙な活動をしていたらどう思うだろうか。少なくとも賛成はしないだろう。
それにしても未知留先輩の親御さんは一体どう思っているんだろうか。自分の娘は見た目の割に男っ気がないな程度にしか思っていないなら重症である。
「ええい!うるさいうるさい!私の交際関係などどうでもよい!そういうお前はどうなんだ!」
「未知留先輩以外にこんな話をする人なんていませんよ」
当たり前である。ほかにこんな話ができる間柄の人間がいるのなら僕はこんなところに律義に毎日来てやしない。僕の親は一体僕のことをどう思っているのだろうか。当然こうなるもんだと思われているに違いない。
「ほら見てみろ!私と同類じゃないか!」
「同類ではないです。断じて」
断じて。そう、断じてこの人とは違う。僕はこんなに頓珍漢なことを真っ直ぐにできるような人間じゃない。
「断じるな!」
「僕は真っ当な青春をまだ諦めてませんからね」
僕はくすんで屈折しているはずなのに真っ直ぐに光り輝きたいと願ってしまったのだ。
「お前の言う真っ当な青春がここで送れるといいな」
「もう無理ですよ」
「む、諦めが早いぞ根性なしめ」
「根性なしですよ僕は。知らなかったんですか」
誰のせいで僕の真っ当な青春が塵なったと思っているのだろうか。
真っ当な青春よりも面白いものを見せつけてきたのはどこの誰だと思っているのだろうか。