雛人形
「実家から貰ってきたわ」
ミニバンの後部ドアを開放し、中に入っている大きな木の箱に絶句した。
「……この大きな箱は……ひょっとして……」
「雛人形よ」
――!
妻は二人姉妹の妹。つまり、実家にあった雛人形は……本来であれば姉の持ち物のはず。
姉妹の場合、雛人形は姉が「自分のもの」と言い張り、妹にいけずをするのは必然的――。
なのに、なぜそれを貰ってくる必要があったのだろうか……。
小さな雛飾りならここまで冷や汗は流れないだろう。タラリくらいですんだのだろう。冬の冷や汗は心身ともに寒くなる――。二人がかりでも運ぶのが大変な木箱……。中には雛人形が数体……いや、十五人!
――七段飾りの雛人形!
娘のために……貰ってきたとのことなのだが……。
「これって実家で毎年飾っていた、あの七段飾りの雛人形?」
「そうよ」
――笑顔。
「うちのどこに飾るの?」
「リビングの隣の部屋よ」
――笑顔。
くらっとする。
部屋の大半を雛飾りが占拠すると……約一ヶ月ものあいだ、その部屋は使えなくなるだろう。
しかも、飾るのはいいとしても……。
「どこに片付けるの? また実家に持って帰るの?」
実家が近いとはいえ、こんな大きな木枠の箱を何度も車に乗せたり下ろしたりするのは大変な労力だ。
雛人形達もさぞご立腹なさるだろう。
「え? 子供のベッドの下にスペースがあるじゃないの」
……ある。あるともさ。
下に荷物が置けるためにロフトベッドを買ったのだから。
だが……ロフトベッドは、ベッドの下で子供達がコソコソ秘密基地にして遊んだり隠れたりできるから楽しいのであって……大きな雛飾りの箱が常時占拠してしまえば、なにも楽しめない――。
コソコソおままごとや、コソコソエロ本鑑賞ができない――!
「実家に置いといても、母が「毎年、飾るのも片付けるのも大変」って言うから……うちで飾るのよ」
「はは。はは。……せめて貰ってくる前に相談してくれよ」
「いいじゃない! 部屋はあいているんだし、あなたの部屋に置く訳じゃないんだから――」
ちょっと雲行きが怪しくなってきたので、それ以上は何も言わず、車から雛人形を運び、飾るのを手伝うことにした……。
妻の実家に毎年飾ってあった雛人形……。男二人兄弟だった私にとって、ひな祭りは斬新で、見るのは楽しかった。人形を前にして飲むお酒は乙な味だった。甘酒ではなくビールだ。男の子がプラモデルを組み立てて飾って遊んだり、お風呂に浮かべて遊ぶのと似たような物なのだろうと勝手な解釈をしていた。
――しかし、いざ自分の家に運ばれてくると、その大きさと存在感が何倍にも膨れ上がる。
毎日、部屋の窓と雨戸を開け閉めするのにも、雛段をそっと避けて通らなくてはならず、気を遣う。
どうしてこんなに細かな細工が施されているのだ――! 手に持ってビュンビュン~って遊べるような人形……リ〇ちゃん人形のようにタフなつくりなら、こんなに気を遣わなくても済むのに!
着せ替えできれば飽きもこないだろうに……。
そしてなによりも第一に……。娘がそんなに楽しんでいない……。
飾られたその日、雛壇の前で記念写真をパシャリ……。
友達を呼んで見せびらかしたり、雛あられや甘酒を飲んだりといったような「雛祭り遊び」をするわけでもない。
……なにせ、部屋の大半を占拠しているから、前に座って遊ぶようなスペースすらないのだ。
扉開けたら――即、雛壇なのだ――。
雛人形……言いたくないが……邪魔だなあ……。
義母もそう考えたからくれたのだろうなあ……。
そんなことを考えていた私は――雛人形の呪いの餌食となった――。
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