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今日から君も青春部!  作者: サヨシグレ
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お前は一体どこへ行く

 放課後、雨の匂いが涼しい風と共に窓から流れ込む教室。

 そうここは、景観は青春、実情は異常でおなじみ青春部の部室である。

 部長として上座に鎮座する赤井未知留先輩はもはや風景の一部だ。そして、この空間で唯一正常、この空間においてはむしろ異質こと僕が青野だ。

「なぁ青野」

 一瞥することもなく声だけを投げかける。心臓の高鳴りも高揚感も、不自然な間もあったもんではない。

「何ですか未知留先輩」

 恐ろしいほど滑らかに返答が発される。

 そんな返答を聞いた未知留先輩の血管が切れた。ように見えた。

「だああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

「わぁ!?急に何ですか!?」

 突然の怒号に驚いてしまう。普段冷静な未知留先輩が相手ならば尚更だ。

「お前はそれでも男か!?」

「未知留先輩に男とは何かを問われる筋合いはないと思うんですけど」

「放課後の教室!差し込む夕日!同じ部屋にはあこがれの美人な先輩!しかも二人きり!」

 今日は雨である。夕日は影も形もあったもんではない。見えるのは雲ばかり、彼女の眼には何がそんなに眩しく映っているのだろうか。

「据え膳食わぬはなんとやらというだろうが!それでどうしてお前のことを男と認められようか!」

 自分のことを据え膳と称すのは一女性としてどうかと思う。

「勝手に僕が未知留先輩のことを好きなことにしないでください」

「む、真っ向から否定されると寂しい部分もあるが」

 仮に好きだとしても真っ向から否定するのが最善手ではないだろうか。

 それにしても今日の未知留先輩は何かがおかしい。いや、いつもおかしいことに変わりはないが、おかしさというのも方向性というものがある。この人はストレートなど投げてこないからカーブに狙い球を絞っていたらデッドボール紛いのシュートを放り込まれたようなもんである。今の例えは分かりにくかった。申し訳ない。

 こんな訳の分からない比喩が出てしまうくらい今日の未知留先輩はおかしい方向におかしくなっているのだ。

「どうしたんですか取り乱して。未知留先輩らしくもない」

 単刀直入に聞いてみることにした。馬鹿正直な未知留先輩のことである何か掴めるに違いない。

「いやな、級友に借りてな、少女漫画というものをな、読んでみたんだがな」

 いつも背筋を正し、胸を張り、目線をそらすことなく人と話しをするはずの未知留先輩が今日はどうしたことだろう。

「あのだな、そのぅ、何というか……」

 背は丸い。目は伏せ、顔はうつむき気味。肩をわなわなと震わせている。

「恥ずかしくて言えるかこんなこと!」

 未知留先輩は顔を隠して机に塞ぎ込んでしまった。

 あまり勢いを付けすぎたせいでしたたかに額を机にぶつけてしまったらしい。痛ぁ……、という声が漏れ聞こえる。

「大丈夫ですか?」

「痛い……」

 シンプルかつこれ以上ない感想である。

「柄にもなく取り乱すからですよ」

「うむ……反省はしている……」

 額を押さえながら項垂れる未知留先輩はいつもより小さく見える。

「今その漫画って持ってないんですか」

「持っているぞ」

 未知留先輩の見たという少女漫画を拝見させてもらうことにした。十中八九未知留先輩の過剰反応だということは分かっているが、万が一ということもある。そんなけしからん漫画は没収せざるをえまい。

「じゃあ見せてください」

「むぅ、構わんが……」

 とりあえず絵をパラパラとめくっていく。次にセリフや内容を精査する。

 内容は垢抜けない女子高生が、よくおモテになる強引な男子高校生に見初められていくというものである。定番だ。

 次に演出であるが、特にけしからんシーンが描写されているわけでもない。こういう内容ならこういう描写がみんな見たいよねというお約束に応えた無難な内容といえるだろう。普通だ。

「普通の少女漫画じゃないですか」

「こ、こんなふしだらな作品を世の少年少女は読んでいるというのか!?」

「読んでますよ。ていうかどこがそんなにふしだらだっていうんですか」

 未知留先輩が顔を背けながらフルフルと震える指で紙面を指差す。

「ここ……」

 分からない。何も分からない。ふしだらな描写などどこにもありはしない。

「どこ……?」

「こんなふしだらな描写を麗しい乙女に二度も指差させるな!なんという下衆なんだお前は!」

「いや、だって分からないんですもん」

「これだ!これ!」

 未知留先輩が紙面を突き破らんばかりに指差していたのは『壁ドン』のシーンである。いうほどふしだらだろうかと疑問に思ったが、未知留先輩にも言い分があるらしい。

「こんな、こんな距離で男女が密着するなど許されていいのか!?しかも!しかも!この女子は壁に追い込まれているんだぞ!この女子に逃げ場はないんだぞ!この男のいいようにされる未来しかないだろうが!」

 未知留先輩曰くこういうことである。

「あのですね未知留先輩、こんなもん男の方はヒロインが自分に気があることを知ってやってるわけですよ」

「む、つまりこれは望んだ展開ということか?」

「えぇそうです。ヒロイン的には煮るなり焼くなり好きにしてくれって感じですよ」

「こんないけ好かない男に結衣ちゃんがいいようにされてしまうのか!?」

 いけ好かないかどうかは未知留先輩が決めることではないし、未知留先輩はこの作品のヒロインである結衣ちゃんのどのポジションに居座っているつもりなんだろうか。

「まぁそうですね」

 ここで未知留先輩がとんでもない事実に気付いたという顔でこちらを見る。

「つまり!世の中ではこんなものが横行しているのか!?」

「横行っていうか……まぁ流行りましたね」

「世も末だ……」

 ここで僕は身も蓋もないことを言うことにした。

「でも当人同士が好き合ってるならいいんじゃないですか」

「じゃ、じゃあ」

 ゴクリと唾を飲む音がした。

「お前に壁ドンとやらをさせてやらんでもない」

 脳に届くまでに2秒。音として理解するまでに3秒。意味を理解するまでに5秒。

「……はぁ?」

 反応は一瞬だった。

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