僕の求めた青春
青春。この言葉を聞いたことの無い人はいないはずだ。十代の大人になりかけの時期。汗や涙を流して過ごす時間。誰もが青春とはなにかと思案し、自分なりの青春を見つけ、ふとした瞬間に「あぁ青春だなあ」と思うのである。そう感じるのはいつになるか分からないが、人には絶対に青春と呼べる瞬間がある。僕はそう信じている。
「そう信じているんだ……なのに」
ここは夕日の差し込む教室。もうすぐ夏になろうかというこの時期は日が長くなりつつある。
僕の前には強い日差しを受けキラキラと光る黒く長い髪。
この空間はどこからどう見ても青春である。
「何だ急に、ブツブツうるさいぞ」
目の前にいる女性は迷惑そうに言う。大きく潤んだ瞳が僕を捉える。
「なんだ!この体たらくは!!!」
端から見ても分からないだろう。この空間の異常さは。
「急に大きな声を出すな、うるさいぞ」
こちらを睨んだ目には怒りが見える。
それを気に止めることも無く文句が流れるように出てくる。
「何で僕は汗も涙も流すこと無くこんな教室に押し込められているんだ……」
「何度も言わせるな」
毅然として彼女は言う。
「それは私たちが青春部だからだろう」
ここは青葉学園青春部部室。こんな名前ではあるが一応公式に認められた部活動である。
僕の名前は青野周平。もちろん青春部員だ。
同じ教室に二人きりでいるもう一人のは春川未知留。青春部の部長だ。
「どこがどう青春部なんですか、もう一度教えてくれませんか?」
青春部の活動は二人で放課後教室でだべっているだけである。それ以上でも以下でも無い。
「青春について考察し仮説を立て実験しまた考察を重ね、仮説を立て実験する。どうだ、青春100%だろう」
多分こいつは電子顕微鏡で青春を観察出来るし、フラスコの中に入れて加熱すれば化学反応が起きると思っている。
「違うじゃないか……それじゃあ僕たちは青春の中にいないじゃないか。傍観するだけの青春の何が楽しいんだ」
青春はまっただ中で味わってこその物だ。青春している間は誰もが主人公なのだ。世界の中心なのだ。
「傍観するだけじゃない。手を加えて実験するところまでやるんだ」
「人体実験じゃないか」
「社会実験と言ってくれ」
こんな残酷な社会実験があってたまるもんか。軍隊だって若者の青春を実験材料にはしないだろう。どんなと悲惨な実験結果が生まれるのだろうか。
きっと屈折した無気力な若者が大量に生まれ、子孫繁栄に支障をきたし、結果国は滅ぶだろう。
そんな部活のどこが青春か。
「青春に汗や涙はつきものじゃないのか……。僕たちはここで唾液を飛ばしあっているだけだ。どこが青春100%なんだ!」
「唾液の交換は青春だと思わんかね。女子と唾液の交換なんぞしたことの無いお前にはこの程度でも貴重な経験だと思うが」
「こんな空間じゃ貴重でも何でも無いですね」
いや、嘘だ。相手が未知留先輩と言うだけで千載一遇である。
「お前は一体何が不満なんだ。確かに色恋沙汰もなければ体を動かし汗を流すわけでもない。でもお前は放課後にこうしてこの場に現れ私と語らっている。お前の言う青春がここにないと思うなら来なければいいだけの話じゃないか。お前の暮らすにいるノリのいいヤツらとつるんで毎日大声でお喋りでもしていればそれもまた青春だぞ」
「それはそうですけど……」
確かにそれはそうだ。でも嫌だ。
彼らは自分たちが誰かの迷惑かどうかなんて知ったこっちゃない。クラスの中心、ひいては世界の中心は自分だと信じて疑わない。
僕は輪に合わせて形を変えるのは得意じゃない。
「もし仮にお前がそういう人間だとしたら私の目は節穴ということになるがな」
僕がそういう風な人間に見えないことは自分が一番知っている。そもそもそんな人間なら真面目にこんな部活には来ちゃいない。
「私はお前のことが嫌いじゃない。きっとお前もそうだと俺は思っている。そんな2人が語らい合うのは青春じゃないのか?」
「……悪くは無いです」
こうやっていつも丸め込まれてしまうのだ。確かに僕は未知留先輩のことを友達だと思っているし、この空間は居心地も悪くない。
「ならいいじゃないか。それに、」
未知留先輩はニヤリと笑ってこちらを見る
「お前のことを羨んでいる奴らも少なからずいるんだぞ?」
それはそうだろう。たった二人しかいない部活とはいえ相手は未知留先輩だ。裏を返せば未知留先輩と放課後の時間を過ごせるというわけだ。これを羨まない方がおかしい。
「それは未知留先輩の力ですよ。僕が何をした訳でもない」
「私にお前を選ばせたのは間違いなくお前の力だよ。もっと自分を誇れ」
少しだけ未知留先輩を試すことにした。
「じゃあ僕が青春部辞めるって言ったら引き止めますか?」
「なんだその面倒臭い女みたいな質問は」
「答えてください」
参ったな。と眉間を抑えながら悩んでいる。
未知留先輩に対して少しだけ優位に立てた気がしてちょっと気分がいい。
未知留先輩は眉間を押さえた手のひらの間からこちらをチラチラと見る。そして覚悟を決めたように口を開いた。
「どうしてもと言うなら引き止めはしないさ。お前の人生だからな。でも、」
ほんの少しだけ間が空いた。一瞬口を固く結び、ち少し息を吸って、ちょっとだけ顔を赤らめながら、
「この教室に一人でいるのは寂しいぞ?」
未知留先輩らしくない台詞だ。
この人からこのセリフを引き出せれば今のところは上出来だろう。
「それだけ聞ければ十分です」
「あれだけ頑張ったのにそれだけか!なんか言うことは無いのか!えぇ!?」
多分僕はこの人に一生勝てない。
この人と過ごす青春はそれなりに楽しそうだ。